小説家になろう
まだ俺が高校生だった頃の話。
弱小で部員が少なく団体戦すらできない卓球部に在部していました。そうはいってもなんとか個人戦では勝ちたい。ということで戦略も戦術も技術もセンスもない人間がどうやったら勝つかいえば徹底的に返球力をつけ、相手のバテるまで粘れる体力が必要だという結論に至り、走り込みやダッシュ、打ち込みのみに時間を費やしました。多分に漏れず、ついて来れない部員がおり、必死にやっているのは俺と後輩一人で、あとは遊び半分、話半分で部活をやっており、どこか廃部寸前の末期的な腐臭すら漂っていました。
(とはいっても俺は関東甲信越大会まで出場できた)
そんな部活だからか、他の部活で落ちぶれた部員のたまり場みたいになっていました。
そんななか万年補欠のバレー部員の一人と仲良くなりました。
なんというか「俺、小説家目指してるんだ」といってて、俺が本好きなのを知っていたような感じでした。
(高校の頃はラノベや海外ファンタジーなど軽いものを主に読んでいて、何気なく手にとった夏目漱石とか吉川英治の時代小説なんかを読んでいました。思い返すに昔から雑食だったなぁ)
それから色々話すようになってきたんですが、小説家になるとはいっても小説の話はそこそこにゲームの話がメインでした。特にお互い格ゲー好きなんで休日にはお互いの家に行ったり来たりで格ゲーをしたり、ゲーセン行ったりしてたんです。
そこでも「俺は小説家になるんだ」とことあるごとにいってる。俺は小説を読んでいたので(今、思い出したけど漫画好きなんです。ただ巻数揃えないと楽しめない。物語りが楽しみたいなら小説の方がコスパが良かったんだ。図書館なら無料で楽しめるし)「凄いな」といちいち感心していました。
「見せてやるよ」
そういわれて見せてもらった小説ノートには鉛筆で描き殴られた文字とキャラクターのイラストが書かれていました。初めて手書きの小説をみて感動したのを覚えています。
内容はラノベでした。五人の勇者たちが魔王を異世界に封印したのはいいけれど、その異世界が地球という場所で調べたら、地球には人類がいて、人類がいるとまた魔王が復活する可能性がある。封印する場所を間違えたと気づいた五人の勇者が地球にやってきて再び魔王と戦おうとする。けれど五人の勇者は地球では猫の姿で魔法は使えるけど本来の力が使えないから地球の女の子を勇者にして力を合わせて……そんな話を一から考えたなんて凄いなぁといっていたら「おまえも書けよ」といわれたんです。
ですが、俺は書けないんですよね。
だから「小説は読んでるけど書けないや。おまえはやっぱ凄いな」といってました。そいつも「小説読んでるならいつか書けるようになるよ」といってたんですけど、なにか引っかかるんです。そいつが小説を読んでいるところを見たことがなかった。
漫画とゲームの話しかしなくてストーリーがいいと「これを俺の小説にするには……」とかいう話にする。そして「俺は小説家になるんだ」と、もう口癖のようにいう。
ちょっとウザくなってきた頃にそいつはバレー部を辞めて文芸部に入りました。
ウザくなったといっても小説家というのに俺は尊敬の念を抱いていたので、あいつも文芸部に入って本格的に小説家を目指そうとしてるんだなぁ、と思ってました。
「これ、先輩の作品だから読んでみてくれ。できたら忌憚のない感想と意見を聞かせてくれないか」
何時になく真剣な表情で俺に文芸部の冊子(プリントをホチキスで止めたヤツ)を渡しました。
確かストーリーはラノベ調のファンタジー(流行ってたんだよ)で一人称の心理描写がかっこいい話ですが、少し単調な話で続きになっていたんです。だから「単調でどこでなにをして葛藤してるのかイマイチ状況がわからないし、なにかの続きならあらすじ欲しいし、せっかく心理描写がかっこいいのになぁ。あと先輩、もう卒業なんだから続きにしないで一発カチッと完結する短編の方が……」と思ったことをいいました。
そいつは神妙な顔で「俺もそう思う」といって部活にいったんです。
数日経って陽気な顔で「いやぁ、文芸部は楽しい」みたいなことを言ってきたんですよ。まぁ、万年補欠のバレーより文芸部の方がこいつに向いているんだなぁ、と思い「良かったな」と言いました。
「なんつーか、小説家目指してる後輩にまで尊敬されてさぁ。おまえも読んでるだけじゃなくて書けよ。だいたい、映画観てるやつは映画監督になりたがるものだし、漫画読んでいるやつは漫画家になりたがるもんだろ?」
酷く独りよがりな解釈になんだかカチンときてしまい「だったらおまえはゲームしかしてないんだから、ゲームでも創ればいいんじゃね?」と言いました。
だって小説は読まないし、漫画は美少女が出てくるようなものしか読まないし、格ゲーしかしてないし(女キャラしか使わない)、実はエロゲーマニアだったから。
「読んでも書けないやつにはわからないさ」と小説書けるから凄いんだという雰囲気を出してくる。
俺はやっぱり小説を読んでいたから小説を書くということに憧れがあったのだと思います。だから小説読むだけで書けないから「まぁ、書けるのは凄いよな」と言うしかない。
そしてそいつは度々、文芸部の冊子を持ってきて俺に読ませてくれる。そして感想を求めてくるんです。
「感想をいうことが書けることに繋がるかもしれないから」
「書く気はない」
「いいのが書ける素質はあるのにもったいない」
そういわれると悪い気もしないから一応、忌憚のない感想とやらをそいつに話してました。
そんなことを続けて、いつの間にやら三年になり部活動も終了になりました。男子の卓球部員は後輩一人になり心配してましたが顧問が夜、体育館で一般の卓球サークルがあるからそこで練習できるように段取りしてくれて(いままで放任だったのに)心配なく、受験勉強を頑張れるはずでしたが、農業専門学校はよほどのことがないと落ちないらしい。
(英語が致命的に悪く、なんとか補習で卒業させてもらえたのは内緒だ! あと喧嘩でボコりボコられ問題になってたが日頃の行いが良かったので内申には響かなかったのも内緒だ!)
勉強は適当で大丈夫だろうと放課後は男子卓球部で一人になった後輩の練習相手になったりしてました。
しばらくすると、なぜか卓球に女子の一年が多く入ってきて後輩にも練習相手が付くようになりました。
いままで、なんとなく後輩は女子と反りが合わなかったけど大人数になったら、そんな雰囲気もなくなり、なんとかなったっぽい。不思議だ。
俺は完全に勉強するしかなくなったんです。
その日、帰るには早いし、時間を潰すために図書館で卓球の後輩に勧められた夏目漱石の『こころ』を読んでました。
(実は卓球部の後輩は俺を遥かに凌ぐ読書家。特に太宰治とドフトエフスキー、ロシア文学が好きだったかな? 高校生で今の俺より読んでたな。なんで文芸部に入らないのか聞いたら「つまんないから、卓球は下手だけど面白い」らしい。風の噂では社会人になっても卓球は続けていたようだから本当に好きだったんだな。ちなみに文芸部の冊子読ませたら鼻で笑ってた)
「先輩、小説、好きなんですか?」と図書館で声を掛けられました。
「俺、文芸部で小説書いてて、〇〇先輩と同じクラスですよね! あの人、凄いですよ。いつも一緒にいるじゃないですか? いつもはどんな感じですか?」
ああ、あいつが文芸部で尊敬してる後輩がいるっていってたけどこいつかと思いました。
「格ゲーやって、ゲーセンいったりかな」
「ふぅん。意外に普通ですね。でも凄いんですよ。ノートにびっしり小説書いているし、分析力も凄いんです」
文芸部の後輩の話に驚きました。
文芸部の冊子の俺のいった感想をそのまま文芸部で披露していたんです。しかも尊敬まで受けて! 俺が文芸部いったら尊敬されてたかもな、と思うくらいでした。
「去年、卒業間近の三年生に『もう卒業ですし、長編はいいから一発、カチッと完結する短編を書き上げて下さい!』と、はっきりいったとき、本当に尊敬しましたよ」
いや、そのままいうだけの度胸は俺にはないから、あいつの方が上手か……いや、あいつも度胸なんてなかったから、なにか言い返されたら「実は冊子を読んだあいつがそういってた」と逃げるつもりだったかも?
「いや、それ、俺の感想だから。あいつ、俺に読ませて、その感想をそっくりそのままいっただけだよ」
正直に真実を暴露しましたが、あいつに心酔しきってる文芸部の後輩の耳には届きません「そんなわけありませんよ。だってあなた小説書いています? 必死に書いている方が小説というものがわかるはずですから」といいました。そう言われると俺も言い返せない。
結局、次の日、そいつに「俺の感想をそっくりそのまま文芸部でいっただろ? 文芸部の後輩から聞いたよ」といいました。
「参考にはしたが、そっくりそのままじゃない」と決して認めず苦しい言い訳しかしない。
なんというか、ノートびっしりに(途中で投げて完結しないものばかりな)小説を書いていたのは本当なんですよ。
そして小説をまるっきり読まないんです。
『銀河鉄道の夜』すら途中で投げるくらい文章嫌い。
なんか情熱があるのかないのかよくわからないし、チグハグというか、今、考えると手段や方法はなんでもいいから、なにがなんでも尊敬されたり、チヤホヤされたかったのかな、と思っています。それにはまず人とは違ったことをしなくてはならない。そして、たまたまそいつは小説が書けた。
オチも教訓もないけど思い出したので殴り書き。