第五章35 『エピソード・ゼロ《赤と黒》 反逆』
さぁ、反逆の狼煙をあげる時だ!!!!
読書はずっと、楽しいものだと思っている。友達がいない自分にとって本を読むという行為は、心の隙間を埋めるのにちょうどよく、必要なことだ。
ページをめくっていくたびに目で読み取った架空の世界が、脳内で形、色、匂いなどが付与されて形成される。作者とは解釈が違ってもいい、自分がその世界に入り込むことができれば、寂しさなんて消え去ってしまうのだから。
本は友達、読書は遊びと同義だと思っていた。
相も変わらず、放課後は図書室に引きこもる。古い本が並べられている、あまり人が寄り付かないようなコーナーへ行くと、お気に入りの赤い本を抜き取る。その足で、もはやエマの特等席と化している最奥の窓際の席へ──
夏の、暖かな夕日が差し込む席に、すでに誰かが着席していた。
少し逆立った黒髪の、雰囲気からしてやんちゃそうな男子生徒。彼を見た覚えはない……と思う。というか、いかにも「外遊び大好きです」みたいなオーラを放っている少年が、なぜ図書室にしているのだろう。
毎日欠かさず図書室に来ているエマだからこそわかるが、こういうタイプの人が足を運ぶのは珍しい。だからといって、「ここは私の席です、予約してました」なんて横暴なことは言えない。
読書の邪魔にならぬよう、ゆっくり通り抜けて……
「待ってたぜ、エマ」
「えっ……!? な、なんで……私の名前を……」
まさか話しかけられるなんて思わなかったので、危うく本を落としてしまうかと思った。
不意に自分の名を呼ばれ、反射的に少年の方を見ると。彼は、あろうことか本を読んでいなかったのだ。まるでエマがここに来ることを知っていたかのようだ。
表情は、なにか覚悟を決めたかのように凛々しいが、目元にはうっすらとクマができている。
いったい、彼は誰なんだろう。少年がエマの名を知っているということは、それなりの関係を築いているはず。だがそんな記憶はない。
少し悪ガキっぽくて、それ以上に頼もしくて、聞いているだけで楽しくなる声質。記憶がないはずなのに、なぜか頭が痛む。どこかで、この特徴を持つ少年に出会っているはずだ。
悲しいかな、のどまで出かかっている名前は、言葉にしたくてもできない。
まるでその名を口にすることが、第三者の手によってせき止められているような感覚。
頭を押さえて苦悶していると、少年は優しい口調で、
「無理に思い出す必要はねぇよ。ただ、一つだけ思い出してほしいのは、俺とお前は友達だってことだ。信じられなくてもいい。でも、本当にそうだったんだ」
「君が……私の友達……」
少年の言うとおり、すぐには信じられなかった。逆にすぐ信用できる人はいるのだろうか。
エマはとにかく、彼が言葉以外で伝えようとしていることを読み解くことに専念した。少年の目は、決してふざけているとは思えない。カラス貝のように黒い瞳から、痛いほど少年の心情が伝わってくる。
──信じられないとこは、百も承知だ。それでも……それでも、伝えたいことがあるんだ!!
あぁ、本と同じだ。解釈が違えど、私は今この状況に少なからず心をおどらせているのかもしれない。本当に彼が友達で、彼が私の性格を知ってくれているのなら。こうやって、わざと私に理解させるようにしたのかもしれない。
「…………君の名前は?」
「文月、涼太郎。……その表情、信じてくれるんだな」
あの時とは、立場が逆。エマがいた席に涼太郎が座り、涼太郎がいた席にエマが座っている。
エマは、涼太郎を救ってくれた。エマはきっと困っている。涼太郎のように、自由に生きることを知らない。全てが判明したわけではないが、おそらくエマの父親が、何かを仕組んでいるのだろう。
そう考える理由は──男が、少年を『文月 涼太郎』と呼んだから。
二人は、あの場所で会った時が初対面だったはず。それなのにもかかわらず、エマと対峙していた少年のことを『涼太郎』と呼んでいた。
エマの記憶から涼太郎の存在が消えているのは、エマの父親が意図して記憶を消去しているからだろう。エマが涼太郎のことを「知らない子」と言っていたのを、涼太郎は聞き逃さなかった。
もしも、自分の娘が、本当に少年の名前を知らなかったら?
男が乱入してきてからの会話に、『文月 涼太郎』という固有名詞は出てきていない。エマをあの場から遠ざけた時、男は確信するかのように、文月 涼太郎の名を口にした。中学校の関係者でない限り、少年の名を知る方法は、エマからの口伝えか、記憶にかかわることしかない。
……これだけの仮説・推理を立てるだけで、朝を迎えてしまった。作業も相まってフラフラだ。それでも……エマのためならば安いものだ。
「リョータロー君、でいいかな? ずっと気になってたんだけど、その模造紙はなに? 自由研究を早めにやろうってこと?」
「お前もかよ……!! 今はいいんだ、置いといてくれ。それより大切な話がある。……語弊があるかもしれないが、俺はお前のことをすべて知っている。どう頑張っても俺のことを思い出せないことも、な。実は、この前の土曜日に昼頃、本当なら俺とお前は一緒に遊ぶ予定を立ててたんだ。でも……お前は約束どころか、俺のことも忘れてた。土曜日は、商店街に親父さんと一緒に出掛けてただろ?」
見事に言い当てられ、おそるおそるこくりとうなずく。同時に固唾を飲んで、彼の言っていることは本当の事なんだと、心の中で確信した。副産物として大きな疑問が一つ生まれたが。
「ねぇ。なんで……私は君との記憶がないの? 友達のこと……忘れたくないよ……!!」
うつむき、今にも泣きそうになる。だが涼太郎は焦らなかった。秘策がこの手に握られているからだ。
「泣くんじゃねぇ。大丈夫だ、安心しろ。俺に秘策がある」
「ひ……秘策?」
「あぁ。泣くなとか言っておいてまた悲しませるようなことを言うが……きっとこの記憶も、お前が家に帰ったら消されちまう。記憶を消してる野郎に勘づかれないように、あえてそいつが誰なのかは言わない。んで、その秘策なんだが……こいつを使う!!」
机の下に置かれていた学生カバンの中から、一冊の大学ノートを取り出してみせる。何の説明もされていないので当たり前だが、ノートが何の役に立つのかはわからない。
よく見ると、取り出されたのはノートだけでなく、ハサミまで。
いったい何をするつもりなのだろうと説明を待っていると、少年はいきなりノートのページに刃を立てて、切り刻んでいくのだった。
「えぇ!? な、なにしてるの!?」
「本当はノートごと渡そうと思ってたんだけど、野郎に気づかれたら元も子もないからな。だから、スカートのポケットに入るくらいに小さくするんだ。そこに……俺のことと、その日起きたことを日記みたいにして書き込んでおけば、俺のことを思い出せる。野郎はきっと……俺たちの小さなやり取りなんかに興味はないんだ。この記憶が消されても、メモが俺たちをつないでくれる」
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──光の球の中から、少年がこちらを見つめてくる。どこか覚悟を決めたような表情は、男の神経を逆なでするようだった。……細かなやり取りなんか、もはやどうでもいい。この少年だけは許さない。
診察台で眠る少女の横で、男は球体を床に叩きつけ。
「あのガキィィィィ!! どこまでも……どこまでも私を馬鹿にしやがってぇぇぇぇぇ!! 神を侮辱するのかアァァァァァァ!! ウゥ……ゥゥウウあああああああああアァァァァァァ!!!!」
その後エマは目を覚まし、いつも通り制服を脱いで部屋着に着替えようとする。
今日も一人で寂しかったなぁ……なんて、悲しげにため息を吐き出しながら。スカートのチャックをおろして、脱ごうとした時だった。
──何かが、ポケットに入っている。
不思議に思って取り出してみると、それは大学ノートの切れ端だった。自分のものではない、男子のものと思われる筆跡で、何かが書かれている。少し怖かったが夢中になって、読み進めていく。
「文月……涼太郎……。お前の、友達だ……」
とたん、頭の中に爽やかな青い風が流れ込んできた。その名前に聞き覚えはな──いや、ある!!
確かにいた。一緒にプールに飛び込んだり、図書室で話したりした、大切な友が……!!!!
『文月 涼太郎。お前の友達だ。まず初めに、このメモのことは絶対に親に伝えちゃいけない。信じられないかもしれないが、お前と俺は友達だった。きっとこれを読んでいるときは、俺のことを忘れているんだろうな。でも、これだけは覚えておいてくれ。明日の朝、登校したら自分の机の中を探せ。このメモと同じくらいの大きさの紙が入ってる。お前の記憶を消してる野郎は、お前が俺と会ってる時しか見てないはず。だから、あえてその状況を作るために、放課後は図書室に来い。その記憶をおとりにして、このメモ帳でやり取りしていけば、俺との記憶は消されない。図書室での記憶が消えても安心しろ。このメモがきっと思い出させてくれる──』
「…………俺たちの、『友情』を」
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