第五章50 『全てを統べる者』
天の道を行ってる人とはまた違う。ではでは。
一瞬、視界に飛び込んできた赤髪の男というのが、涼太郎には人間でないように見えた。ぐにゃ、ぐにゃりと体をよじらせ、発情したように女体をむさぼっている。
数メートル距離をあけていてもわかる、口から漏れ出る熱い吐息。さらにその三日月形に裂けた口から飛び出ているのは、蛇のように長い舌。だ液を異常な量まとわせ触手として、阿修羅の脇を舐めあげる。
ヒャ、ヒャ、ヒャと耳ざわりな声で笑いながら。
男の常軌を逸した行動に、かけつけた二人は吐き気を覚えるのだった。
一人は、これから何十年と続くであろうと思っていた人生を突如奪われ、自分の偽物に干渉することができずに絶望していた怒りを添えて。
阿修羅は恥辱の限りを受けて、耳まで真っ赤に染めてビクンと跳ねる。
一人は、今まで世話になっていたはずの実の父親が、自分の相棒を凌辱していることに絶望し、悲しみに暮れていた。
阿修羅は涙と涙と男のだ液でぐちゃぐちゃになった顔をゆがませ、あらがえない恐怖の快楽にもだえ苦しむ。
「何……してんだテメェェェェアアアアァァァァァッッッ!!!!」
毘沙門天の修業の中で、ようやく成長した身体を動かすのにも慣れた。すると案外、細身のわりに身体能力が高いということに気づいた涼太郎は、それはそれは歓喜した。
まさかこんな最悪の場面で発揮される体力になるとは思いもよらなかったが、『どんな手を使ってでも殺す』と決めた標的がいるのなら、存分にやらせてもらおう。
金鞠家、地下二階。コンクリート製の床にも亀裂が入りそうなくらいに踏み込んで、稲妻のようなストレートを──
「なんだ、あの時のガキか」
自由自在に体勢を変える姿は、まるで針金のよう。難なく、余裕をもって回避されたことに毒づく暇もなく。圧倒的な推進力を利用され、合気道の要領で受け流されてしまった。
男に背を押し飛ばされて追加された勢いはそう簡単に抑えられるわけもなく、涼太郎は思いきり机になだれ込む。何が書いてあるのかは不明だが、山のように積み重なった資料とともに、冷たい床へと打ち付けられる。
記憶がなくても、今ではすっかり友人となった涼太郎が傷つけられたことに、依茉が黙っていられるはずがない。
「やめて、パパ!!」
肩をつかんで丸くなる涼太郎を踏みつけようとしていた男は、一人娘の声を聞いて動きを止める。
ニコッ、と不気味な笑みを浮かべると、芝居がかった動きで百八十度回転し依茉へと向き直った。
「おや、依茉じゃないか。久しぶりだね、仕事は何を……いや、そんなことはどうだっていいね。親子の再会だ、お茶を淹れよう」
「どうだっていいのは私のセリフだよ!! なんで……なんで阿修羅が実体化して、こんなところにいるの!?」
ククク。喉を鳴らすように、微笑する。
同時に黒々とした太い鎖につなげられている炎神へと近づく。右手を彼女の右ほほに、左手は未成熟な胸へとすべらせ、くすぐるように躍動させていく。ひときわ隆起している箇所が、震えたように見えた。
左耳のふちをじゅる、とわざと汚らしい音を立てて舐めると、再び娘に笑顔を見せた。一度目でも少し不気味に思われたのだが、二度目はもう──依茉の知る、優しい父のものではなかった。
もはや淫行としか例えようのない男の行動に、疲れ切った阿修羅は声すら上げられない。耐えがたい感覚を体外へ逃がすように、全身をよじらせるだけだ。
「さぁ、なんでだろうねぇ~?」
「ふざけないで……ちゃんと答えてよッッッ!!!!」
「す……べてはお前のせいだ依茉アアアアアアアアッッッ!!!!」
依茉の言葉の尾にかぶせるように、食い気味でわめく。両者の声はのびのびと反響し、無音が広がるまで男の研究室を揺らし続けた。特に、男の発言が消えていくのは遅く、その分彼女の心が絶望にさらされる時間も長かった。
「私の……せい……?」
自分の物とは到底思えないかすれた声は声量もかなり小さかったが、場所が場所なので男にも充分聞こえる。もちろん、阿修羅と涼太郎にも。
男は再度芝居がかった動作で、憎しみを込めに込めた目で娘をにらみながら、事のてん末を述べる。一文一文、演劇でもしているように動きをつけて。
「依茉。お前は元々、神の位にまで力をつける権利があったんだ。私が『神の因子』を埋め込んで、大切に大切に育ててやったというのに……!! それなのにそれなのになのになのになのになのにのにのにのにのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……ツッッッッ!!!! こんッッッッッッッッッッッッッッッッッッなガキにそそのかされてェェェェッッッ!?!? 八年前のあの日ぃ、お前は自ら神の座を、ドブに捨てたんだぞォォォォッッッ!?!? ……ヒャヒャ。まぁ、あの後ガキとガキに関係する記憶は全て消去させてもらったけどね。いくら私でも大変だったよ。文月 涼太郎という存在を、この世から完ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ全に消滅させるってのはねェェェェェッッッ!!!! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャーッッッ!!!!」
あぁ……全ての謎が、解けてしまった。
まず、どうして依茉は学生時代、父親にいいように記憶を操作されていたのか。男の説明だけでは不透明なところもあるが、おそらく『七福神』などと同じような神の存在へと、依茉を進化させるつもりだったのだ。全くもって、信じられない話だ。
わざわざ記憶を消していたということはつまり、『人間としての記憶が最低限あればいい』からだろう。
他人と接触すれば、無条件に思い出ができてしまう。それが小さかろうが大きかろうが、神へと昇格するには不必要なものでしかないのだ。方法はまるで見当がつかないが、依茉は涼太郎と関わらなければ、父親のおもわく通り人間を辞めさせられていた。
『神の因子』を埋め込んだというのも、依茉が『才能人』でもないのに『裏社会』へと出入りができができていることの理由になるのだろう。実際に神である毘沙門天も、人間となって現実世界に足を運ぶことがある。ならば、その逆ができてもおかしくない。
涼太郎が彼女を連れ出し、銃殺されるまでのあの『22メートル』で、神としての資格が失われたのだ。
そして──なぜ涼太郎が死んでも、家族や周囲の人間が気付かなかったのか。名前と容姿を変えられて、おかしいと思わない親はいない。
男は何らかの方法で、涼太郎にかかわったすべての人間をあぶりだし、彼に関連しているすべての記憶を消したのだろう。消去だけでは終わらない。道端で倒れていたのは、『文月 涼晴』という本来存在しないはずの人間。彼があたかも最初から存在していたかのように、記憶を書きかえたのだろう。
「ん~? あぁ、そうかぁ。なーんで阿修羅がここにいるのか、だったっけ。簡単な話さ、お前の代わりに私が神になるんだ。そのために……生贄になってもらうんだよォォォォフォオオッッ!!!! 現実世界じゃ、神は神通力を使えないからねェ……!! 神の肉体を味わえる機会なんてそうそうないだろうから、味見をさせてもらおうと思ってさァァァァァァァァヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャーッッッッ!!!!」
重すぎる絶望にのしかかられ、あっけなく膝をついて座り込んでしまう。年甲斐もなく、危うく失禁してしまうところだった。それくらい、脚に力が入らない。
嘘、だったのだ。
うまくいかなかったりするとすぐに泣いてしまっていた自分をやさしくなぐめてくれたこと。
いつもわがままを言っても、笑ってなんでも買ってくれて、母には黙ってくれていたこと。
風邪をひいて寝苦しかった時もずっとそばにいて、頭をなでてくれたこと。
夜も遅いのに、一緒に試験勉強をしてくれて、その後机で眠る自分に毛布を掛けてくれたこと。
全部、全部だ。
全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部。
自分はいったい何者で、何をして生きてきたのだろう。考えてはいけない領域にすら容易に入り込んでしまうほど、依茉の精神は粉々に砕け散った。
ほほを大粒の涙がつたって、熱い感覚を残してあごから落ちていくことすら、感じられない。
視界の中央で父に秘部を乱暴になぶられて泣き叫ぶ阿修羅から、目が離せない。見たくないのに、恐怖で体のあらゆる部位が働こうとしない。呼吸が、毎秒速くなっていく──。
「なるほど、なぁ……。こういう時のために、認め合ったってわけかよ……」
目から光を失った阿修羅を除いた全員の視線が、神の山に埋もれた男に集まる。
認め合うとはいったい、何のことを言っているのだろう。考えさせてくれる暇など与えない。言葉の後一秒と経たずに、涼太郎が男にタックルを食らわせた。
しかし、その場にいた者全員がだまされていた。タックルをしたのは、涼太郎であって涼太郎ではない。つまり──
「グレモリー!! 出番ですよ!!」
「呼ばれて飛び出てなんとやらー!! は……ああぁあぁッ!!」
ガシャアアァァ……ン!!
重々しい音を立てて、阿修羅を縛る鎖が砕け散る。骨がないかのようにだらりと落下する彼女の小さな体は、悪魔によって受け止められた。
体に受けた刺激があまりにも強すぎたせいで失神していたが、息はしている。浮遊して、安全に涼晴と依茉を回収しつつ逃げていく。
「じゃあね~、三枚目♡ グラァァァッマラァァァァス!! なワタシより、こんなつるぺた幼女を選ぶなんて、見る目がないわね~♡」
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走る。阿修羅も神とはいえ、力を失ってしまっては消滅の危険性すらある。『宝船』へと行かなければ、彼女の神通力を回復させる手段はない。もう一つだけ、あるとするならば──
「神を愚弄するとはァァァァァアァァァァッッッ!?!? ゆるッッッッッッッッッッッッせんッッッッッッッッッッッッ!!!! 絶望の海に沈めてやるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!! 神の裁きを受けよォォォォォォォォォ!!!! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!!」
「さぁ、執筆の時間と……殴り書きの時間だぜ、クソ神ィィ……!! あの日の復讐だ、必ず殺すッッッ!!!!」
悪魔の力を手にした英雄、文月 涼晴・文月 涼太郎と、絶望をもたらす神、金鞠 斎迅の決闘が今、始まる……!!
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