ジョゼのマンガと映画たち
アマプラで『ジョゼと虎と魚たち』のアニメをやっていて「うわ! 懐かしい!」と観てみました。
十年くらい前に実写映画版『ジョゼと虎と魚たち』を観て感動したんですよ。
なんせ、十年前に観たんで超うろ覚えで間違っていたらすみません。もし間違っていたら「なんか勘違いしてる(笑)」と笑ってくだされば幸いです。
まず『ジョゼと虎と魚たち』実写映画版で自分が衝撃を受けたのが「好きにしてええねん、アタイのこと。何してもかまわんから」というセリフです。確かラブホで恒夫に自分を好きにしていい、というエッチよりのセリフ(確か映画版はジョゼがセックスを知ったのがSM雑誌だったような)と、そのあと恒夫が寝ているシーンで、いずれあなたはアタイのこと愛さなくなる的なこともいってて、すべてを承知のうえで「何をしてもかまわない」つまり裏切って別れても構わない、というジョゼの強さをみて(「それもまた良しや」のセリフの破壊力よ)、この恋愛で成長したのは恒夫よりジョゼで、その糧となっていたのは昔の孤独のような気がして、その深みがなんとも……最後、ひとりで車椅子を疾走させるジョゼの背中で泣きました。
それを期待してアニメを観たんですが……いまいち望んでいたものでないというか。いや、話も二三転して、障害者の苦痛とか、それを受け入れ、ふたりで乗り越えるとことか、迫るものはあるんですよ(ちなみに漫画版も買って読みましたが、アニメ映画版とほぼ一緒)。最後の甘々な後日譚もいいと思います。
けれど原作(漫画と一緒に買った)と実写映画版(妻夫木聡と池脇千鶴の演技がまたいいんだ)の素晴らしいさったらなかったなぁと。
あと思い返してみると俺が書いた小説で寝ている(または声が聞こえてない状態)人物に誰かが、なにか重要なことを一方的に話すシーンを書いてしまうけど(読み返したら『静寂の海、ほとりの花』と『金魚と万年筆』、『△▽の怪異』はあった)、これらは『ジョゼと虎と魚たち』の映画版のあのシーンの影響というのに気がついた。
独り言とは違うんですよ。言いたい人が目の前にいるんですから。でもその人へは言葉は届かない。けど言わなきゃならない。だって言葉が届いたら言いたいことが言えないじゃないですか! この切ないアンビバレンツなセンスがなんか、こう、萌えるというか、燃えるというか、キュンキュン(おじさんがいう言葉ではないですが)するというか! あのシーンはすごく好き! ……好きだからって真似すんなよ、話ですね。
十年くらい前に三回ほど観ただけなのでところどころ間違い、思い出補正あるかもしれませんが、お時間のある方は是非とも! 時間短なら原作(短編です)も、また良しや。




