第五章40 『お前は誰だ』
俺の中の俺~♪
文月 涼太郎。
一つの名を伝えられたが、何一つとしてピンとこない。ただ一つ、涼晴に似ているということを除いて。
似ているのは名前だけでなく、容姿も全く変わらない。勢いよく前髪をたくし上げ逆立ててはいるものの、髪色が変色するなんてこともないようだ。……どうやら性格は大きく変わってしまったようだが。
打騎のような頼もしい男らしさというよりは、悪ガキというか不良少年っぽい。首や指をゴキゴキ鳴らすたび、依茉は委縮するように体をヒクつかせるのだった。
「えっと……誰ですか?」
「おいおい、今説明したろ。俺は文月 涼太郎だ」
「…………せ、先生の本名ってことですか。涼晴っていうのはペンネームで……」
「なワケねーだろ。俺をあんなまがい物と一緒にするんじゃねぇよ」
涼晴と話しているときの緊張感とは違う、身を縛る重い鎖のような体のこわばり。上司に対する礼儀というより、失言してしまったら殴られるかもという、緊張を通り越した恐怖。
なんなんだ、この性格は。口調といい仕草といい、容姿の美麗さを除いてなにもかも涼晴とは違う。彼の役者魂に火が付いたとでもいうのだろうか。
「涼太郎、さん……」
「『さん』は俺らしくねぇなぁ~」
「えぇ……? じ、じゃあ……涼太郎くん……?」
──リョータロー君は、夢ってある?
「まぁ良しってところだな。昔を思い出すなぁ、エマ」
懐かしき少年時代に思いをはせるかのように、目を細める。どうやら彼は依茉のことを知っているらしいが、いくら思い出そうと思っても『文月 涼太郎』などという名の人物は記憶の中に存在していない。
ゆえに怖かった。自分が知らないうちに誰かと関係を持っていたというより、その人を忘れてしまっているということが、何より怖い。
特別記憶力がいいわけでもないし、悪いこともない。社会に出てからというもの、初対面の人であっても名前を覚えなければならない場面が増えた。なので以前よりかは幾分かマシになっているとは思うが……
そもそも、文月 涼太郎と文月 涼晴で、なぜ肉体が同じなのか。涼太郎というのが涼晴の本名なのかと聞いても、どうやら違うらしい。
これはつまり──『二重人格』ということ。
もしもそうなら、今まで親睦を深め相棒として隣にいた涼晴は、涼太郎とは違うもう一つの人格ということになる。
「あの…………ごめんなさい。私、あなたのことがどうしても思い出せないみたいで……」
旧友と再会したときのように盛り上がっている涼太郎は、彼女の言葉を受けて機嫌を損ねると思ったが、案外冷静で。
「分かってる。だから自分を責めるな。お前のせいじゃねぇんだからさ」
「え……? 私のせいじゃないって、どういう……」
何かとても大切なことを口走ったような気がする。おそらく彼もわかっていることだろう。
しかし、今説明したところできっと……きっと、八年前と同じことになるだけだ。もう二度と、彼女を悲しませるようなことはしたくない。自分にできることは、涙と絶望をぬぐうこと。あの時と同じように、手を握ってやること。
「ま、そんなことは今はどうでもいいんだよ。八年ぶりの再会なんだ、昔みたいに遊びに行こうぜ!!」
謎の男涼太郎は、依茉の手を力強く握ると、戸惑う彼女を引っ張るようにして走り出した。
涼太郎はこの感覚を懐かしく感じていたが、依茉からしてみれば、仕事中にだだをこねる子供に付き合っているように思えて仕方がなかった。
「し、仕事はどうするんですかあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
玄関の戸が勢いよくしまる音を最後に、事務所内は長い静けさに覆い隠されることとなった。
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暑い、暑い、暑い、暑い。溶ける、溶ける、溶ける、溶ける。燃える、燃える、燃える、燃える。
今日は一段と気温が高い。異常気象とまではいかないものの、長時間外にいることがためらわれるほどには、危険な暑さ。
年甲斐もなく公園で走りまわる小説家……の姿をした誰かさんを見ているだけでも、汗が流れ落ちてくる。心の中で、「私は保護者か!!」とつっこんだのは言うまでもない。
近年都市化が進むにつれて閉鎖されがちな、公園。それでもここは昔から変わらない。まぁ、友達がいなかった依茉は、他と比べて利用する頻度が低かったが。
……殺人級の猛暑のなか、ショート寸前の脳を回転させながら必死に考える。
隆起して小さな丘のようになっている場所から、前方宙返りで飛び降りる男。名を文月 涼太郎と言ったが、先程不穏なことを口にしていた。
──『八年前と同じことになるだけだ』。
彼が嘘を言っていなければ、どうやら依茉と涼太郎は、八年前に出会っているらしい。現在依茉は二十二歳なので、八年前は中学二年生の頃。記憶上では、中学時代も友人はいなかったとなっている。
懸念点として、学校外の友人という可能性もある。
だとしても。二十二にもなって、周りの子供たちが引くくらいブランコを全力で楽しんだり、有頂天の気分に任せて後方宙返りをするような、幼稚な友はいなかったはずだ。
ますます文月 涼太郎が分からなくなり、ため息をつく。その瞬間、突然首筋に冷たいものが当てられた。
「はひゃっ!? な……なにするんですかいきなり!!」
うなじをおさえながら反射的に振り返ると、缶ジュースを持ってケラケラ笑っている男がいた。笑い方にも少年らしさが残っているようで、涼晴にはまるで似ていない。
人格が変わるだけで、こうも異なるところが出るのだろうか。悪戯好きなのは悪い共通点らしいが。
「わりわり。ほらよ、暑さで倒れられちゃ、こっちも困るからな」
「…………ありがとうございます」
「どーも。つか、エマに敬語使われるのもなかなか慣れねぇな……」
若干不機嫌になったが、せっかく買ってもらったものを拒否するのも気が引けたので、もらっておくことにする。
以降、特に依茉のほうから話題を振ることはなかった。その代わりに、ぐびぐびと缶ジュースを飲み進める男を観察する。
涼晴……たしかに、涼晴だ。いつもの礼儀正しさは見る影もないが、容姿の見目好さは変わらない。そして意外と、こんな性格でも容姿にマッチしていると思う自分がいる。
ところで、涼晴と涼太郎の人格、どちらが本来の人格なのだろう。涼太郎は涼晴のことを『まがい物』と侮辱していたが、涼晴はどうなのだろうか。まぁ、こういうのは両者本物だと主張するのが相場だ。彼にも言われたとおり、今は聞かないでおこう。
「なぁ、エマ。俺のことは忘れてるだろうけど、お前の親父さんのことはわかるだろ」
「え? な、なんでパパ?」
「いいから。エマが中学生だったころ、親父さんがどんな人だったのか教えてくれ」
てっきり自分について聞かれるものだと思っていたので、父のことを教えてほしいだなんて予想の斜め上。
中学時代、となるとすでに記憶があいまいなところもあるが、身内の事ならばまだ覚えている。特に、父は依茉が一人娘ということで、よくしてくれた印象が大きい。
「すっごくいい人でしたよ。頭もよくて、たまに勉強を教えてもらいました。おでかけするときも、常識の範囲内だったら何でも買ってくれましたし。まぁ、買いすぎてママに叱られてたこともありましたけどね。学校から帰った時も玄関で出迎えてくれて……ちょっと過保護なところはありますけど、総じてすごくいいパパです」
「そうか……。なぁ、親父さんの様子がおかしかった時とか……」
その時、依茉の携帯電話が鳴った。何事かと思ってみてみると、先程事務所を出ていった美王 愛絵からの電話だった。
「はい、依茉です。何かありましたでしょうか?」
『あぁ、そんなんじゃないの。ただ飲みに誘おうかなってだけ。涼晴もよかったら誘ってやって頂戴」
これは……酔えない気がするぞ……!!!!
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