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第五章37 『エピソード・ゼロ《赤と黒》 22』

『22』に注目。ではでは。

 夏休み初日から数えて、昨日で四日が経過した。言うまでもなく、涼太郎(りょうたろう)とエマは連れて連れられて、始まったばかりの長期休暇を大いに楽しんでいる。



 一日目から予定が大きく狂ったが、それも自由に遊ぶことにおいては一興である。その時は取り乱していた涼太郎だったが、いざ食べ歩きをしてみると予想以上に楽しかった。




 誰にも邪魔されない、誰も邪魔できない甘美(かんび)な時間は、過ぎていくのが早い。




 授業の一時間と遊びの一時間とでは、感じ方が違うのはなぜだろう。



「最近上機嫌(じょうきげん)ね。例のお友達とうまくいってるのかしら」


「あぁ。だからこそ、こうやって夏休みを満喫(まんきつ)してるんじゃねぇか」




 今日はエマの家の都合で、昼過ぎから集合することになっている。学生ならば、こういった隙間時間に机に向かって筆を持ち、学業に精を出すのが常識。……まぁ、そこはさすが涼太郎(りょうたろう)というほかない。



 涼太郎(りょうたろう)が勉強に対して興味を示さないのは自分が一番よく知っているし、次いで母親である氷華(ひょうか)が理解している。



 本来、叱責(しっせき)してまで椅子に座らせた方がよいのだろうが、氷華(ひょうか)はあえて、息子に判断をゆだねている。とはいえ、もう二度と0点の答案用紙は見たくない。



「一応聞いておくけど、宿題は?」


「やってると思うか?」


「……そうね。先生方に迷惑をかけるのだけはやめて頂戴」


「わーってるよ。昼メシできたら呼んでくれ」




 ……なんだかんだいって、涼太郎(りょうたろう)氷華(ひょうか)のことを親としてはいい人だと思っている。



 両親が社長とかいう、どこからどう見ても変わった家庭環境ゆえだろう、こうしてある程度の自由が許されているのは。仮に自分がエマの家の子供だったとしたら、きっとこうやってなまけることは許されないだろう。


 エマの家だけではない。大抵の家庭では、涼太郎(りょうたろう)の生活は『異端』とみなされる。叱られはするが、それでもやりたいことをやらせてくれるのは、感謝してもしきれない。




「……自由、ねぇ」




 追い求めた理想と、これからの未来に理想を抱き、仮眠をとるために目をつむった。


~~~




 今日の予定は、少し遠くの川に出かけて水遊びをすること。



 エマと初めて友達になったあの日に遊んだのがプールだったので、水遊びというだけで感慨深いものがある。

 懐かしさを感じるほどかと言われたら、そこまで時間はたっていないのだが。



 さて、いくら自由に遊びまわっている涼太郎(りょうたろう)とはいえ、死んでしまっては笑って遊べなくなることは重々承知している。家を出る前に氷華(ひょうか)に安全についての教えを説いてもらい、用意周到でいつもの公園へと足を運んだ。




 公園から少し歩いたところに駅があるので、目的地付近までは一緒に電車で行こうと決めたのだ。




 先程言ったように、水遊びは涼太郎(りょうたろう)とエマの原点ともいえるものだ。ゆえにエマは覚えていなくとも、いきさつを聞いただけで初日よりもはしゃいでいた。計画を立てるときなんかも、目を輝かせて楽しそうにしていたのを覚えている。




 ──そんな彼女が、集合時刻になっても、公園に姿を現さない。




 小さな丘から公園全域を見渡しても。あの目立つ赤髪と、ぺかぺか光るような明るい笑顔はどこにも見当たらなかった。



 五分……十分……十五分。いくら何でも遅すぎやしないかと、不安の中で焦燥(しょうそう)といらだちを覚えた時。



 脳裏に走った電撃が、一つの『最悪な予想』を運んできた。いわゆる、虫の知らせというやつだろうか。











 ──()()()()()()()()()()()()…………?











 気づいたときには、涼太郎(りょうたろう)は息を切らして疾走していた。


 普段使わない反対側の入り口目指して、丘を転げ落ちるように。



 エマがどのあたりに住んでいるのか聞いておけばよかったと、今更ながら後悔が押し寄せてくる。だが、過去を呪っても、未来に光はやって来ない。今はただ信じて……エマとの『(きずな)』を信じて、一人街を駆けまわるだけだ。






 ──少年が足を止めたのは、異変に気づいてから十分後のこと。



 探し回るのを辞めた理由は、見慣れない大人たちの人だかりが、とある日本家屋の前にできていたのを発見したから。


 葬式にでも向かうところなのだろうか。しかし喪服(もふく)を着ているのものは一人もいない。おかしな集まりだと思いきびすを返し、もう一度走り出そうとした時だ。
















 ──『()』。
















 目立つ、『赤』という色。人だかりの隙間から、ちょうどエマの背丈くらいのところに、『赤』が見えたのだ。







「エマぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」







 裏返った方向を浴びせ、自慢の俊足で人ごみにタックルを食らわせる。不意の出来事に大人たちは目を皿のようにし、激突してきた少年を凝視する。



 ……黒い瞳が、ぎろりとこちらにらみつけている。獣のようにむき出しにされた白い歯が、純粋な殺意を不可視の刃にして突き付けてくるようだ。



「な、なんだ君はッ!?」



 明らかな非行少年をとらえる。それでもなお、少年は殴る蹴る噛みつくを繰り返して、反抗してくる。




「んなことはどうでもいいんだよッッ!! はなせよっ……コラァァッ!!」




 ……大勢の大人の囲まれ、もう二度とあの少年と会うことはできないと告げられていた、そのさなか。今この時間には、本当ならば公園にいるはずの少年の勇猛果敢(ゆうもうかかん)な声が、彼女の瞳に光をくべた。


 うつむいていた彼女は顔を持ち上げ、彼を──文月(ふづき) 涼太郎(りょうたろう)を求めるように、必死に手を伸ばす。










「エマッッッ!!!!」 「リョータロー君ッッッ!!!!」










 大人という『鎖』を解き放ち、《(エマ)(りょうたろう)》は走り出す。



 お互いの詳しい事情なんか、特にエマの記憶がどうだとか、もうどうだっていい。二人はすでに、一つの答えを見つけているから。



 誰にも縛られず、ずっとこの関係を続けたい。二人だったらどこまででも行ける。空をかける鳥のように、羽をはやして飛んでいける。





 不可能なことなんて、なに一つ無いんだ。






「もう……全部どうだっていい!! 学校とか、大人とか、環境とか!! 俺たちは縛られちゃいけないんだ!! どこか……どこでもいい、二人でいつまでも笑っていられるような場所に行こう!!」


「うん……!! 私、もう迷わないよ!! 忘れることだってない!! 好きだよ……大好きだよ!! リョータロー君!! これからも、ずっと一緒にいよう!!」





 ぽつり。ぽつり。ぽつり。




 汗と涙が、交互に落ちる。




 本当は、ずっと自由でいられる場所なんてないのかもしれない。それでもいい。二人でいられれば、どんな場所であれきっと、そこが『自由』だと言えるのだから。





 その考えはきらびやかで、強欲で、傲慢(ごうまん)で。夢というには具体性がなく、理想というにはちっぽけ。





 非常識は、常識の牙に砕かれる。



 二人の望みは今この瞬間に叶えられた。同時に、望みは(つい)えることとなる。
















 ダァァァ……………………ァァァァァァァン………………
















 『()()()()()()』──。




 それが、二人が本当に自由でいられた距離であり、時間である。



 圧倒的な暴力の象徴──白昼堂々(はくちゅうどうどう)の銃撃の前に、文月(ふづき) 涼太郎(りょうたろう)は『食われた』。同じくエマも銃撃を受けたが、こちらはどうやら麻酔弾のようだ。



 アスファルトの上に二人でうつぶせになって、少年が()いた血のカーペットで眠る。夢見心地は……これ以上ないほど、『最高』で『最低』。








 文月(ふづき) 涼太郎(りょうたろう)。十四歳という若さで、現世に手を振ることになった。








「君は……(わたし)逆鱗(げきりん)に触れたんだ、死んで当然だよ。……まぁ、それで(わたし)の怒りが収まるかと言ったら、そんなことはないんだけどね」


~~~










 暗い、暗い、暗い、暗い、暗い。深淵(しんえん)に沈んだ意識に、干渉しようとする者がいる。


 その者は少々乱暴な手つきでこの身をゆすり、なにかをうったえかけているらしい。『兄ちゃん、兄ちゃん』と。



 ……あぁ、歌澄(かすみ)か。悪いけど、全身が痛いんだ。もう少しだけ寝かせてほしい。あと十分……いや、あと五分でいいから……




「兄ちゃん!! なんで道で寝てるんだって聞いてるんだよ!! 風邪ひくよ!!」




 ……道? なんで道で寝てるのかっていたらそれは…………あれ、()()()……()()()? まぁ、細かいことはこの際どうでもいいや、風邪ひくのは嫌だから。しょうがないから起きようかな。



「おわぁ!? き、急に起きないでよびっくりしたなぁ!? それで、なんで道なんかで寝てたのさ?」


「…………さぁ?」


「さぁ? じゃないよもうっ!! もしかして……記憶喪失とか言わないよね? 自分の名前言ってみて。ほら速く!!」





















「……………………文月(ふづき)…………涼晴(すずはる)

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