16 告白
16 告白
ハクメイにとっては前世ぶりのスキューバーダイビング。
こちらの海は水も綺麗で魚たちもユーモラスなのでハクメイはいつになくはしゃいでしまい、しばし海中散歩を楽しんだ。
しかしふと目的を思いだし、酸素ボンベのトラブルの合図をキッドに送る。
キッドは陸で打ち合わせしたとおり、自分のマウスピースを外してハクメイの口にあてがう。
息を吸ったあと、今度はキッドがマウスピースを咥えた。
すると、ハクメイの頬がほんのり赤くなる。
それで、キッドも気づいた。
――あ……よく考えたらこれ、間接キスか……。
キッドがそう意識した途端、ハクメイの唇に目が奪われる。
薄いピンクの唇は、桜の花びらのよう。
キッドがさしだしたマウスピースを、屈折する光の中で受け取るハクメイ。
キッドの手ごときゅっと握り締めてすーはーすーはーと吸う姿は、反則級のかわいさだった。
夏になると、キッドは大勢の女たちからいっしょに海に行こうと誘われた。現地でもよく声を掛けられた。
セクシー水着でプレッピーから誘われたこともあった。しかしキッドはそのすべてを無視していた。
――この俺が、女といっしょに海に潜る日が来るなんて……。
そんなことは絶対にねぇと思ってたのに……。
キッドは自分の気持ちを確信し、直後には衝動に突き動かされていた。
ハクメイにマウスピースを差し出すと見せかけて、不意討ち気味に顔を寄せたのだ。
青い光のなかで、唇が触れ合った。
「んっ……!?」
目を白黒させるハクメイ。唇どうしが接点で、身体に電流を流されたように震えている。
キッドは唇を離すとマウスピースで酸素を吸い、それが当たり前の行為であるかのようにまたハクメイにキスをした。
「んんっ……!?」
ハクメイの中に、酸素以外のものが流れ込んでいく。
キッドの熱い気持ちを感じ、身をよじらせていた。
ハクメイは戸惑っていたが、キッドはもう止まらなくなっていた。
泡のようにゆっくりと浮かび上がながら、キスを繰り返す。
魚たちはふたりのまわり巡っていた。からかうように、祝福するように。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ふたりは砂浜に座り、夕陽を眺めていた。
ハクメイの顔は、夕陽よりも赤く染まっていた。
――あ……あれって、キス……!?
い、いや、そんなはずは……!
前世では異性と手を繋いだこともないハクメイ。
自分のような女とキスしたがる男がいるわけがないと思い込み、キスの理由を必死に探していた。
――あっ、そうだ! もしかしたらわたしの説明を聞き違えてたとか!?
そうだ、そうに違いない! それだったらつじつまが合うもん!
勝手に納得しかけたところで、隣から声がした。
「好きだ」
とうとう耳までおかしくなったのかと、「へっ?」とマヌケな声をあげるハクメイ。
声のしたほうを見やると、まっすぐな瞳のキッドと目が合った。
「付き合えよ、俺と」
「え……えええっ!?」
ハクメイは応募してもいないミスコンのグランプリに選ばれたような、すっとんきょうな声をあげていた。
なにせ筋金入りの喪女だった彼女にとって、イケメンは星と同じ。
遠くから眺めて楽しむものであって、けっして手の届くものではないと思っていた。
相手が恋愛ゲームの推し、しかも自分がヒロインでは無い立場なら尚更である。
きっと耳に水が残っているのだろうと思ったハクメイは、傾けた頭をトントン叩きはじめる。
現実逃避のようなことをしていると、気づけば星……いや推しの顔が、降り注ぐ流星のごとく近くにあった。
「王子との結婚なんてやめちまえ」
「い……いや……! そんな、ムリですわ! 親どうしの決めた結婚を、断わるなんて……!」
砂浜を後ずさるハクメイ。しかしキッドの顔はどんどん近づいてくる。
「だったら、俺が王子をぶちのめしてやるよ」
「そ……そんな……!? あっ、じょ、冗談ですのね!? ああっ、ビックリしましたわ!」
「マジだよ。俺、お前にマジになっちまった。お前は、俺のことが嫌いなのか?」
「と、とんでもありませんわ! 大好きですっ! ああっ!?」
キョドって放った一言にハクメイは後悔する。
しかし訂正にする間も与えられず、ハクメイはキッドのたくましい腕に抱かれた。
「そっか……良かった……」
その強引なやり方とは真逆の、安堵の表情。
ハクメイのハートはキューンと高鳴る。
「海のなかのお前……すっげー綺麗だった……。目を離したら、泡になって消えちまいそうなくらいに……」
海の中の出来事を繰り返すように、キッドはハクメイの唇を奪う。
ハクメイはわかっていたのに、拒むことをしなかった。
キッドはぷはっ、と唇を離すと、さらなる渇きを感じたように「くそっ」と唸った。
「なんなんだよ、この気持ち……! どんどん好きになっちまう……! なんなんだよ、お前は……!」
ハクメイ以上に、キッドは戸惑っていた。
ハクメイは異性に興味はあったが相手にされず、前世は乙女ゲーで渇きを癒やしていた。
しかしキッドはいままで女に興味などなかった。そのため押し寄せる渇きのひどさはハクメイの比ではなかった。
キッドの心の中には、豪雨のような激情が渦巻いていた。
その気持ちが漏れ出してしまったかのように、ハクメイの顔にキスの雨を降らせる。
ハクメイは小鳥がついばむようなキスを返すだけで精一杯で、その何倍ものキスマークを付けられた。
「やっと、わかったぜ。初めて会った時、お前は命懸けで俺を求めてくれた。だから俺も、命を賭けてお前を奪ってみせる」
「あ……ああっ……キッドさん……!」
夕焼けをバックに、ふたりは燃えるように熱いベーゼを交わした。
 




