18 いじめっこ陥落
18 いじめっこ陥落
「それはこっちの台詞だよ! まわりをブンブン飛び回って、血を吸うようにプレッピーのものを掠め取って行きやがって!」
ハクメイの最後の気づかいは、プレッピーには通じなかった。
それどころかまだ対等でいるかのような態度で手を突き出す。
「さぁ、そのブローチを返しな! いや、いままでプレッピーから盗んだものを倍付けにして返すんだ! 足元にすがって命乞いしたら、破滅だけは勘弁してやるよ!」
「はぁ……プレッピーさんは本当におバカさんだったんですのね……。いくらなんでも、ミドリさんに裏切られた時点でわかると思うのですが……」
「なんだと!?」
「プレッピーさんがミドリさんたちに命じて、わたしの髪の毛とか爪を集めているのはとっくに知っておりますわ」
「な……!? なぜそれを!?」
「プレッピーさんの取り巻きは、もうだいぶ前からわたしのスパイだったんですのよ? プレッピーさんがわたしのノートに落書きするように命じてくれたことに感謝ですわね。ノートによる文通で彼女たちの悩みを聞いてあげたら、あなたのことをボロボロと教えてくれましたわ」
「ぐぬっ……! だ、だが、髪の毛とか爪を集めたからって何だってんだい!? そんな情報じゃ、プレッピーは……!」
「プレッピーさん、あなたは自分の会社の船が沈没した原因を、わたしになすりつけるつもりだったのでしょう? わたしが陰で呪術を行ない、船に呪いを掛けていたと。呪いの証拠を捏造して、告発するつもりだったのでしょう?」
それは完全なる図星であった。最後の作戦が見破られ、プレッピーは青ざめかけた。
しかしヤケクソ気味に開き直る。
「……い……いまさら気づいたって遅いよ! お前が呪術を掛けて、商船を沈没させたっていう証拠はすでにあるんだ! お前はあの暗黒卿の娘で、生まれつき高い魔力を持っている! そしてこの学園でいじめられていたのは全校生徒が知っていること! 魔女となりえる状況証拠も十分にあるからねぇ!」
逆転サヨナラホームランを決めたかのように、ニンマリと笑うプレッピー。
「いじめられっ子への復讐のために船を沈没さるなんて、悪いことをするねぇ……! こっちには証拠がたっぷりあるんだ。あとはそれを、裁判所に持っていくだけ……! そしたらあんたは魔女確定! 火あぶりにされて終わりさ! こればっかりは、いくらあんたでも覆せないだろう!? オホホホホ!」
「いいえ。その程度の猿知恵なら、いくらでもはね除けてごらんにいれますわ」
「な……なんだとぉ!? つ……強がりを言いやがって! 反証はぜったいに不可能だ!」
息巻くプレッピー。ハクメイは落ち着き払った様子で、制服のブレザーから折りたたまれた紙を取りだした。
「これは、タイニック号の設計図ですわ。航海中に穴が開くように、船底の耐久性を弱くする指示が書かれておりますわね」
設計図をひったくったプレッピーは、我が目を疑う。
「なっ……なぜこれが、あなたの手に!? 隠滅するように指示しておいたのに……!? まさかっ!?」
「そう、そのまさかですわ。ミドリさんのパパが、燃やす前に提供してくださったものですわ」
ミドリの父親は、プレッピー商船で働く船大工であった。
「沈めるための船を作らされるのを反対したけど、プレッピーさんにそれを言ったら二度と船大工として働けなくしてやると脅された、とおっしゃっておりましたわ」
プレッピーは「うがーっ!」と設計図を破り捨てる。
しかしハクメイはすかさず二枚目を取りだしていた。
「コピーはいくらでも取ってありますから、好きなだけ破るといいですわ」
「で……でも、これが何だっていうの!? タイニック号がプレッピーの指示によって沈没したからって、あんたが魔女でないという証明にはならないでしょう!?」
「そうですわね。でも、本当の魔女をあぶり出すことはできますわよ」
「なに……!?」と眉をひそめるプレッピーに向かって、ハクメイはさらに紙束を取り出す。
それはなんと、プレッピー商船のすべての船の設計図であった。プレッピーの指示により、沈没するように設計されていた。
「……こ……こんな設計図、初めて見た! プレッピーはこんな指示を出した覚えはないわ! そうか、お前がが船大工をそそのかして、この設計図を書かせたのね!? ずっと船が沈んでいたのは呪いじゃなくて、お前の……!?」
「さぁ、それはわかりませんわ。しかしいずれにせよ、この設計図が世に出たらどうなるでしょうね?」
「そ……それは、プレッピー商船の船の沈没の原因は、あなたの仕業ではなくて、わたしの仕業ということに……!」
プレッピーは自問自答のように、すぐに否定する。
「でも、それはありえないわ! だって、自分の会社の船をわざと沈めるマネをして、わたしに何のメリットがあるというの!? そんなことをするのは、頭のおかしいヤツ以外には……!」
言いかけて、ハッとなるプレッピー。
「ま……まさか……!」
「そう、『頭がおかしい』……それこそが、人々が魔女に抱いているイメージですわ。頭がおかしいのはいったい誰なのか、聖機卿にでも聞いてみればすぐに答えは出るでしょうね」
「あ……あなたは……最初から、プレッピーを魔女に仕立てあげるために……!?」
「ああ、やっと気づいたんですのね。あなたの仕掛けてくる嫌がらせは、あなたの取り巻きたちによってすべて筒抜けでしたわ。おかげで後半のほうは、いろいろ利用することができましたわ」
ハクメイは指折り数える。
「聖機卿を呼び出させ、その目の前であなたに女神像を壊させる。これによって、あなたに魔女の下地ができましたわ。さらにわたしには聖機卿との太いパイプができて、一石二鳥でしたわ。あ、いや、一石三鳥ですわね」
ハクメイはニンマリ笑う。
「あなたが『呪われた魔女』になって、自分の会社の船を沈め続けてくれたおかげで、わたしの新会社は大儲けできましたもの」
聖堂でのプレッピーのやらかし。沈没を指示された船の設計図。そして実際に起こった沈没事件。
これらの証拠は、プレッピーが密かに捏造していた証拠よりも遥かに信憑性があるものであった。
そして何よりも、ハクメイには聖機卿という後ろ盾がいる。
たとえ裁判に持ち込んだところで、ハクメイとプレッピー、どちらが魔女になるかは明白であった。
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
プレッピーは気が触れたように絶叫。頭を掻きむしるとブチブチと髪の毛が抜ける。
ヒザから崩れ落ち、わぁわぁと泣きながらハクメイにすがった。
「お……おねがい……! それだけは、許して……! 魔女になったら、火あぶりになっちゃう……! な……なんでもする……なんでもするから……!」
ハクメイの頭には、首吊り用の縄を差し出すプレッピーの顔が浮かんでいた。
――あれだけ人のことをいじめて殺そうとしてたクセに、いざ自分の身に降りかかると命乞いなんて……。
まったく……本当に、火あぶりにしてやろうかしら……。
ハクメイは首を左右に振ると、プレッピーに言う。
「今日から、わたしの屋敷で下働きとして働くのですわ。学園の卒業までわたしの下で働いたら、証拠はすべて差し上げましょう」
――プレッピーさんはこのあとに現われるヒロインに挑んで敗れ、火あぶりにされる。
でもこうすれば、彼女の非業は避けられるはず……。




