第五章36 『エピソード・ゼロ《赤と黒》 遊楽』
束縛の試練をかいくぐり、少年少女は自由に入り浸る……!!
普段あまり使わない頭をフルに回転させて生まれた作戦は、どうやら大成功を収めたらしい。
エマの父親は涼太郎を邪魔な存在として忌み嫌っているので、涼太郎がエマの記憶に現れたところだけを切り取って、その都度消去している。
よって図書室での会話は消えてしまうが、その内容は全てノートの切れ端に記述されていて、下校時にこっそりとエマに譲渡しているのだ。『図書室での記憶』が消えても、『メモに書かれた記憶』は消えなかったことが、後日発覚した。
一週間かけてこのやり取りを継続したが、今のところ全てが順調だ。
まず、図書室に行くと、エマは涼太郎の事を忘れていなかった。以前は顔を合わせるたびに初対面であるかのような反応をしていたが、今では友達の関係を続けられている。
何より危惧されたのが、エマの父親にメモのやり取りを知られることだったが、まさか図書室以外でもメモが二人をつないでいるとは思わなかったようだ。
エマが、メモと涼太郎のことを忘れることはなく、二人のヒミツの関係は着々とはぐくまれていった。
「ねぇ、歌澄? 最近涼太郎が机に向かってるのをよく見かけるんだけど、何やってるのか知らない? ちょっと前からご飯時になってもすぐに降りてこなくなったし……」
手際よく、玉ねぎを切り刻んでいく。キッチンに並ぶ豚肉のパックから考察するに、今日の夕飯は豚の生姜焼になるだろう。
涼太郎と歌澄の母、文月 氷華は、とある企業の女社長である。
詳しい仕事内容を聞いたことはないが、『自他ともに認めるエリート』であるらしい。そんな氷華の配偶者も、社長である。なんと、一つの会社に社長が二人という異例の体制で経営されている。
なのでこうして、かわるがわる家事と仕事を入れ変えているのだ。仕事だけでなく、料理の腕も一級品。
「あぁ、なんか夏休みの予定立ててるんだってさ」
「べ、勉強してるんじゃないのね……」
「兄ちゃんに限ってそんなことありえないでしょ」
「……あなたも言うようになったわね」
一方そのころ。涼太郎は血眼になって、通算十枚目の模造紙に文字を書き連ねていた。
授業は毎時間睡眠、家でもろくに宿題をやらない。そんな彼にとってはかなりの苦行だったが、これが遊びのためだと思うと、休んではいられなかった。今日も学校から帰ってきて、すぐさま机に向かって作業を開始した。
……エマの父親が、なぜエマの記憶を消そうとしているのかはわからない。たった一つ分かるのは、あの男がエマから自由を奪っているということ。
「自由を奪うなんて、人間のすることじゃねぇ。野郎に毒される前に、俺がエマを救ってやるんだァァァァァ!!!!」
「…………なにしてんの?」
「ノックくらいしろやァァァァァァァァ!!!!」
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今年の夏はかなり暑い。少し外に出て運動、もしくは作業をするだけで、露出している肌が日に焼けてしまうほどだ。
わんぱくな彼にとっては日焼けなどどうでもよかったが、熱中症対策としてキャップは被る。履きなれた運動靴を履いて、玄関の扉を押し開ける。
「あら、今からお出かけ?」
「おう!! 夕方には戻るからな」
氷華に見送られながら、元気よく家を出る。勢いを保ったまま走り出し、少し離れている公園へと向かうのだった。
自分の事ながら、最近は笑顔になることが頻繁にある。自由を追い求めるだとか、楽しいことだけすると言っていたが、思えばそれで笑えたことは少ない。童心を思い出したように公園で走り回ってみても、駄菓子屋をめぐってみても。客観的に見たら、少年の表情は楽しげではなかったと思う。
どうしようもなかった涼太郎を救ったのは、やはりエマの存在だろう。
彼女と出会ってからというもの、つまらなかった学校へ行くのも楽しくなった。こうして公園を目指して走っているだけでも、今からエマと遊べると思うだけで足取りが軽くなるようだ。
ギラギラと照り付ける真夏の太陽さえも、『自由』を演出するファクターでしかない。
気づいたころには公園の前にいて、危うく通り過ぎそうになったのは言うまでもない。
「あっ!! リョータローくーん!! こっちこっちー!!」
この公園は、一部丘のように盛り上がっている場所がある。春は花見の客も増えるらしい。赤髪の少女は、ぴょんぴょん飛び跳ねながらこちらに手を振っている。
白を基調としたワンピース姿で、つばの広い帽子をかぶっている。図書室で見るエマとはまた違う、『少女』が強調されたエマに、涼太郎は少しだけドキッとした。
『あの時』も、本来ならばこうやって待ってくれていたのだろう。
「よっ、待たせたな」
「私も反対側の入り口から入ってきて、ちょうど今来たところなの。だから同じくらいだね!!」
「いつになくはしゃいでんな、お前」
「えへへ、そうかな? こうやって誰かと一緒にそとっで遊ぶのが初めてだからかも!!」
相当、楽しみにしてくれていたらしい。
たしか最初にここに集合する約束をした時も、これくらいはしゃいでいた気がする。
彼女は自分の預かり知らぬ場所で記憶を消され、父親という存在に縛り付けられている。だからこそなのだろう、鎖を解き放ったエマの笑顔は、見ているこっちまですがすがしく、爽やかな気持ちにさせる。
こんなにも喜んでくれるなんて、計画したかいがあったというものだ。そう思うと同時に、彼女の心に触れることができたのだと、達成感にひたっていた。
「それじゃ、今日は思いっきり遊ぼうぜ!! べたに走り回ったり……」
「あー……それもすっごく楽しそうなんだけど、私無理かも」
「はい……? 無理ってどういう……」
……まさか今までの一連の流れで体力を使い果たしたとは言わないよな。
おそるおそる尋ねようとしたが、エマが自分の足元を指さしていることに気づき、視線を下に──
「んんなああああぁぁぁぁんでだよぉぉぉぉっっ!?!?」
別に殴られたわけでもないのに、後方に思いきり吹っ飛ぶ。ギャグマンガ御用達のオーバーリアクションが思わず出てしまうくらいには、驚いたのだろう。
……あれだけ模造紙を使って計画を説明したというのに、エマが履いてきたのはおしゃれなローファーだったのだ。あと、よくよく考えれば運動するのにワンピースはやばい。
「おま……あれだけ走り回るかもしれないって言っといたのに!!」
「ごめんね、本当にごめん!! だってその……外出するときはいつもこれだったから……!!」
「…………しょうがねぇ。ちと味気ねぇかもしれねぇが、商店街歩くか!!」
「まさか初日から予定変更になるなんてね」
「誰のせいだと思ってるんだよ……!!」
「ほ、ホントにごめんって……。でも、二人ならきっとなんでも楽しいよ!!」
「…………それもそうか」
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本来ならば運動に近しい遊びをするつもりだったが、案外こういうのも悪くない。
おいしいものを食べたり、風変わりな店を見て回ったり。二人の趣味はもちろん全然違うが、それでもお互いに受け入れたのだ。
逆に受け入れることで、お互いをさらに深く知ることができた。
エマの言った、『二人ならきっとなんでも楽しい』は、本当だったらしい。
……気づけばもう、太陽が街を朱色に染め上げる時間になっていた。もっと、一日が長ければいいのに。夏休みは始まったばかりでまだ一か月以上もあるというのに、もうそんなことを考えている。
意外にも、エマも同じことを考えていた。
二人は肌を赤く染められながら、帰路に立った。
「リョータロー君には、夢ってある?」
「夢、か……。考えたこともなかったなぁ……。んー……自由でいられりゃ、それでいいかな」
「あはは、リョータロー君らしさ全開だね」
「わりぃかよ。……んで、エマは何かなりたいものとかあるのか?」
「私は……強いて言うなら、本が書きたいかな。まだ誰も読んだことのないような、読んだ人がみんな笑顔になっちゃうような。そんなお話が書きたい」
「小説家かぁ……。ははっ、俺には全然似合わねぇな」
「そうかなぁ。案外面白いお話かけるんじゃない? もしも、リョータロー君が書いた本が世に出たら、絶対に読むからね!! 期待してますよ、文月先生!!」
「冗談きついぜ……」
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