おそらく、それは文
小説を書いていると違和感がありました。
重めの文章を書いているときには感じなかったんですが、今回は軽めの文章だったからか、ある場面になると違和感があるんです。
それは『女言葉』!
『静寂の海、ほとりの花』『金魚と万年筆』は女言葉を使ってもあんまり違和感ないんですよ。SFだしファンタジーだし、むしろそれが味になっていたんじゃないかと(自画自賛)。けれど今書いている『△▽の怪異』が現代オカルト(ファンタジー?)だからか女性キャラクターが女言葉を使うと物凄い違和感があるんですよ。
いままで生きてきて「~だわ」とか聞いたことがない!
前に書いた小説の流れで女性キャラクターが女言葉を使うと変だと思ってしまうんです(いや、使っているときもあるかもしれませんか)。ギリで橘立花が話しているのはなんか理解はできますが、女子高生のふたりが話していたらなんか違うなぁと。でも最初、女言葉で書いて、めっちゃ変だったんですよね。まだ名残があるかもしれませんが。
それで思い返せば小説では村上春樹はがっつり女言葉を使っていますし、おそらくアニメ、映画は使っていると思います。ただドラマがどうだったかなぁ、と思い返すと。最近観たのが『ブラッシュアップライフ』と『罠の戦争』、『どうする家康』なんですよ。『どうする家康』は時代劇なので女言葉は当たり前のように使っています。そして『罠の戦争』も……うろ覚えで申し訳ないんですが、使っていたと思います。いや、秘書の女は使っていなかったかな? けど『ブラッシュアップライフ』は使っていなかったと思うんです。ギリ、幼少期の頃と「私~思うのよね」くらいかな?(うろ覚えですみません)
簡単に分析すると創作のなかのキャラづけとしての手法のひとつなのかな、と思ったり……いや、自分の周りが女言葉を使わないで都会は使っているかも。地元の方言で自分を表す言葉が男女とも『オレ』だしなぁ……時代劇は身分や立場を表すのに男女とも話し言葉が異なっているし、『罠の戦争』も立場で変わっているから、自論は成立するな。
つまり、女言葉はもう文語文のひとつになっているのかなぁと思っています。だから現代モノを書いていると物凄く違和感があるのかと。逆に使い方次第ではキャラクターの『女性』成分が引き立つのかなぁ。
今回はメモ代わりに書いてみました。
実は妻にこの話をしたら「うざいなぁ! そんなこたぁ、どうでもいいんじゃない!?」とバッサリ斬られました。
読んでくれた方、最後までつき合って下さってありがとうございます!
あ、それと『付き合う』と『つき合う』てニュアンスが違う気がして……(以下略)




