第五章44 『入れ替わり立ち替わり、禁忌の又借り』
起きたら人が違ったという絶望。
涼太郎が突如として目を覚ました。
その後は幾重にもわたって説得を続け、皆で『裏社会』へと出向くことになったのだが。時刻は、『扉』をくぐった時点で十二時に差し掛かろうとしていた。
深夜に『裏社会』へ足を運ぶことなど、今までになかったことだ。例外として、日をまたいだことはあるが。
さて、なぜ眠い目をこすってまで『裏社会』へと来たのかと言えば、第一に涼太郎が予想よりも早く目を覚ましたからだ。
こう言っては不謹慎だが、てっきり翌日まで起きないものだと思い込んでいたのだ。
第二の理由が、一番この行動に至る理由らしい理由である。……涼太郎のままだったから。
彼が総合病院に搬送される前に少しだけ垣間見えた、涼晴の性格。これもまたもや予想外の出来事であり、彼いわく涼晴にはもう少しばかり会えないらしい。
ついにしびれを切らし、翌日の予定を繰り上げて『七福神』に力を貸してもらうことにしたのだった。
風情のある神社のように、長い長い石階段を上って、宙に浮かぶ『宝船』へと入る。すると出迎えてくれるように毘沙門天と出くわしたのだが、依茉たちの深刻な表情から事情を読み取ったらしい。すぐに大広間に案内され、今に至る。
二、三分にわたる長尺説明をうけた毘沙門天は、緑茶を飲んでからはなし始めるのだった。
「おおむね、私ちゃんの予測通りだったな。何か奇妙なことが起きていると思ってみていたが……」
「え……師匠って、こっちから現実世界の様子の確認ができるんですか?」
「私ちゃんだけじゃないぞ。なにせ神々は民を見守らなければならないからな。直接話を聞きに行ってやろうと思っていたが、こっちに向かってくるのが見えたから待っていたというわけだ」
タイミングよく入り口で鉢合わせになったと思っていたが、まさか監視されていたとは。それはプライバシー問題的にはいかがなものかと考えたが、今はそれより大きな問題を抱えている。
「あの……師匠は先生の二重人格について、ご存知だったんですか?」
横目で退屈そうに頬杖をついている男を見ながら聞いてくる弟子。
はて? と怪訝に思った毘沙門天は、同じく『涼晴の姿をした誰か』を見つめる。彼女からしたら、依茉の言っていることの方が理解できなかった。が、よく考えると人間である彼らには親しみがないということに気づき、納得したようにうなずいた。
「文月 涼太郎。たしかに、涼晴の持つもう一人の人格だと勘違いしてしまうだろうな。だが、こやつはもう一つの人格でもなんでもない」
「それはつまり、どういうことッスか?」
「憑依、と言った方が一番わかりやすいか。お前たち人間には見えないかもしれないが、今こやつの周りには、私ちゃんたちと同じ霊気のたぐいがただよっている。つまり……文月 涼太郎は、すでに死んでいるということだ」
人はあまりに驚きすぎると、心の内を表現する言葉まで発さなくなるのか。おそるおそる男の方に視線を向けると、毘沙門天に言われたことが不満だったようで、さらに顔をしかめていた。
涼太郎が死んだというのは、事実であるらしい。
その時、ふと気になって隣席を見ると、画家が口をぱくぱくさせて震えていた。室内は空調設備はないが、快適なはず。彼女が冷や汗をかいていることに気づいたのは、依茉だけではなく涼太郎もらしい。
「死んでるって……お、お、お……オバケって……ことよね……!?」
「もしかして愛絵さん……オカルト的なもの嫌いだったりします?」
ついに精神に限界が来たのか、返答と共に飛びついてきて、涙目になりながら依茉の胸に顔をうずめてしまった。まるでおびえた子犬のようで、愛絵には悪いがクールさとのギャップで可愛らしく思える。
「もしかしなくてもそうよっ!! お、お願いよ依茉……少しの間このままでいさせて……!!」
「あんた、結構かわいいとこあんのな」
「からかうんじゃねーよ幽霊ヤロー……。で、お前はどうやてって涼晴に憑りついてんだ。目的はなんだ?」
「簡単な話だ。涼晴が『禁忌全英書』を手に入れて、グレモリーと契約を交わしたからだ。グレモリーの力で《過去》に干渉した涼晴は俺を呼び寄せ、結果こうなってるってワケ」
思えば、涼太郎は涼晴を乗っ取った時からずっと、『八年前』というワードを連呼していた。あれが単なる思い出の事ではなく、涼太郎を死に至らしめる出来事が起こった時なのだとしたら。
八年前は中学生であり、たしかに彼は公園に遊びに行くなど、とても二十二歳成人男性がする行動とは思えないことをしていた。
涼晴とは違う小さな違和感の正体は、彼の少年のようなふるまいだったのかもしれない。
「それで……目的は?」
「こっちも簡単だよ。復讐だ。八年前に俺を殺した、あのクソ野郎を叩き潰す」
化けて出てやる、という言葉がある。
生前ひどい仕打ちをされた被害者が、加害者に対してかける、いわば呪いのようなもの。オカルト的なものはエンターテインメントとして面白いと思っている依茉でも、彼の憎悪が込められた声音には肩が上がった。愛絵は耳を依茉の胸で塞いで、ひたすら震えているだけ。
涼太郎がもたらした静寂は数秒続いたが、何分と感じるほど重たかった。霧のように重苦しい空気を払いのけたのは、毘沙門天の焦ったような言葉だった。
「まずい……!! 階段を『負』共が上ってきている!! お前たち、迎撃準備だ!!」
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目を凝らして石階段を見下ろす。ちょうど中間地点を、いくつかの黒い点が動いているのが視認された。
虹の溢れるこの世界で、あれだけの黒色を放てる存在と言えば、『負』に間違いない。時刻は深夜帯である。『才能人』の出入りが少なくなるのを見計らっての犯行だろうか。なんにせよ、『宝船』への侵入は許してはならない。
「阿修羅ッ!!」
天を見上げて炎神の名を叫ぶと。二つの火球がらせんを描き、依茉の両腕めがけて飛来してくる。紅炎を鎮静させるように腕を振ると、豪華な装飾が施された『阿修羅の腕』が装着されていた。
上のスーツを脱ぎ捨て、シャツだけの身軽な姿になる。実を言えば、そこまで変化はない。
──なんじゃ、夜中に騒がしいな。
「後でいくらでも謝りますから、今は力を貸してください!!」
「そういうことなら、俺も力を貸してやろうか?」
いざ迎え撃とうという直前、背後から涼太郎の声が飛んでくる。コートのポケットに手を突っ込んでいるせいか、やる気がないように見える。しかし表情だけはいっちょまえで、涼晴とはまた違う種類の頼もしさがあるのだ。
「お前なぁ……。悪ガキはひっこんでろ。第一『才能』が使えねぇってのに……」
瞬間、見覚えのありすぎる『虹色の文字』が、彼を台風の目として渦を巻いた。「まさか!?」と三人が男を凝視すると──右手に万年筆、左手にはメモ帳が開かれた状態で備わっていたのだ。
「な、なんで涼太郎くんが先生の『才能』を使えるんですか……!?」
「言ったろ? 俺は『禁忌全英書』とグレモリーを介してこっちに顕現してんだ。だから、『禁忌全英書』の一部が混合されてる『言葉を紡ぐ者』も、やり方次第では涼晴みてぇに使えるってわけよ」
「んなのアリかよ……!!」
同時刻、魂の空間内の涼晴。
「そんなのアリですか!?」
「ワタシもびっくりよ……。あの子、頭がいいというか、ずる賢いわね……」
「悪魔の貴女には言われたくないですね」
魂の内側からは、外の景色は確認できない。しかし涼晴の体を、『才能』発動時特有のオーラが包み込んだため、なんとなく外の状況を察したのだ。
とはいえ、おかしい。自分の力であるはずの『才能』を勝手に使用されて、本来ならば腹が立つところなのだろうが……なぜだろう。不思議と彼への怒りはわいてこなかった。
涼晴は自分でも、それが不思議で仕方なかった。元はと言えば、涼太郎がもう一度外へと出ようとしたとき、止めようと思えば止められたのだ。
ならばなぜ、そうしなかったのか。
多分、彼が捨て台詞のように吐いたあの言葉に、賭けてみたくなったからだ。自分も涼太郎も、同じことを思うのだなと踏みとどまったのだ。
──エマの笑顔を取り戻すんだ。
「……不服ではありますが、少しの間だけ新人くんを任せましたよ。さぁ……」
もう一人の自分が、筆を持つ姿を思い浮かべるように。
「執筆の時間ですよ!!」 「殴り書きにしてやるぜ、クソ野郎ども!!」
──善と悪。二つは未来永劫、手を取り合うことはない。
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