魔法と魔法に関する駄文
娘の一人が『葬送のフリーレン』にハマっておりまして、定期的に観るんですが、自分には合わないなぁと思いながら観ています。(口に出すと娘がキレる)
いや、ストーリーとかいいと思うんですよ。シリアスな場面とか、キャラクターを掘り下げ方とか、ちょいちょい挟んでくるユーモアたっぷりのシーンとか、面白いなぁと思います。でも何が合わないかといいますと『魔法』のシーンなんですよね。なんかゲームみたいだなぁ、と。
以前、アマゾンプライムで『力の指輪』を観ました。
とりあえず最高でした。ああいう指輪物語での魔法の使われ方が好きなんですよ。あくまで魔法なので科学的には説明がつかない。魔法使いも人類とは別種の者(老人の姿をしたなにか)で魔法も再現性が低く(指輪は誰もが造れない。ウルクハイもサルマンだけしか生み出せない)個人が研究して使いこなしている感じがなんとも。ゲーム的な使われ方もしますが。
あっ、ここで自分の好悪を主張したいんじゃないんです。むしろなんで俺はゲーム的な魔法が嫌いなのかなぁと少し疑問に思ってまして、それを考えるべくスマホをポチポチしているだけなんです。
高校の頃、小説を書いている同級生がいました。そいつはゲーム好きでライトノベルのような小説を書いては俺にみせていたんです。けどライトノベルって気軽に読める反面、同じような流れというか、漫画と同じようなストーリーが多かったんで(ライトノベル黎明期だったからかもしれません。五割くらい擬音、叫び声ばかりのページのものもあった)飽き飽きしていたのもあるかもしれません。
そして、魔法も「超能力となにが違うん?」と思ってしまったんですよね。
炎に雷に氷とか分けられているけど「ようは手からビームでしょ?」と。同級生は「全然違う! 学問として学べ、才能あるなしはあるけど誰もが使いこなせるし、エネルギーや原子をルーン文字などの秘密の言葉で操ることを古代から……うんぬんかんぬん」と説明するんですが、ピンとこない。ゲームでの使われ方以上の説明がなく、自分の小説の設定の話しが延々と続くわけです。
今の異世界転生ものの方がわかりやすい。
だってゲームの世界に行く訳ですから、ゲームをしたことのある人には一瞬で理解できて説明なんて端折ってしまえるし、そもそも知っていることを前提にストーリーを進めてしまえる。いわばお約束なわけなのかもしれません。
あいつ、今、小説書けばわかりやすい設定にできたんだろうなぁ。
そうそう、話は変わるようで変わらないかもしれませんが、『葬送のフリーレン』の魔法と『力の指輪』の魔法って随分違うなぁと思いまして、「もしかしたら日本とアメリカでは魔法の捉え方が違うのかもしれない」と色々妄想してました。神秘主義とか霊的な認識の差が異なっていて、魔法はあくまで神秘的なものとして扱った方がストーリーに深みが増すと思っているのか……でも『ハリーポッター』はフリーレンと指輪の中間くらいだしなぁ。そんなことを考えながら、さっきネトフリで『ダンジョン&ドラゴンズ』という映画観ました。
うん、TRPGの映画だからかゲーム的な魔法だったわ。
お国柄で認識の差はないんだ(笑)
じゃあなんで俺はゲーム的な魔法があんまり好きじゃないかとよくよく考えれば、小説書いていて魔法表現(主に『手からビーム』)が単純に書いていて楽しくないのかもしれない。せっかく書くんだったらストーリーに結びつけたいというか、なんというか。
あっ、そういうシーンは『小説家になろう』の方では書いていないかも? 『△▽の怪異』に少しあったか? 『ノクターン』の方で書いています。あんまり上手くない自信がある(笑) 『△▽の怪異』でアクションシーンを書いた場面があるから……あんな感じです。
つまり、自分が苦手だからあんまりゲーム的な魔法は好きじゃないのかもしれません。
なんかわざわざ書くほどのことではなかったかも(笑)




