第五章49 『神喰らいの神、史上最悪の闇』
気持っち悪ぃ……。ではでは!!
こんなことが起きるものなのか?
右手を天高くかかげて名を叫んでも、炎神:阿修羅の意思が宿った神具、『阿修羅の腕』がやってこない。あいにく依茉はアンドロイドではないので、電波障害が起きるわけがない。そもそも『裏社会』に電波どうこうの問題があるのかは不明。
高さが足りなくてギリギリ声が届かなかっただけかもしれない。切に願うように、何度も飛び跳ねながら阿修羅をコールするが……偉そうな声を聞くことはできなかった。
はたから見たら神様の名前を大声で叫んで、そのたびに手を振ったりジャンプしているという、ちょっと頭のおかしな人だと思われるだろうか。徐々に馬鹿らしく、恥ずかしくなってきた。
しかし──阿修羅と実質的に契約を結んでからというもの、彼女が依茉の呼び出しに応答しなかったことなど、今までにあっただろうか。
このように言うということはつまりはないのだが。さておき心配になってくる。日付で言えば今日の一時くらいに呼び出しをしたので、もしやまだ寝ているのだろうか。戦闘時は相棒的な仲とはいえ、阿修羅の生活リズムをすべて把握しているわけではない。涼晴じゃあるまいし。
ついにしびれを切らしたか、背中に涼太郎の声が投げつけられた。
「さっきからなーに一人で踊ってんだー? あれか、戦闘前のルーティン的なやつか」
「何をどう勘違いしたらそうなるの……? 違うの、阿修羅が来ないの!! 阿修羅ってばー!!」
「うるさ……。阿修羅ってもしかしてあれか。あの腕につけてたグローブみたいな防具のことか?」
「うん……。少し前から私が使わせてもらってるんだけど、今までこんなことなかったよ。どうしたんだろう……」
『裏社会』の太陽は沈まない。手で日光をさえぎるようにして空を見上げるが、炎のらせんは一向に姿を現さない。
これでは、涼太郎との実戦訓練ができない。厳密に言うと訓練ができないわけではなく、『阿修羅の腕』のような武具を使わなければ、戦士としての依茉の全力が出せないというわけだ。
二人が戦闘を始めないことに気づき、布袋尊と恵比寿天が歩み寄ってくる。
「どうしたんじゃ? やっぱり、身内同士じゃと気が引けるか?」
「阿修羅が、呼んでも来てくれないんです……。何かあったんでしょうか……」
依茉の心配そうな言葉を聞いた瞬間。二体の神はとたんに表情を真剣の色に染め、顔を見合わせた。ごく……と生つばを飲み込むとうなずき、何を思ったのか二人はお互いのてのひらを合わせるのだった。
数秒間その状態のまま静止すると、再び手をはなす。恵比寿天は右手、布袋尊は左手を同時に突き出し、それぞれエメラルドグリーンとミルクティー色の光線を放つ。DNAの図のように見事ならせんを描き、一本の槍となって斜めから天をうがつ。
雲が切り払われたあと、無数の光弾が流星群のように、『裏社会』全域へと降り注ぐのだった。
「これは……」
緊張感が張り詰める中、しかし美麗な光景にくぎ付けになっていると、二体の神は勇ましい顔のまま説明をしてくれた。
「私の仕事は、『負』の湧出量を監視すること。今の術は別に私だけが使えるわけじゃないんだけど……えーさんや他の神と力を合わせることで、ふるいの目が細かくなるの。普段は光弾が着弾した範囲に『負』がいるのかを調べるために使っていて、神々の持つ神通力にも作用するから、お互いの場所がいつでも把握できるの」
「じゃが……阿修羅の反応は今のところ確認されとらんな……。しかし不思議じゃ。あれだけ強力な神通力の持ち主なら、術を使わずとも居場所は分かるものだと思うとったんじゃが」
阿修羅は、かつて彼ら『七福神』と同じく肉体を持ち、『裏社会』で自由気ままに暮らしていた。自身の内からあふれる莫大なエネルギーのおかげで、神々の中でも上位に食い込んでくるほどの実力者だったらしい。
勝負が大好きで手当たり次第につかまえてきた神と決闘しては圧勝するという毎日。しかし、湧き上がる闘争心と無限の神通力を受け止められる神はなかなかおらず、次第に周囲は彼女をけむたがるようになった。
ついには『七福神』の一席である毘沙門天と火花を散らしたが、三日三晩戦闘が続いたあげく隙をついて封印されてしまったのだという。
逸話からもわかる通り、阿修羅は『七福神』と肩を並べるほどの力を宿している。それは防具に封印されてしまってからも同じ。
そんな大層な神および神具の反応が、忽然と途絶えるわけがない。何か裏がある。阿修羅が復活したとしても、術のおかげでどこにいるのかがわかるはず。光弾は『裏社会』全域にいきわたったようだ。
これらの事実から導かれる答えは──
「どこかのアホが、現実世界に阿修羅を持ち出した、か」
「そ、そんなことって……!!」
「できなくはないわ。依茉ちゃん、『四家家』って知ってるかしら」
少し前に耳に入れた覚えがあったので、首を縦に振る。
『四家家』といえば、直接的なかかわりを持っているのは、第128代『自由主義者』である四家 白秋だ。彼もまた『禁忌全英書』の力を欲している人物であり、打騎の友人を三人も永久追放にした非道な亡霊。
彼の使う能力『虚空』は、『才能を打ち消す』という厄介な効果があり、涼晴は戦闘するにあたって非常に頭を悩ませていた。
「『四家家』は『才能人』でもないのに、『才能』まがいの人智を超えた力を使えるの。何も私たちが与えたんじゃなくて、彼らが勝手に能力開発をしているのよ。どうやって『裏社会』の感情のエネルギーを入手したのかは定かじゃないけど……。とにかく、ごくまれに一般人がこちらに干渉してくるケースもあるのよ」
「じゃあ……阿修羅はもう、戻ってこれないってことですか!?」
「ううん、まだそうと決まったわけじゃないよ。あーちゃんはずば抜けて強い神通力を持っているから、私たちのサーチを弾き飛ばしたのかもしれないし。それに、現実世界につれ出せれたとしても、あーちゃんならその人間を灰にするだろうから、心配ないよ」
「そ、それはそれでどうなんでしょうね……」
布袋尊はつくづく、場をなごませるのがうまい。彼女自身がいやしの権化みたいな容姿をしているが、穏やかな口調と必殺の『よしよし』で。とがった心も母性によって丸くなってしまうのだ。
……だが、布袋尊の穏やかさとは程遠い涼太郎の声が、一気に現実を連れてきた。
「エマ。俺に心当たりがある。……お前の実家、どこにある」
「え……? じ、実家? なんで?」
突然意味不明なことを言い出す男に首をかしげたが、直後依茉は肩をつかまれ、何度も揺さぶられるのだった。
「頼むッ!! 俺には……記憶がないんだ!! お前だけが頼りなんだよ!!」
「わわわ、分かったからららららやめててててて!!」
~~~
コツ。 コツ。 コツ。
よく、音が反響する空間。水が大地をつく音……ではない。足音、誰かの足音が鼓膜を揺さぶり、途切れていた意識を闇から引きあげた。
瞬間接着剤でも塗られているのかとでも言わんばかりに、まぶたが重くはりついていて目が開けられない。いや……目を開けるだなんて動作も、もう何百年としていないではないか。そりゃ感覚を忘れても仕方ない。
「お目覚めかな、阿修羅」
きわめて至近距離。耳から十センチ離れているかどうかというところから、声が聞こえた。男の声だが、聞き覚えはない。記憶に残る限り、こんな聞いているだけで心がざわつく声質の神はいなかったはず。
つまり、この声は人間のもの。しかしなぜ、依茉以外の人間が、こんなにも近くにいるのか。
おっと、ようやく目が開けられる程度に意識が──。
「…………っん。……!? な、なん……だ、これはッ……!?」
腕と脚に、鎖がつなげられている。それぞれコンクリートの天井、床につなげられていて、そう簡単にははずせそうもない。全身をひねるようにして反動をつけるが──
いや、待て。なぜ……身体があるのだ? あの腐れ貧乳神に封印されたんじゃなかったのか。
釣り上げた直後の魚のようにせわしなく動いていると。
脇のあたりに、生ぬるい感覚が走った。そのまま二の腕までを舐めあげるように──声の主である、男の真っ赤な舌が這いずり回る。
「なッ……!! ひっ……くぅぅ……!? き、貴様ァッ……!! 妾が何者か、知ってやっているのなら容赦せんぞ……!!」
「ククク……。もちろん、知っていますとも。偉大なる炎神、阿修羅……。ああ……ようやく、よぉぉぉぉぉぉやく、私のモノにできるッ……!! 悲願が達成される時が来た……!! ク、ククク……!! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ……」
「あっ……ぐっ、くぅ……!? ひゃ、ひゃめ……ッ!! ひうっ……き、さまァ……!! 殺す……!! この屈辱、必ず…………あぅっ……ひああぁっ!?」
瞳孔が縮小し、狂気に満ちた顔のまま、男は阿修羅の全身をまさぐっていく。
いたるところをくまなく触られ、なでられ、つつかれ、嗅がれ、舐められる。
当然赤髪の男に対する怒りというのは、天地を揺るがすほどに生じていた。しかし──抵抗しようにも力が入らない。それどころか術すら使えない。今までほとばしっていた神通力が、嘘のように消えているのだ。
……髪、耳、ひたい、鼻、口、ほほ、あご、首、肩、胸、腹、尻、陰部、脚。
精神が焼き切れんばかりのはずかしめを受けているなか、たしかに聞こえた。
男と、女の声──。
「エ……………………マ……………………」
面白かったらブックマーク、高評価や感想などよろしくお願いします!!マジで!!!!
Twitterアカウントもよろしく!! @kareha_henshin




