幻想は幻想のままで
近所の寄合でなにか話し合ってみんなで仕事しなきゃならないときがあるんですが、なかには変な人がいまして、とにかく蘊蓄やら成り立ちやらいう人がいるんです。それが役に立つ話ならいいんですが、ただの机上の空論、考え違いなんですよね。それで詰め寄られると不機嫌になって駄々を捏ねる。みんなは呆れてただ話を聞くだけ聞いて、しなければならない仕事の話し合いをする。その人は「じゃあ自分の意見と合わせて」と勝手にまとめる。しかし自分の意見とやらは誰がどうみても机上の空論で合わさってすらいない。いい歳したおっさんが現実をみれないし、面子と働きたくない気持ちが歳を経るとこうなるもんか、と。
まぁ愚痴はこのくらいにして。
桜が咲き誇る春も終わり、なんだか夏の気配すら感じる今日この頃。
実は桜をみる度に綺麗だな、儚いな、華やかだな、と色々思いますが、一番思うのが「なんでいきなり花芽がつくん?」ということです。
花って子孫繁栄のためにつくわけで、いわば普通に生きる(葉や根をつくる)以上の養分をつかって、わざわざ花芽をつくるんですよね。
だから一般的な植物は葉を茂らせ、根を張り、水や養分や光を力に変えて花芽をつける……なのに桜はなんでわざわざ、夏から秋にかけて栄養を蓄え、冬を越え、春になったら花をつけるんだ? 冬、耐え忍ぶ必要性ある? でもそのおかげで枝一面に花だけがきらびやかに咲くんだよなぁ。
高度な生存戦略のひとつなんでしょうけど、これが不思議でならない。
ネットの時代なんで調べれば出てくるんでしょうけど、春になるたび不思議な生態を思い出したり、綺麗な花をみるのもいいんですよね。
不思議なものを不思議なまま感じとって、それをそのまま楽しんでもいいじゃないか、と思っています。(いつか調べるかもしれないけどさ) 最初に書いたおっさんも同じ、不思議なものを不思議なままに……そうしないと駄々こねて逃げるからなぁ。
あ、同列に扱うと話が台無しだ!




