第五章46 『最強の二人、過去とのつながり』
おかえり、涼晴。
「まさか……本当にひっぱたいて戻るなんてね」
居酒屋で八割がた冗談で言ったつもりのことが、まさか現実になるとは。
ソファに腰掛けて編集者にほほを冷やされている小説家を見ると、苦笑いが止まらない。
現在の状況を整理する。
グレモリーと契約したことによって手に入れた《過去》に干渉する力が原因で、涼晴の肉体のもとの持ち主である涼太郎が、涼晴を乗っ取ってしまった。反動で気を失ってしまったが、目が覚めても涼太郎の性格のまま。
どうにかしようと『裏社会』へと足を運んだ時、『負』から襲撃を受けた四人。無事討伐に成功したのだが、ひょんなことから涼太郎は涼晴と入れ替わったのだ。
それから夜が明け、もう一度四人が事務所に集結したところ。どうやら、涼晴のままでいられたらしい。
「本当にごめんなさい!! 頭に血が上っちゃって……!!」
「いや、うーん……? 涼太郎が何か言ってしまったみたいですけど、私はどうすればいいんでしょう……? あとちょっと強いです余計痛いです……」
律儀にぺこりと頭を下げたため、保冷剤を当てている方の手が押し出された。『阿修羅の腕』を装着したまま思いっきりビンタされたというのに、首が吹き飛ばされなかっただけまだいい。最悪死んでいたかもしれない。
おそらく、阿修羅がとっさに力を抑えてくれたのだろう。
「ご、ごめんなさい!! 私ほんとドジで……」
「まぁまぁ。それも大切な個性ですからね。あと、謝らなければいけないのは私のほうです。こちらの問題に新人くんを巻き込んでしまって……」
「大丈夫ですよ。……まだ信じられませんが、私と涼太郎くんが友達だったとしたら、関係ないわけないですから」
やっぱり、二人はこうでなくてはいけない。ほんわかとしたなごやかな雰囲気が二人を包んでいる。愛絵はほほえましい気持ちになるのと同時に、依茉の立ち位置が羨ましくなるのだった。打騎は相変わらず、能天気に笑っているようだったが。
パン、と一つ手をたたき、本題に切り込む。
「はーい、イチャイチャはそこまでにしてちょうだい。今後涼太郎が外に出てきたときにどうするのか、決めておいた方がいいんじゃない?」
涼晴はすぐに表情を真剣なものに切り替えて、会議モード。依茉は愛絵に言われたイチャイチャがずっと気になっているようで、「そんなのじゃないですよぅ」とふくれっ面になっていた。
さて、愛絵の挙げた議題というのは、たしかに大切なことである。『禁忌全英書』やグレモリーとの契約が奇跡的なバランスでかみ合った結果、浮き彫りになった事実。文月 涼晴という存在は作られただけであり、本来この体は文月 涼太郎のものであるということ。
今こうしているうちにも、また乗っ取られないのかと不安になったが、小説家いわく入れ替わりにはかなりの負担がかかるので、連続で行うことはできないらしい。昨晩彼が気絶したのも、やはり連続的な入れ替わりが原因だったのだと確信する。
「グレモリーの力で涼晴と涼太郎がつなげられてんなら、いっそのこと契約破棄しちまえばいいんじゃねぇのか?」
「打騎が言うことも、もちろん分かりますよ。私だって外に出られないとき、そう考えましたから。ですが……私がなぜグレモリーと契約してまで、『禁忌全英書』を手に入れたんだと思います? 須黒 聖帝……一番重視しなければならないのは、あの男を止めるということです。リスクをおかさなければ、彼には勝てない。ここまできて手放すことはできませんよ」
「でもそれって……」
少なからず、今後の人類社会に悪影響を与えるとされている存在、須黒 聖帝。全人類の心から悪意を抽出し、自分の力にしようとしている。悪意を完全に消滅させるのならば話は変わってくるが、彼のもとに全人類分の悪意という強大なエネルギーが集まるのは、あまりにも危険すぎる。
悪意の集め方というのも、信じられないほど強引で残酷。ヒーローに仕立て上げた涼晴を打ち負かすことで、『絶対に勝てない』という大きすぎる絶望を無理矢理産み付けようとしているのだ。
もしも彼がそのまま『負』を大量に生み出すようなことに発展すれば……。思考することを辞めたくなるような、まさに地獄絵図が完成してしまう。
勝てなくても相打ちにはできるかもしれない──。望みの薄い策だが、大前提として須黒と対等に渡り合って火花を散らすには、『禁忌全英書』が絶対に必要だ。
涼晴が『禁忌全英書』を捨て、グレモリーとの契約も解除すれば、この事態は収束するかもしれない。ここで捨てないという選択肢を選んだというのはつまり、『涼太郎との共存』を選んだのと同義。
「涼太郎は、言うなればもう一人の私です。元々……文月 涼晴なんていう人間は存在しなかった。何もなければ、きっと彼は涼太郎のまま、今も生き続けていたはずなんです。でも……涼太郎は不本意に、私へとバトンを渡してしまった。私は彼の分まで生きなければならない。それでも彼の過去に触れ、知ってしまったからには助けたい。あの時、そう──」
「「八年前の記憶」」
隣に座る編集者が、突如言葉をかぶせてきた。これにはさすがに驚き、眉が持ち上がる。そっと彼女のほうを見ると、涼晴よりもずっと深刻な表情でうつむいていた。常温になりつつある保冷剤を、静かにテーブルにおく。
「新人くんも……気づいていたんですね」
「私の記憶には、涼太郎くんはいません。でも涼太郎くんはひたすらに、『八年前』という言葉を口にしていました。本当に私と涼太郎が友達だったとしたら、助けてあげなくちゃいけないんです。それと同時に、私は先生の担当編集ですから。迷わずお助けさせていただきます!!」
「ほんっと、お前らって似てるよなぁ。でも、お人よしだけじゃ今回の件は突破できそうにないぜ?」
「そうよ。無いって信じてるけど、涼晴の存在が消されるようなことがあったら、どうするつもり? 共存なんて言ってる場合じゃなくなるわ」
……無理。無謀。不可能。そんな言葉がよく似合う状況を、このコンビは幾度となく乗り越えてきた。未だ全貌が見えてこないような、今回の事案。愛絵が言ったような最悪の未来が、もしかしたら待ち受けているのかもしれない。
しかし、やってみなければ分からないこともある。
八年の年月が生んだこの『奇跡』……いや、『軌跡』を無駄にはできない。
「涼太郎くんは、自分を殺した人物に復讐をしようとしています。あまり乗り気にはなれませんが……少しは力になれるはずです」
「私がこちら側にいては復讐になりませんからね。ここからはまた彼にバトンタッチしようと思うのですが……。その前に、確認しなければならないことがあります」
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「ねぇ、かまってちょうだいよ。手始めに、キスからしてみる?」
「頭沸いてんのかこのクソビッチ」
「そうよ、ワタシはビッチ!! もうなんでもいいから持て余してる欲を満たさせてッ!! 体の奥が熱くてたまらないのよぉー!!」
「だーッ!! べたべたすんな暑苦しい!! あともうこれで三十回目くらいのやり取りだろ、うっとうしいなぁ!! いい加減諦めろよ!!」
つきはなしてもつきはなしても。まるで磁力が働いているのではないかと思い込んでしまうぐらい、何度もグレモリーは身をすり寄せてくる。少しでも気を抜いたらファーストキスを奪われそうなので、考え事すらできないのがつらい。
涼晴の存在を認めたわけではないが、よくもまぁこんな痴女を隣において生活できているなとは思う。好きを見て強制的な入れ替わりをしようとしても、彼女が這い寄ってくるため外にすら出られないのだ。こんなことしている場合じゃないというのに。
……八年前のあの日、全てが狂った。文月 涼太郎は存在を抹消され、依茉も記憶を消し飛ばされた。だというのに、なぜ涼晴と依茉はもう一度、出会うことができたのだろう。神の悪戯とでもいうのだろうか。
依茉が初めて『裏社会』へ足を踏み入れた時、彼らは『初対面であり、初対面ではなかった』。そばで霊体としてやり取りを見守っていた涼太郎は、悔しそうにくちびるを噛んでいた。
「どうしたの? 嫌なことでも思い出した?」
「いや……ほっといてくれ。何でもない」
「本当にそうでしょうか? 私と手を組めば、貴方の悩みの原因を消せるかもしれませんよ」
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