第五章43 『果たされない再会』
伏線回集回ってやつかな。
暗黒の中、さっそうと現れたもう一人の自分。初雪のように白く、腰に届くほど長い髪。我ながら細すぎる体躯。身を包む亜麻色のコート。
頭のてっぺんからつまさきまで、まるで全身を鏡に映しているかのようだ。同じ容姿の人間というか、あらためて自分を真正面から見ると、これほどおかしな気分になるものだろうか。
こんな摩訶不思議な体験をしているのも、地球上でごくごく少数だと思う。
「涼太郎……」
「おっと、皆まで言うな。何を言われても、体を返す気はないからな。つーかよぉ、この体は元々俺のモンなんだけどなぁ」
手の甲から前腕にかけてさすり、久しぶりの肉体だとでも言わんばかりに喜ばしい表情をしている。彼は皆まで言うなと制止したが、実は涼晴が聞きたかったことは体についての事なのだ。
「それですよ。元々貴方のものって……何を言ってるんですか。この体は私のものです」
なおも現状というか、真実を受け止め切れていない小説家に、涼太郎は大きくため息をつく。少しはグレモリーにでも説明をされているものだと思っていたが、予想は大きく的をそれたらしい。
こんな間抜けな人間が、己に代わって八年も生きていたのだ。考えるだけで虫唾が走るようだった。
涼太郎は面倒くさそうに頭をかき、いっそう目つきを鋭くする。
「あれやこれや説明しても長くなるだけだから、単刀直入に言ってやろう。涼晴、お前は俺のことを邪魔者みたいに思ってるんだろうが、本当ならばお前が邪魔者になるはずなんだよ。俺は夏休み最初の一週間の最終日に死んだ。だが……あのクソ野郎が俺とお前の魂を入れ替え、文月 涼晴として蘇生させたんだ。文月 涼晴なんていう人間は存在しない。お前はな、作られた存在なんだよ」
物音が一切しない魂の空間は、涼太郎の言い放った衝撃の事実をあますことなく、呆然と立ち尽くす涼晴の聴覚へと送り込んだ。
再び、長く重い沈黙が空間を蹂躙していく。
……視界に移る男の表情は、決してふざけているとは思えない真剣さがにじみ出ている。同時に、自分に敵意由来の嫌悪が向けられていることに気づいた。
金縛りにあったかのように硬直する涼晴をよそに、涼太郎は淡々と話を続けていく。
「涼晴よぉ。お前の後ろに立ってる悪魔の力、忘れたわけじゃあねぇよなぁ?」
「…………もちろん、記憶していますよ」
顔が引きつっても、脳はグレモリーについての情報を必死に抽出している。悪魔の力というのはつまり、グレモリーと契約したことで得られる力のことだろう。
彼女は確か、『女性運』と『隠れた財宝を見つけ出す力』と──『《過去》と《現在》と《未来》についてのすべてを教え説く』と言われて……
「…………ッ!! まさか……!!」
悪寒が背筋をくまなくなめる。自然と背筋がよくなる一方で、全身は鳥肌を立てていく。
うそだ。そんなことがあってたまるかと。今すぐにでも狼狽したくなったのを無理矢理抑え込むように、口に手を当てる。熱い吐息がコウコウと漏れ出し、心臓がうるさいくらいに踊っている。
それらすべてが、さらに涼晴を焦らせた、極めつけは、涼太郎の言葉。
「気づいたみたいだな。お前が『禁忌全英書』を手に入れたのは、グレモリーと契約したのと同じことだ。悪魔は契約者に偉大な力をもたらす……。この前、八年前の俺の記憶を夢として見たんじゃないか? それが予兆だ。《過去》に触れたことこそが、俺とお前をつなぐ糸になったんだ。いやぁ、お前には感謝してるぜ、グレモリー? 俺にもう一度チャンスをくれたんだからなぁ」
終始、グレモリーは後悔しているかのように下唇を噛み、うつむいていた。いつものセクハラ全開な彼女はどこかへと消えてしまったようで。物悲しいオーラが一粒の涙となって、こぼれ落ちる。
「ごめんなさい……でも、今回はワタシも想定外の事だったの……。ワタシが『禁忌全英書』と一体化していたからなのか、既に涼晴が『禁忌全英書』の力の一部を宿していたからなのかはわからないけど、『禁忌全英書』の力がなじむのが、あまりにも早すぎた……。同時にワタシの力も無意識のうちに注ぎ込まれて……すべてが涼太郎の魂を呼び覚ますことにつながったのよ。ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……っ!!」
嗚咽を漏らしながら、泣き崩れる。
グレモリーがここまで気を落とすのも初めての事。指し示すことは一つ、未曽有の事態が、この身に起きているということだ。
悪魔であり、いつもちょっかいしか出してこないような彼女も、今では相棒の一人。胸に抱きよせて頭をそっとなで、なぐさめる。
「……大体わかりました。それで、涼太郎。貴方……もう一度チャンスをくれたと言いましたよね。何か、生前やり残したことでもあるんですか。遊びたいというだけなら、力ずくで止めますけど」
「俺がやらなきゃいけねぇことは、たった一つ。復讐だ。俺を殺した……クソ野郎を地獄に堕とす」
彼のまなざしは、狩人のよう。すぐにきびすをかえして、みたび外へと出ようとしたため一瞬しか見えなかったが、それでも十分なほどの威圧感。
「待ってください。見当はついているのですか」
「お前の存在自体気に入らねぇんだがよ、そういうおせっかいなところも大っ嫌いなんだよ。いいか、俺は俺の力で奴を叩きのめす。そして……エマの笑顔を取り戻すんだ。お前はグレモリーとイチャイチャしてりゃいいんだよ」
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二十三時。疲労からだろうか、いつもの二十三時と比べて五割増しでまぶたが重い。蓮司と会話をしていた時は気にならなかったが、彼が去った後から途端に睡魔が襲ってきたのだ。
それでも、眠るわけにはいかない。涼太郎──もしくは涼晴がいつ起きてもいいように、依茉が見守ってやらなければいけないのだ。
涼晴は、どれだけ苦しい状況でも、依茉やみんなを守ってくれた。彼に課せられた試練が多かったのは認めるが、それでも弱音を吐いたところを見たことはあまりない。
再び彼と共に『楽しさにあふれていて、ちょっと忙しい日々』が送れることに思いをはせていると。
「新人ちゃん!! 涼晴は大丈夫か!!」
「ちょっと、馬鹿!! 病院なんだからボリュームおさえなさい!!」
タクシーを待っている時間も惜しかったのだろうか、汗を流す打騎と愛絵が遅れてやってきた。
個室とはいえ大声で話す打騎をしかりつけた愛絵も、声は大きい。彼女は特に冷静なイメージがあるので、依茉はちょっとびっくりした。おかげで眠気も少し飛んだようだ。
「何があったのよ? まさか……涼太郎?」
「涼太郎……? 誰だ、そいつ」
「信じられないかもしれませんが……先生のもう一つの人格らしい涼太郎が出てきてしまって、そのせいで意識を失ったみたいなんです……」
「……い、色々聞きたいことはあるが、今はそれでいいや」
声量が通常になったとはいえ、三人がこれだけ会話をしているというのに、小説家は起きる気配が全くない。
白いベッドに横たわる涼晴。それを見守る依茉。かけつける同胞。現場がまるで人の死に立ち会っているように思えてしまって、不思議と怖くなる。
もう一度、涼晴の白い手を握り、
「先生……みなさんも来てくださいましたよ? いつでも起きていい……」
バサッッッ!!!!
大きな鳥が翼をはためかせるような音とともに、突如としてかけ布団が宙に舞い上がった。突然すぎる出来事に大変驚いた依茉は椅子から転げ落ち。愛絵と打騎は跳びあがって空中で衝突してから倒れてしまう。
……おそるおそる見上げるように、ベッドを確認すると──。
「先生……先生!!」
若干猫背気味で、上体を起こしている小説家の姿があったのだ。依茉の涙腺をゆるませるのには、それだけで十分だった。腰が抜けていることなんか忘れたように、思わず抱き着く。
「先生……!!」
「……………………残念。涼晴には、もう少し黙っててもらうことにしたよ」
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