第五章47 『黒白決闘、不思議な友情』
白黒つけようぜ……!!
あまりの都合のよさ。今の今までいがみ合っていた仲とは思えない。一体この男はなにを思ってこんなことを言っているのだ。
颯爽と現れたもう一人の自分に、涼太郎は柳眉を立てる。性欲をさらけ出していたグレモリーは何かを察知したように、彼の腕からそそくさと離れていく。いつもなら出会い頭にキスをしようとして押し飛ばされるというのがお決まりなのだが。
グレモリーがそうしなかったのもすべて、二人の男の間に発生した苛烈なプラズマが、戦の予感を与えたからだ。
「今更何を言い出すかと思えば、甘ったれたことぬかしてんじゃねぇぞ。お前と手を組む? できもしないようなことを言うな」
柄悪く、路地裏に出没する不良のようにふらふらと歩み寄って、胸ぐらをつかむ。ぐい、と引き寄せてにらみつけても、涼晴は穏やかな笑顔を崩すことはなかった。
なおのこと、涼太郎は腹を立てる。わざと大きく舌打ちをして、
「前にも言ったはずだ。俺はお前のそういうおせっかいなところが嫌いなんだ。手を組む気はねぇって言ってんのに、それでも関わってくるのなら……ここで、お前の存在を消してやる。文句はねぇよな? この体は元々は俺のモンなんだからよ」
こうしておどしてやれば少しは怖気づくと思ったのだが……涼晴は逆に得意げな表情を浮かべ、胸ぐらをつかまれている腕をつかみ返した。
予想だにしない小説家の行動に、思わずうろたえてしまうところだった。
「いいですよ。私でよければ、どうぞ心行くまで殴ってください。まぁ、こんな茶番をやっている暇があるのならの話ですけど」
ビキッ。こめかみあたりの血管が、数本切れたような音が鳴る。歯ぎしりする音が聞こえてくるくらいに奥歯を噛みしめ、力をこめる。
つかんでいないほうの右手を振りかぶり、力いっぱいに殴り飛ばす。涼晴は口ほどにもなく、あっけなく地べたを転がっていく。
「涼は……」
「グレモリーッ!!」
手をついて、再び立ち上がろうとする小説家。彼を気遣うようにグレモリーは駆け寄ろうとしたが。一歩を踏み出した瞬間、当の涼晴に止められてしまった。手を突き出すようにして、ジェスチャーでも静止するように訴えかけている。
それよりも、こんなに必死になって、裏返ったような声を上げる小説家を見るのも珍しい。殴られて口内を切ったのか、口の端からこぼれてくる血をぬぐって、彼女に柔和な笑みを浮かべて見せた。
「これは私たちの問題です。いい子ですから、待っていてくださいね」
彼の名を呼んで、今すぐにでも引き止めてあげたい。嫌がられてもいい。真正面から抱き着いて、くちびるをくちびるでふさいであげたい。
そんな欲求が湧水のようにあふれ出てきたが、もう一度涼晴が涼太郎に向き合ったときに見せた背中が、三度目の制止をしたのだ。生半可な覚悟では、あんなオーラは出せない。
おせじにも大きいとは言えない背中だったが、見た目以上に頼りがいがあるのだ。この得体の知れない主人の闘気に、悪魔であるグレモリーですら震えるのだった。
「それでいい。サンドバッグがすぐに壊れちゃあ、殴りがいもクソもねぇしなぁ!!」
「……白黒、つけましょう」
ベキッ!! バキッ!! ドゴッ!! ドボォッ!!
主人の言うことは、絶対。たとえ個人的な意思が芽生えたとしても、押し殺して命令に従わなければならない。主人が殴られているというのに助けられないのが、何より悔やまれる。
血が出るほどくちびるを噛み、涙をこぼしながら走った。涼太郎が主人を殴りつける痛ましい音が聞こえてくるたびに、謝罪をしながら……
~~~
涼太郎に会いに行く。
そう言って自室にこもったっきり、出てこない。最初の方こそ世間話で暇を埋めた三人だったが、一時間もかかるとは思うわけがない。待つのに飽きるのは当然起きたが、それよりも心配が増大していった。
カチ、カチ、カチ、カチ。秒針が一秒を刻むたび、不安が心に影を落としていく。コーヒーも紅茶もすでに冷め切って、ワークチェア背後にある扉に視線を送ることが多くなった。
「も、もう一杯淹れましょうか……」
不安に顔をしかめる仲間のティーカップを回収しようと立ち上がった時。扉が開き、人影が──
「涼晴……ッて、グレモリーかよ……。なぁ、どうなってる?」
いつもの彼女なら、ここでジョークの一つでも挟んでから、ハイテンションで話を始める。だが今は、依茉たちと同じく、暗黒。口を開いて告げられた言葉にも、覇気が感じられないのだった。
「二人が……魂の中で殴り合ってる」
バリャン……!!
高級感あふれるティーカップが、ただの破片へと姿を変える。自分の手から滑り落ちたなんてことを認識するより、依茉はすばやくグレモリーに駆け寄った。
「それって……二人のどちらかが消えるってことですか……!?」
「分からない……。でも、涼晴はたしかに──『白黒つける』って」
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……あれから、どれくらい時間が経過した?
右手も左手も、殴りっぱなしでほとんど感覚がなくなっている。体重を支える両足も、ガタが来た建物のように震え始めた。
拳の肌色が見えなくなるくらい返り血を浴び、出せる全力をこめて殴り続けているというのに。
どうして……殴られている涼晴のほうがピンピンしているのだ……!?
ひたいから流れる血が目に入ったのか、少し前から片目を閉じている。服もシュレッダーにかけられたのかと疑うくらい、ビリビリに引きちぎられている。露出した肌も、青紫色の痛々しいあざが大量にできている。
大人数に袋叩きにされたくらいにボロボロだというのに、涼晴は倒れない。
倒れたとしても、それこそサンドバッグのように何食わぬ顔で再び立ち上がるのだ。一番不思議だったのが、涼晴が一度も攻撃してこなかったことだ。
「拳を避けるつもりはないです。やりたいようにどうぞ」。わざわざ口に出すこともないと思ったのだろうか。今もなお堂々とした態度が、涼太郎を挑発する。
「が……ああああぁぁぁ!!」
叫びすぎて傷ついた喉からは、かすれた声しか出なかった。それでも。たとえ不格好でも。こいつだけは認めたくないという一心で、顔面を殴り飛ばす。
──自由っていいね!! 私、もっとリョータロー君と遊びたい!!
──あっ、リョータローくーん!! こっちこっちー!!
──こうやって、誰かと一緒に外で遊ぶのが初めてだからかも!!
──私は、本が書きたいかな。
──君のようなガキが、エマの隣にいちゃいけないんだよ。
殺す。必ず殺す。あの男だけは、どんな手を使ってでも殺してやる。俺の人生だけじゃなく、エマの未来まで奪った。あいつは……死ななきゃいけない。
七転び八起き。起き上がりこぼしのように、必ず起き上がる。再び放たれた拳は、涼晴の拳とぶつかるだけで止まってしまった。
「なんの……つもりだ……!!」
「……貴方、新人くんを……依茉さんを助けたいんでしょう? きっと、八年前に何かが起きたのでしょう?」
「黙れ……黙れ黙れ!! お前には関係ないッ!! 消えろ、偽物がッ!!」
「関係なくないですよ。私も貴方と同じく、依茉さんを守りたい……。私たちは、はっきり言って正反対です。それでもたった一つ守りたいものがあるんですよ。でも、私は依茉さんだけでなく、貴方も救う。貴方から受け取ったバトンを、守るために……!!」
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ガチャリ。
廊下へとつながる扉が開く。今この事務所にいるのは涼晴、依茉、愛絵、打騎、グレモリー。涼晴の魂の中にいたというグレモリーがこちらに出てきたことで、残るは涼晴のみ。当然、扉の向こうには涼晴の姿があった。
「先生……!!」
感激のあまり走りだそうとしたが、言葉の口調によって足が止まってしまう。
「悪ぃな、エマ……。お前の望む、涼晴じゃなくてよ」
「りょ、涼太郎くん……なの?」
まさか。涼晴の残した、『白黒つける』という言葉が、依茉の予想通りの結果になってしまったのか? どちらかしか生き残れない、究極の選択。最後の戦いに、涼晴は身を投じたとでもいうのだろうか。
「先生は……」
「安心しろ。あいつは、消えてない。正直俺が一番びっくりしてるぜ。まさか、あいつに丸め込まれるなんてなぁ……」
涼晴が消えていない。その事実が発覚したと同時に、事務所内は大騒ぎになった。
ついにやったのだ。涼晴が、『もう一人の自分』という名の試練を突破して見せたのだ。
……しかし彼らは、この時点で知る由もなかった。涼太郎、依茉、そして涼晴。三人に秘められた、本当の過去と、純粋な──『悪意』を。
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