01 前世の記憶
01 前世の記憶
『今日はあなたにプレゼントがあるの。あなたにお似合いのアクセサリーを見つけたのよ』
彼女の手には、荒縄が握られていた。
『この首飾りはね、ドアノブに引っかけて使うの。非力なあなたでも、簡単に首を吊ることができるのよ。ああ、やっぱりあなたにはピッタリだわ』
彼女は親友の首にペンダントを付けてあげるような手つきで、わたしの首に荒縄を巻く。
『気に入った? でも学園では使わないでね。生きた虫を見るのも嫌なのに、死骸なんて。それこそ虫唾が走りますからね。……オホホホホ!』
彼女が笑い仮面のようにコロコロと笑うと、まわりの仮面たちも一斉に笑った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『納期まであと1週間だ! 完成するまで帰れると思うなよ! 一致団結の証として、コイツをするんだ!』
彼の手には、鎖の付いた首輪が握られていた。
『メシは弁当! トイレはペットボトルにしろ! なに、もう360連勤だから帰りたいだと? あと5日我慢すりゃちょうど1年連勤じゃねぇか! これを乗り越えりゃ、お前は大きく成長できるんだ!』
彼は愛犬を愛でるような手つきで、わたしの首に首輪を巻く。
『さぁ、楽しい仕事の始まりだ! おい、寝るな! 寝ると首を吊っちまうぞ! お前が寝ていいのは、死ぬときだけだ!』
彼が獅子舞のようにガハハと笑うと、まわりの仮面たちも一斉に笑った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
わたしの意識は水の中から這い上がるように戻ってくる。
「けほっ!? くはっ!? かはっ!? こほっ!」
陸に打ち上げられた魚のようにビクンと身体が自然に跳ねる。首がきつく絞まるのを感じた。
目がぐるぐる回っていてなにがなんだかわからなかったけど、とにかく苦しい。
ジタバタもがいているうちに首の拘束が外れ、わたしはバッタリと床に倒れ伏した。
「けほっ! けほっ! けほっ! し……死ぬかと思いましたわ……!」
わたしはすぐに、声がいつもと違うことに気づく。
わたしの声は低くて野太いはずなのに、口から出たのは高くてか細い、ガラスの鈴を転がしたような声だった。
「く……首輪が締まったせいで、声がへんになってしまいましたの……?」
首をさすってみると、そこにはほっそりした感触があった。
わたしの首は太くて喉仏が出ているはずなのに……?
不審に思いながら視線を落としてみると、かわいらしいネグリジェを着ていた。
腕は小枝みたいに細くてガリガリで、手はもみじみたいに小さいのに肌は枯れたようにカサカサだ。
顔をあげてまわりを見ようとしたけど、目の前にはすだれみたいなのがあって見にくい。
手で払いのけてみるとそれは前髪で、異様に長く、鼻先まで伸びているようだった。
耳に掛けられるほど長い前髪をかきあげながら、まわりを見回す。
そこは中世ヨーロッパのお城とかにありそうな豪華な寝室だった。
毛脚の長いじゅうたん、天蓋付きのベッド、猫足の椅子、中に鏡の精霊がいそうなほど豪華なドレッサー。
部屋の様子からすると、明らかに現代じゃない。
「ここ……どこ? わたし、いったいどうなってしまったんですの……?」
この身体は力が弱くて思うように動かない。それでも壁にすがりつくようにして立ち上がり、よろよろとドレッサーの前まで歩いていく。
ドレッサーの鏡に姿を写した瞬間、わたしは彼女の名前を叫んでいた。
「ハクメイ……!?」
間違いない。こけた頬にクマの貼り付いた目、陰鬱さの象徴のような黒くて重い髪、夜風にそよぐ柳のように細い身体、まるで怨霊のような佇まい。
わたしがハマっていた乙女ゲー、『グランド・セフト・ハート』の登場人物のひとり、 ハクメイ・ハードラックだ。
ハクメイは、プレダトリー王国にある小さな貴族のひとり娘である。
ハートラックの一族はみな高い魔力を有しており、ハクメイの父親ドゥンケルハイドは『暗黒卿』と呼ばれるほどの魔術師だ。
母親は病気がちで、ハクメイを生んですぐに他界。
この世界では高い魔力を持つ者ほど、身体が弱くなる。
ハクメイは父親の高い魔力と、母親の病弱さを受け継いだせいで、かなりの虚弱体質であった。
しかも彼女はいつもおどおどしていたので、ゲームの舞台となる学園ではみんなにいじめられていた。
最後は父親からも見捨てられ、薄幸いままひとり寂しく死んでいく。
『GTH』は自由度の高さがウリの乙女ゲーなんだけど、どの登場人物にも多数のルートが用意されている。
それぞれのルートが複雑に絡み合ってハッピーエンドになるかバッドエンドになるかが決定するんだけど、ハクメイはどのルートを通っても非業の最期を遂げるという、オールバッドエンドを宿命付けられたキャラだった。
「たしかいちばん早い非業ルートだと、クラスメイトにいじめ抜かれた末にロープを渡されてからかわれて、ショックのあまり部屋で首吊り自殺しちゃうんだよね」
わたしは自分の独り言にハッとなり、寝室のドアを見やる。
するとそこには、さきほどの夢に出てきていた荒縄が掛かっていた。
「ハクメイは、自殺を……!?」
ハクメイが死んで、わたしと入れ替わった? それともわたしは元々ハクメイで、前世の記憶が蘇った?
前世のわたしは総合商社で働いていて、それがすごいブラック企業で……。
あれこれ考えている最中にノックの音が割り込んできたので、心臓が跳ね上がりそうになる。
前世のわたしならこんなことはないんだけど、どうやらハクメイはかなりのノミの心臓らしい。
「は、はひっ!」と裏返った声で返事をすると、寝室の扉が静かに開いた。
タキシードを着た中学生くらいの男の子が、おずおずと覗き込んでくる。
「おはようございます、ハクメイお嬢さま。……もう、起きても大丈夫っすか?」
彼の名前はリッパ。
王都の裏路地で行き倒れていたところをハクメイによって助けられ、身寄りがなかったので執事としてこの屋敷で働くようになった。
ハクメイを命の恩人だと思っていて、献身的にハクメイに尽くしている。
ちなみにリッパというのは、ハクメイが付けた名前だ。
ハクメイにとってリッパは弟のような存在なんだけど、こうしてリアルで見ると実にかわいい。
顔立ちはまだあどけないんだけど強気を装ったツリ目に、髪はキッチリと撫でつけたオールバック。
それらの要素が、子供がいっしょうけんめい背伸びしているみたいで頬ずりしたくなるくらいかわいい。
わたしは抱きつきたい衝動を抑えつつ、リッパに挨拶を返す。
「お……おはよう、リッパ」
「身体の具合はどうっすか? よく眠れたっすか?」
「ええ、5分も寝たからバッチリよ」
しまった。社畜の頃のクセがつい出てしまった。
リッパは「たったの5分……?」といぶかしげにしていたが、わたしが元気そうなのを確認すると、ティーワゴンを押して部屋に入ってくる。
「今日は体調が良さそうっすね。朝食は食べるっすか?」
ティーワゴンの上にはフタの付いたスープポットが乗っていた。
中身はチキンスープなのだろう、いい匂いを嗅いだ途端、思い出したかのように猛烈な空腹に襲われる。
「ええ、いただきますわ」
それから寝室のテーブルでスープを食べたんだけど、ハクメイはきっと何日もなにも食べていなかったんだろう。スープをひと口食べただけで、ひび割れた大地に水が染み込むように、栄養が身体に行き渡っていくのがわかった。
おいしすぎて食べる手が止まらない。まるで1週間絶食したあとの食事みたいだ。
リッパはそんなわたしを見た途端、ヒザから崩れ落ちてしまった。うつむいたまま、肩を震わせている。
わたしはスプーンを口に運びながら尋ねた。
「リッパ、どうしたんですの?」
「うっ……ううっ……! よ……よかったっす……! ハクメイお嬢さまが、やっと食べてくれたっす……! もう何日もなにも食べてくれなかったのに……!」
顔をあげたリッパは両目が溺れているみたいに潤んでいた。
「俺、ずっと心配だったんっす! このままじゃハクメイお嬢さまが死んじゃうって! ハクメイお嬢さまが死んじゃったら、俺…………俺……! うわぁぁぁぁぁーーーーんっ!!」
よほど嬉しかったのだろう。リッパはわたしの足にひしっとすがりついてきて、わんわん泣きだしてしまった。
そっか……。ハクメイは、きっと苦しかったんだ……。
酷いいじめのせいで、食事が喉が通らなくなるほどに……。
それにリッパが心配してくれていることを、ハクメイは知っていたのだろう。
それなのに死を選ばざるを得ないほどに、追いつめられていたんだ。
ハクメイは『GTH』においてのモブキャラなので、彼女の内面はゲーム内ではまったくと言っていいほど描かれていなかった。
しかしいまのわたしはハクメイ自身だから、痛いほどわかる。彼女の想いを知った瞬間、わたしはスプーンをテーブルに叩きつけるようにガシャンと置く。
スープポットをどんぶりのようにガッと掴んでひと息で飲み干すと、熱い塊が胃の中に落ちていき、風前の灯だった命がガソリンを注がれたように一気に燃えあがった。
腹の底から湧き上がってきたパワーに突き動かされるように、わたしは立ち上がる。
「……リッパ! 登校をいたしますわ!