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第五章48 『阿修羅の喪失、目を背けたい現実』

なんだかんだ涼太郎のキャラにはまってます。ではでは。

「だーッ!! し……死ぬ……!! エマ……水くれよ……!!」



 もう立ち上がる体力も気力も残されていない。肩で息をしようにもねばっこい唾液が口腔(こうくう)に張り付いていて、呼吸がしづらい。両脚も生まれたての小鹿のように震えるので、立ち上がることすらままならない。



 数百メートルはあるらしい、黒い崖。断崖絶壁(だんがいぜっぺき)というのにふさわしい怪物級の試練を、涼太郎(りょうたろう)は一つ達成した。依茉(えま)毘沙門天(びしゃもんてん)に弟子入りした次の日、真っ先に課せられたものと同じである。



 毘沙門天(びしゃもんてん)の神通力で浮遊している依茉(えま)は、笑いながら水を差しだす。この崖を登ったところにある湧き水は、非常に美味であると評判でコアなファンがいるらしい。ミネラルも豊富とのこと。



「お疲れ様。でも流石男の子だね!! 私よりも速くクリアしちゃったんじゃない?」


「何回か落ちて……死にかけたけどな……」




 毘沙門天(びしゃもんてん)の超強化トレーニングメニューを、なぜ涼太郎(りょうたろう)が受けているのか。




 時は少しさかのぼって、三時間前。涼晴(すずはる)涼太郎(りょうたろう)は正反対の性格ながらも、依茉(えま)を思うという根底の部分は共通しているということが判明した。お互いがお互いを利用するといった条件のもと、二人は拳をぶつけあって和解したという。


 涼晴(すずはる)涼太郎(りょうたろう)の二つの性格がどちらも消えないということを知った依茉(えま)は、一つの提案を持ちかけた。なんでも、今後協力体制になるのならば、もう少し戦闘スタイルのトゲをなくしてほしいらしい。



 『(ルーズ)』の攻撃を、避けるのではなく体で受け止め、強烈なカウンターを繰り出す。嵐というか暴走列車というか、とにかく効率性のかけらも感じられない乱雑な体さばき。



 涼太郎(りょうたろう)だったら「ほっとけ」の一言で一蹴(いっしゅう)してしまうそうだが、戦闘時の無駄な疲労の蓄積については自覚があった。なのでしぶしぶ、依茉(えま)につれられて毘沙門天(びしゃもんてん)にしごかれているというわけだ。



「ほれ、つべこべ言わずに立て。次はランニング十キロだ」


「は、はぁ!? おいおい待ってくれよ!! 俺の戦闘技術を向上させるための特訓じゃあないのか!? さっきのロッククライミングといい、実戦に使えるのか?」


「たわけ。いくらイレギュラーな方法で『才能』の補正を使用できるからといって、地力がなければ戦闘時のリスクは高まるんだぞ。お前はスズではないが、肉体を共有しているんだ。お前が死んだら、連帯責任でスズも『才能』を失うことになる。分かったな、これはお前だけのためじゃない」




 他の人間にはほとんど当てはまらないだろうが、二つの性格が存在することはデメリットも多いのだ。




 一つは、精神的疲労の蓄積の倍増。思考・想像、感じ取ったことが、性格二つ分あるのだ。それらを全て受け止めるのは、たった一つの肉体。簡単に言えば、自分と他人の人生を一つの体で行うということになる。


 この仕様がかなり厄介で、一度涼晴(すずはる)涼太郎(りょうたろう)の性格が高速で切り替わった時、肉体と精神が耐えきれなくなって気絶してしまったのだ。




 もう一つが、体にきたした損傷や傷なども共有されるということだ。


 


 よく考えればわかることではあるのだが、性格が切り替わっただけで器である肉体は切り替わらない。仮に戦闘時窮地(きゅうち)に立たされるような状況でバトンタッチをしても、肉体の傷は()えない。それどころか性格後退の疲労も加えられるので、デメリットの方が多い。



 涼太郎(りょうたろう)も、涼晴(すずはる)の熱意に押されて手を取ることにした身なので、この体は丁重(ていちょう)に扱わなければならない。元々涼太郎(りょうたろう)の物だったとしても、八年前よりもあらゆる箇所が成長しているので、まだ少し慣れていないのは事実。そこで、基礎トレーニングというわけか。



「基礎って言う割には、数字がデカすぎる気がするけどな」


「何か言ったか?」


「いやぁ? そんじゃ、行きますかぁ!! すぐ終わらせてやるから待ってな、おチビちゃん!!」


「せいぜい頑張れ……って!! だぁぁぁれが低身長ぺったんこロリじゃー!!!!」


「そこまで言ってないと思いますよ……」


~~~




 一日目は崖登りとランニングの二種目で終了。以前依茉(えま)も利用した小屋を利用し、夜をこえた。相変わらず毘沙門天(びしゃもんてん)依茉(えま)と一緒に入浴したらしいのだが、なぜか無関係の涼太郎(りょうたろう)の記憶が曖昧(あいまい)なのだ。


 酒を飲みすぎた毘沙門天(びしゃもんてん)が、依茉(えま)布袋尊(ほていそん)と間違えて『二つの果実』に吸い付こうとしたらしい。浴室の扉が開くと同時に、誰かの裸体が視界にとびこんできた気がするが……そこからの記憶がない。



「……なぁ。なんでそんな不機嫌なんだよ」


「りょ、涼太郎(りょうたろう)くんには関係ないしっ」



 せっかく敬語を辞めてもらったというのに、これじゃ台無しだ。事の経緯から考えれば、間違いなく諸悪の根源はあの幼女なのだが。


 ……そういえば、まだ起床していない。すでに今日の特訓の舞台へと向かったのだろうか。



毘沙門天(びしゃもんてん)はどうした?」


「……二日酔いだって」


「アホか!! 何がしたかったんだよ!?」




 と、いうことで。



 毘沙門天(びしゃもんてん)の許可を得て通信用水晶玉を利用し、『宝船』内に連絡を入れて布袋尊(ほていそん)恵比寿天(えびすてん)に代役をしてもらうことになった。しかし大黒天(だいこくてん)が来ないとは、珍しいこともあるものだ。


 毘沙門天(びしゃもんてん)大黒天(だいこくてん)布袋尊(ほていそん)恵比寿天(えびすてん)は円満家族のような雰囲気がある。ゆえに四人で一組みたいな印象があるのだが、実際はそうでもないらしい。



 『七福神』も人間と同じく各自仕事を持っており、毘沙門天(びしゃもんてん)大黒天(だいこくてん)は同じく『才能』を与える役目があるという。布袋尊(ほていそん)は『宝船』の指令室にて、『裏社会(バックヤード)』で『(ルーズ)』がどれだけ湧き出ているのかをチェックしている。彼女はほかにも『宝船』では家事全般を任されているらしい。料理は時たま恵比寿天(えびすてん)も手伝ってくれるらしく、そんな彼の仕事は『宗像三女神(むなかたさんじょしん)』と共に海上保安をしているらしい。



「ごめんね~、依茉(えま)ちゃ~ん。びーちゃんったら、ついつい飲みすぎちゃうのよ~」



 依茉(えま)が知らないところでもおてんばらしい毘沙門天(びしゃもんてん)。娘の世話に手を焼く母のように、苦笑(くしょう)がとまらない布袋尊(ほていそん)。変わらず上品な雰囲気と立ち振る舞いで、うっかりみとれてしまいそう。



「いえいえ!! こちらこそ、お忙しい中すいません……!! 迷惑じゃなかったですか?」



 自分にかかわることのはずなのに、頭を下げない涼太郎(りょうたろう)の頭をつかんで無理矢理お辞儀(じぎ)させる。タカのような鋭い視線を浴びせられるより、『七福神』の怒りを買うほうが一大事だ。


 しかし緊張する依茉(えま)とは裏腹に、漁師姿の恵比寿天(えびすてん)は大きく豪快に笑ってみせた。



「グハハハハ!! 気にしんさんな。若者に育ってもらった方が、わしらも嬉しいってもんだ!!」


「そうそう~。でも、今日は実戦訓練だから~、びしばし教えてあげる~!!」


「お、お手柔らかにお願いします……!!」



 布袋尊(ほていそん)恵比寿天(えびすてん)が戦場におもむくのを見たのは、たしか『禁忌全英書(きんきぜんえいしょ)』騒動で起きた大戦争の時。『禁忌全英書(きんきぜんえいしょ)』を内包していた封印のドームを守護するため、助太刀してくれた。



 『ふわふわママ』こと布袋尊(ほていそん)は、美しい見かけによらず扱う武器が両手大剣と、頭一つ抜けて目立っていたのを覚えている。彼女が百七十センチと高身長であるのに比べても、大剣は二・五メートルという規格外の大きさ。


 毘沙門天(びしゃもんてん)の持つ三叉槍(さんさそう)も二メートルほどの全長を持つが、構造が全体的に細いため意外と重量がない。しかし布袋尊(ほていそん)が愛用する両手大剣は、きちんと重たい。仲良し四人組随一の腕っぷしの強さを誇る打騎(うつき)も、ガチトーンで「あれはヤバい」と顔を青ざめさせていたのを記憶している。




 『筋肉パパ』こと恵比寿天(えびすてん)は、主に竹製の釣り竿を駆使して戦っていた。よくしなる本体で弾き飛ばしたり、釣り針を引っかけた『(ルーズ)』をモーニングスターの要領で振り回していた。彼についてはそもそもの力が尋常じゃなく、拳一つで山を崩すことができるという。


 彼の相棒──というかペットの(タイ)は、まるで水中にいるかのように空中を泳ぎ、縦横無尽(じゅうおうむじん)に暴れまわる。釣り針の先を(タイ)(くわ)えさせることで、水上スキーのごとく戦場を高速移動できるのだ。


 ちなみに恵比寿天(えびすてん)(タイ)の仲は、そこまでよくないらしい。



「そうねぇ~。最初から私たちとやるのは涼太郎(りょうたろう)くんも(こく)だろうから~。依茉(えま)ちゃんとやってみよっか~」


「わしゃもう準備万端じゃ。どっからでもかかってこい!!」


「こ~ら、お話はちゃんと聞いてください」



 そういえば、恵比寿天(えびすてん)は耳が遠いんだった。なんじゃなんじゃと耳を傾けたところに、困った顔でもう一度伝える。これが夫婦漫才というやつだろうか。



 さて、まさか涼太郎(りょうたろう)と一戦交えることになるとは思わなかった。不安にはなるが、手を抜いたら抜いたで修業にならない。『阿修羅(あしゅら)(かいな)』もきちんと活用して、相手に立つとしよう。


 肺いっぱいに空気を吸い込んで、



阿修羅(あしゅら)ー!!!! …………………………………………って、あれ? 阿修羅(あしゅら)? 阿修羅(あしゅら)ー!?」



 ……一体の炎神を呼ぶ声は、空しく空へと消えていく。その後も、天に向かって名を叫んでみたが、『(かいな)』どころか阿修羅(あしゅら)の声すら降ってこなかった。

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