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17 いじめっことの決別

17 いじめっことの決別


 次の日の朝。

 屋敷の食堂に姿を現わしたハクメイは、いつになくご機嫌だった。


「おはようリッパ。昨日はとっても良い夢を見たのですわ」


 弾む声と足どりで食卓に着くハクメイ。

 リッパは朝の定番となったトマトジュースを注ぎながら「へぇ、どんな夢っすか?」と尋ねる。


「ビーチで素敵な殿方と口づけを交わす夢ですの」


「あ、その殿方ってキッドさんっすか?」


 ハクメイは「えっ」と虚を突かれたような声をあげる。

 殿方という形でぼかしたので、リッパは「あ、その殿方ってトゥエルス王子様っすか?」と言うと思っていたからだ。


「……な……なぜわかりましたの?」


「いや、昨日、海に行ってたじゃないっすか。ハクメイお嬢さまが気絶したとかで、キッドさんが送ってくれたんっすよ。寝室までお姫様抱っこで運んでくれたっす」


 ガンッ! とテーブルに勢いよく頭を打ちつけるハクメイ。



 ――き……昨日のアレ(・・)は……!?

 てっきり……夢だと思ってたのに……!



 ハクメイは最後の口づけのあと、のぼせて気を失っていた。

 それで次に気づいた時には自室のベッドだったので、すべては夢だと思っていたのだ。


 推しとのキスなんて奇跡も同然の出来事だが、ハクメイは素直には喜べなかった。

 なにせ彼女にはれっきとした婚約者がいて、あと1ヶ月足らずで結婚するのだから。



 ――夢じゃないとすると、キッドが言ってことも本当!?

 たしかキッドは、お前を奪ってみせる的なことを言っていたような……!?



 いままでとは毛色の異なるトラブル。

 しかも喪女の彼女にとって、三角関係というのは未知の領域であった。


「い……いったい、どうすればいいんですのぉーーーーーっ!?!?」


 ハクメイはキッドに問いただそうかとも思った。

 しかし顔を見るだけでビーチでの出来事を思い出してしまい、顔すらまともに見られなかった。

 とうとうキッドのことを避けてしまうハクメイ。


 逃げ回っていたところで問題解決などするはずもないのだが、この問題ばかりはどうしても立ち向かう勇気が無かった。

 ハクメイの悩みは日に日に深くなっていく。しかしそれとは真逆に、新しく立ち上げた会社のほうは絶好調。


『ハクメイサルベージ』は沈没したプレッピー商船の船の積荷を次々と引き上げる。

 引き上げたのが現金であればそのまま収入とし、財宝などは換金。しかしすぐに金に換えたりはせず、引き上げたものを新聞に掲載。


 そしてそれが思い出の品だった場合は持ち主に返還。女神像などの聖女関連のものは聖機卿に寄付をした。

 おかげでハクメイは増収増益の他に、たくさんの人々に感謝されるようになった。


 損をしていたのは、沈没船の元オーナーであるプレッピーだけ。

 彼女はもう、気も狂わんばかりになっていた。


「きいっ! きいっ! きいっ! この財宝はっ! 元々はプレッピーのものだったのに! なのにっ! なんでっ! なんでプレッピーには感謝のひとつもないんですのっ!? すべてはあのっ! ドロボウ幽霊女のせいでっ! きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!!」


 プレッピーは連日のストレスのあまり、見るも無惨な容貌になっていた。

 髪の毛には円形脱毛症となり、食欲もなく頬はこけ、眠れぬ日々で目の下にはクマができている。


 それまでは、学園の廊下を歩けば誰もが挨拶をしてきたのに、いまやガン無視。

 今日も取り巻きを引きつれて廊下の中央を闊歩しているというのに、白い目とヒソヒソ話を向けられる始末。


「ねえ、聞いた? プレッピー商船はもう借金で首が回らないらしいわよ」


「いつもだったらパパが助けてくれてたみたいだけど、さすがにやらかし過ぎて助けてもらえないんですって」


「うわぁ、だったら会社なんて辞めちゃえばいいのに」


「どうやら『女子高生社長』の肩書きを失うのが嫌みたい」


「うわぁ、バカみたい! 今や女子高生社長といえばハクメイさんなのに」


 プレッピーは奇声をあげてヤジ馬たちに襲い掛かりたい衝動にかられる。

 それでも最後の理性で、学園内で取り乱すことだけは避けていたのだが……。


 彼女の黄金の堪忍袋……いまや道端に落ちているヒモ同然まで落ちぶれていた堪忍袋の緒はあっさりと切れてしまう。


「わぁ、ハクメイさん、そのブローチ素敵!」


「どこでお買いになったんですか!?」


 いまや人気者となったハクメイのまわりには多くの女生徒がいた。

 そのハクメイの胸に輝くブローチを見た途端、プレッピーは夜叉のような形相でハクメイに襲いかかる。

 しかし寸前で、プレッピーの後ろにいた女子たちに羽交い締めにされてしまった。

 プレッピーは血走った目で手を伸ばし、軋むような声をあげまくる。


「きぃっ! きぃっ! きぃぃぃっ! そのブローチはプレッピーのものよ! パパが誕生日に、わざわざ異国から取り寄せてくれたものなんだから! 返せっ! 返せ返せ返せっ! 返せぇぇぇぇーーーーっ!!」


 プレッピーの必死さにドン引きするまわりの女生徒たち。

 ハクメイは落ち着き払って言う。


「このブローチはプレッピーさんのものではありませんわ。だってわたしはこれを、海の中から拾ったのですから」


 そのユーモアの効いた返しに、まわりの女生徒たちはオホホホと笑う。

 プレッピーは檻の向こうの猛獣のように唸っていた。


「ぐぎぎぎっ……! いい気になるんじゃないよ! プレッピーはまだ、本気になっていない……! プレッピーがその気になりゃ、お前のような弱小貴族などひとひねりなんだよ! そしてその計画は、すでに進んでいる……! お前の破滅はもう、決定事項なんだよ!」


 ハクメイは思っていた。



 ――もしかして、この期に及んでもまだ、気づいていないの……?

 まぁ、無理もないか……。だっていまだに、わたしのことを下に見てるんだから……。



 なにも言わないハクメイのリアクションを、プレッピーは勘違いした。


「どうやらすっかりビビったみたいね! もう、気づいているのでしょう!? いまの自分の栄華は、虚構にまみれたひとときのものでしかないことを! そして、プレッピーには勝てないということを! さぁ、震えて眠りな! オホホホホ!」



 ――やっぱり、本当に気づいてないみたい……。

 どっちにしても、この関係(・・)は、そろそろ終わりにしないと……。

 だってわたしには、もっと大きな問題が残ってるんだから……。



 ハクメイはプレッピーの肩越しに言った。


「もう離してあげてもよろしくてよ。ミドリさん」


 その名を耳にした途端、プレッピーは泡を食う勢いで振り返る。

 プレッピーはブローチのことしか頭になく、まったく気づいていなかった。自分を羽交い締めにしていたのが、自分の取り巻きだったことを。


「み……ミドリさん!? あなたいったいなにを!?」


 プレッピーに鬼の形相で睨まれたミドリは畏縮しかけたが、恐怖を振り払うように言った。


「ぷ……プレッピー様……いや、プレッピーさん! あなたにはもう、愛想が尽きました!」


 それが彼女なりの精一杯の三くだり半だったのだろう。それだけ言って、ミドリをはじめとするプレッピーの取り巻きたちはハクメイの背後に移動した。

 裏切られるとは予想もしていなかったのだろう、プレッピーは血走った目を「なっ……!?」と剥き出しにする。


「み……ミドリさん……いや、ミドリぃ! お前は、自分の立場がわかってるのかい!? プレッピーがその気になりゃ、お前なんて一瞬でホームレスに……!」


 プレッピーの剣幕にミドリは縮こまり、ハクメイの小さな背中にさらに小さくなって隠れた。

 ハクメイはミドリを守るように手で遮ると、周囲に聞こえる声で言った。


「みなさん、ちょっと外してくださいますこと? プレッピーさんとふたりっきりでお話がしたいのですわ」


 過去のいじめられっ子のハクメイであれば、こんなことを言っても誰も聞き入れてはくれなかっただろう。

 だがいまの彼女に逆らえる者はそうそういない。ヤジ馬、そして取り巻きたちは大人しく散っていった。


 静まり帰った学園の廊下で、ハクメイはプレッピーと一対一で対峙する。

 いや、もはや彼女にとっては事後処理のようなものであった。


「プレッピーさん。あなたはもう、わたしの敵ではありませんわ。あなたはすでに、わたしのまわり飛び回るヤブ蚊同然……。叩き潰されないうちに、大人しくどこかへ飛んでいったほうが身のためですわよ?」


 そしてこれが、滅びゆく彼女に向けての最後通牒であった。

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