表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/300

第五章41 『味の無い酒、いつかの目覚め』

最近は行けておりません。

「あれ? 依茉(えま)ってお酒強かったっけ?」


「いえ、割と……じゃなくてかなり弱いです……」



 いつもの居酒屋。いつものカウンター。いつものにぎわい。依茉(えま)の元気は、それらに似合わないくらい下落(げらく)しているようだ。


 『超休日』で一緒に旅館で酒を交わした時は、たしか一缶でべろべろに酔っていたはずだが。明らかに缶四杯分の量を飲んでも、いつもより気が落ち着いている。顔は案の定真っ赤だが、酒癖の悪さはいまだ露見(ろけん)していない。



涼晴(すずはる)と一緒に飲みまくってたら慣れたとか?」


「今でも一杯で酔いますよ……。その……隣が気が気じゃないっていうか……」



 一瞬、愛絵(あいえ)は自分のことを言われたのかと思ったが、赤髪の編集者は彼女の左隣の席を指さしていた。



 座っているのは白髪(はくはつ)の小説家、文月(ふづき) 涼晴(すずはる)──ではないらしい。アルコールを摂取する前からとんちんかんなことを言う友人にあきれたが、涼晴(すずはる)だと思っていた男が口を開けば、それはそれは腰を抜かずほど驚いた。



 一人称が『俺』、敬語を全く使わないという、間違いなく涼晴(すずはる)ではない誰かがいる。昼頃に事務所に呼ばれて半信半疑で聞いていたことが、まさか本当だったとは。


 すぐに疑って悪かったと謝罪したが、依茉(えま)も聞き間違いにしようと思っていたらしい。



 何もかもわからないことだらけなので、涼晴(すずはる)に起きたこの現象は『二重人格』として、今この人格が『文月(ふづき) 涼太郎(りょうたろう)』ということも教えてもらった。


 依茉(えま)が心から酒を楽しめないのは、彼の存在ゆえだという。冷静で落ち着いている涼晴(すずはる)に対し、涼太郎(りょうたろう)は熱烈で落ち着きがないため、何をしでかすかわからないので酔えない。そういうことらしい。



「二重人格、ねぇ……。まるでジーキルとハイドみたい。見た目は変わってないけど」


「言ってる場合じゃないですよ……。愛絵(あいえ)さんも、先生が二重人格だってこと、知らなかったんですか?」




 女性二人は勘づかれないよう、横目で男を見ながら会話をしている。涼太郎(りょうたろう)は物珍しそうに、今日も繁盛(はんじょう)している居酒屋店内を見渡していた。


 依茉(えま)涼晴(すずはる)と共に何度もこの店に来たことがある。それなのに涼太郎(りょうたろう)はこの場所に始めてきたかのように、そわそわしているのだ。



 つまり、二つに人格間での記憶の共有は、完全にはされていないことが分かる。涼晴(すずはる)依茉(えま)に『俺』というように指示された際、何のことだろうと困惑していたのも、このシステムがあるならうなずけてしまう。



「知ってたら事務所に入る時点でそう言ってるわよ……。でも、もしも涼晴(すずはる)が本当に二重人格だとしたら、あの頃に相談されたのかしら」


「えっと……つまりは、どういうことです?」


「うーん……。二重人格とか多重人格とかって単語が有名な割に、私多重人格なんですー、って人に出会ったことないじゃない?」


「たしかに……。それこそ、『ジーキル博士とハイド氏』とかは二重人格というか、二面性を題材にしている代表作です。読んだことはなくても、名前は知ってるって人も多いでしょうね」


「でしょ? これはあたしの偏見というか勝手な考察になっちゃうんだけど、そういう症状って他人に相談しづらいんじゃないかしら。誰かを傷つけるために言ってるわけじゃないけど、教えたら他と違うからって理由だけで嫌われるかもって、周囲の助けを無意識にシャットアウトしちゃう人は多いと思うの」




 いじめや差別は、正直言ってどれだけ対策を積もうが、無くなるものではない。予防にはなるだろうが、根本的なところは改善されない。




 人間は他の野生動物のような、圧倒的な戦闘能力を捨てた代わりに、大きな脳が発達した。自ら考え、判断して行動する。結果文明などが築かれた。高度な作業ができることが、人間の一番の強み。




 だが頭の良さというのは、かえって醜さを引きずり出す火種となりうる。




 他人を蹴落としてまで自分が高位に立ちたいだとか、自分と違うから非難したりだとかしいたげたりだとか。高みを目指す過程で、普通じゃないものを嫌うのだ。




 涼晴(すずはる)愛絵(あいえ)は三年前、今の涼晴(すずはる)依茉(えま)のような関係を築いていた。あの生活の中でも、一度もそういった相談をされなかったのは、彼が『嫌われることを嫌った』からなのかもしれない。



 たしかに、すぐに受け止められると言ったら、それは嘘になる。なぜなら、現にこうして涼太郎(りょうたろう)の存在を疑問視して接しているから。



「そう……なんでしょうね。私も知らなかったですし……先生的には、あまり知られたくないことなのかもしれません。問題は、果たして元に戻るのかですけど」


「一回ひっぱたいてみたらいいんじゃない?」


「昔のテレビですか……!! たしか、ジーキル博士は姿を変えられる薬を開発して、ヘンリー・ジーキルからエドワード・ハイドに変身したんですよね。なら、薬として作用したものがあるのかも……」


「薬……。あいつがそんなもの、好きで使うかしら。……そういえば、グレモリーはどうしたのよ。契約してるから、ずっと隣にいなきゃいけないみたいな制約はないわけ?」


「グレモリー……たしかに、あれ以来見ていないような……」



 少しでも人間社会に溶け込んで生活するためにと、依茉(えま)愛絵(あいえ)はグレモリーの買い物に付き合ってあげたのだ。事務所ではアラビアンな恰好(かっこう)をしていたが、さすがに公道を歩くときは一般的な服装でなければならない。



 言われてみれば、最近彼女の姿を見ていない気がする。酔いどれが多い居酒屋とはいえ、あまり人の目につくような場所には出たくないのだろうか。




 それとも──涼晴(すずはる)涼太郎(りょうたろう)の性格が入れ替わってしまったことと、何か関係があるのだろうか。




 いつもは疲れた体をいやし、大きな気分にさせてくれる生ビールも、今日ばかりは味が抜けたように感じられた。


~~~



 飲みに誘ってくれた愛絵(あいえ)に礼を言ってから別れ、事務所までの夜道をたどる。


 道中でも、依茉(えま)が気を抜くことはなかった。というか、抜けなかった。愛絵(あいえ)は歳が一つ上で頼れる姉のような存在。悩みを打ち明ければ少しでも気が軽くなると思ったが、今回はさらに不安がつのるばかり。




 涼晴(すずはる)と付き合った時間が三年も上の愛絵(あいえ)ですら、知らなかった事実。




 これから、一体どうすればいいのだろう。涼太郎(りょうたろう)になっている以上、小説家の仕事はできないに等しい。問題が解決するまで休暇が欲しいところだが、この状況を説明して享弥(きょうや)は納得してくれるだろうか。



 人気が劣ることなく現在も上昇中の涼晴(すずはる)が、少しでも小説を出さなかったら、今後の執筆活動にも、少なからず悪影響がおよぼされる。暗い心もちからか、このまま涼晴(すずはる)に会えないかもしれないと思っている自分もいる。




 最大限自分にできることは自分でやる主義だが、流石にお手上げ。明日は『七福神』のもとへ相談しに行こう。




「なぁ、エマ。なんで俺には酒飲ませてくれなかったんだよ」


「それは……あなたがまだ、信用できないからです」


「はぁ? 俺のどこが信用できねぇって言うんだ」


「いや全部ですよ……。というか、私達が八年前に会ってるっていう証拠もないですよね? なのに友達とか懐かしいとか……正直言って疲れちゃいます」



 そろそろ本題に入らねば、生活に支障が出てしまう。仕事も投げ出して、彼のように遊んではいられない。覚悟が表情にも表れたためか、涼太郎(りょうたろう)も真面目な態度で、



「じゃあ、こっちからもはっきり言わせてもらう。エマ、お前は記憶をいいように改ざんされている。だから俺のことも……あの日のことも忘れてるんだよ」


「記憶を……改ざん? いいようにって、誰に……」



 記憶が違うだなんて、そんな馬鹿なことがあるか。この世に生を受けてから今日まで、あまたのつらいことや苦しいことを乗り越え、代わりに多大な喜びをもらったはず。


 涼太郎(りょうたろう)が言っていることは、依茉(えま)のこれまでの人生を否定している。いくら尊敬する涼晴(すずはる)の姿の人物から言われたからといって、こればっかりは黙っていられない。







 まゆを寄せて怒り顔になり、涼太郎(りょうたろう)に反論しようと一歩を踏み出した時だ。







 何が起きたのか、彼は両目をカッと見開いて、頭をおさえ始めた。



「お……前は黙ってそれを伝えてはいけませ、すっこんでろ偽物がァッ……今はまだ……抑えてくださいッ!!」


「せん……せい……?」




 まるで、涼晴(すずはる)涼太郎(りょうたろう)の人格がぶつかり合っているような意味不明な会話は、彼が何の前触れもなく倒れてしまうまで続けられた。






 夜の街に、女性の声とサイレンが響き渡る──

面白かったらブックマーク、高評価や感想などよろしくお願いします!!マジで!!!!

Twitterアカウントもよろしく!! @kareha_henshin

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ