第五章32 『エピソード・ゼロ《赤と黒》 友達』
こんな青春がしたかった……。
まだ一度しか話す機会がなかったためはっきりとは言えないが、エマとしゃべると調子がだいぶ狂う。涼太郎は、自分が無駄だと切り捨てたものに対してエネルギーを使うことがない。
はたして少女との会話は彼にとって有益となるか、無益となるか。
今のままでは、ただ退屈がまぎれただけになる。それも名前を忘れられているという、多大なショックをともなう方法で。
「いやいやいや!! 俺だって!! オレオレ詐欺みたいだけど俺だって!! 涼太郎だよ!!」
「えーと、えーっと……!! あ……あの段ボールと栞紐の人!?」
「覚え方は最悪だけどな……正解。お前が暇なら遊びに来いって言ってたから来てやったんだよ」
ズッコケた時近くにあった本棚に思いきり頭をぶつけた。体勢を立て直すうちにもじんじんと、大脳辺りが痛んだが、それよりもエマが自分のことを思い出してくれたことが喜ばしかった。
しかしエマは、涼太郎の顔を見たり視線を外したりを、何度も繰り返している。さながら「マジでこの人だれなんだろう」と思っているように見えて、少し怖くなった。
とはいえ、二人の間に関係が生まれたのも、すずめの涙というほど小さなものだ。
担任教師に入荷した本を運ぶように言われ、それがたまたま涼太郎で、その日の図書委員がたまたまエマだったというだけ。一週間前のあの日、お互いに話していた時間は十分もないだろう。
涼太郎もエマのことを忘れていたくらいなので、読書に没頭している彼女が忘れていても、何らおかしくはない。
「ごめんね、私って結構忘れっぽいから……」
「おう、だろうな。自分で挟んだ栞のことも忘れるくらいだしな」
「そ、それ恥ずかしいから言わないでよ~!!」
若干ほほを赤らめているのを見ると、やはり少女らしさが際立っているように思える。同時にもう少しいじってやりたくなるのはなぜだろう。
図書室の机は幅が広く、向かい合うように座っても相手との距離が十分に保てるようになっている。いくら傍若無人な涼太郎と言えども、フレンドリーとはいえほぼ初対面の女子の隣席に座る勇気はない。
自分が意識しすぎているだけならいいが、相手が同年代の女子であるがゆえ、いつもより気をつかうのだ。ちら、と確認した少女は、一週間前と変わらず赤い本を読んでいる。
「…………俺がここにいて、邪魔にならねぇのか」
涼太郎に活字を読む楽しさは分からない。だが、それがエマの『自由』であるというのなら、尊重してやるべきだ。
ほおづえをついて問いかけると、赤毛の少女はほわほわ笑ってみせるのだった。
「邪魔だなんて、そんな失礼なこと思うわけないじゃん。むしろちょっと嬉しい。私……ずっと一人で本読んでるから。クラスでもこんな感じだから、友達もいないの」
「……マジかよ。俺みてぇな野郎にもズカズカ土足で寄ってくるから、絶対友達多いと思ってたわ」
他人の嫌味や得意の屁理屈を並べる涼太郎だが、純粋に驚いた。
彼女に対する嫌がらせで、ではない。同じ『友達できない属性』を持つ同志がいたことに驚愕したのだ。
エマの第一印象といえば、述べた通り他人の気持ちを良くも悪くも考えずに、友好的に接してくる明るい女、というものだった。世界は腐ってるだとか、何にも束縛されない自由が欲しいとかほざいている典型的な中二病男子とは、本来ならば『住んでいる世界』が違うはず。
だというのに、二人の置かれている場所は、俗にいう『クラスのすみっこ』。もはや涼太郎がおかしいのか、エマがおかしいのかわからなくなってきた。
「じゃあ、お前にとっての友達は本ってことか。先週からそれ読んでるけど、どんな内容なんだ?」
このまま友達の話を続けると、まちがいなく場の雰囲気が悪くなる。エマの声のトーンの下がり具合から即座に判断した少年は、少女が話しやすそうな話題をふる。
すると効果てきめん。エマの表情は太陽のように明るくなって、ついには身を乗り出してきたのだ。
「この本はね、『Destiny』っていうの!!あ、destinyは運命って意味の英単語で、fateとほぼ一緒の意味ねfateは逃れようのない悪い運命のことを指すんだけどdestinyはなるべくしてなるポジティブなもののことを指すのまず主人公の男は本当にどうしようもない人で社会で生きていくのをあきらめていたのでも物語が進むにつれて様々な人に出会ったり様々な事件に遭遇」
「落ち着けよなげぇよ機関砲かお前はっ!?」
「えー? ここからが面白いのに……」
「内容を教えろとは言ったけど、布教しろとは一切言ってねぇんだよ……!! それと、お前図書委員なんだろ? こんなに騒いでていいのかよ」
「いつも人来ないから大丈夫だよ」
「うん……聞いた俺も悪いけど、悲しいこと言うなよ……。委員会頑張れよ……?」
──なんだろう……。こいつ/この人としゃべると、つまらない毎日がどうでもよくなるみたいだ。
エマも、日々の生活に飽いている一人だ。机をはさんで会話をはずませている少年のことは、まだみじんも知らない。彼が同じく、世界に飽き飽きしていることも。
しかしこの世には、『類は友を呼ぶ』という言葉がある。言葉を交わさずとも、少年少女は、それこそ『Destiny』によってたぐりよせられたのかもしれない。
「……なぁ、エマ。実は俺も友達いねぇんだ。それで考えたんだ。俺らと友達になってくれるやつらを待つより、俺ら同士で友達になった方が、話が速いんじゃねぇかってさ」
「た、確かに……!! すごいよ、リョータロー君!!」
「だから、そんなことで褒められるのは小学生くらいなんだって……。まぁ、そんなこと言ってくれるのも、エマだけだ。よろしく頼むぜ、友達第一号」
「その変なあだ名はよくわかんないけど、とにかくよろしくね、リョータロー君!!」
幅のある机だったため、二人が握手をするのも少し苦労した。しかし、確かに握り合った手は、太陽の光よりもあたたかく──
「おお……晴れた……!!」
先程まで、図書室内にまでうるさく響くほど降っていた大雨が、嘘のようにやんだ。白いガラスの向こうには、雲から顔をのぞかせている太陽が、二人をやさしい顔で見つめている。まるで「二人が手を握ったことで雨が止んだんだよ」と言われているように思えて、恥ずかしくなって手を離してしまった。
暇をつぶす、というのはつまり、晴れるまで待つということ。
当初の目的に沿うのならば、これ以上涼太郎がエマと一緒にいる理由はないはずだ。いつものことながら、自由を求めて遊びに行くことだろう。
だが、その気は一切起きなかった。一人で自由を求めるのも、もったいない気がしてきたのだ。
友達一人できたくらいで、何を達観したようなことをと思うかもしれないが、そもそも彼は『自由を探求する』とかいう中二病じみたことをしているので、やっていることは以前とほぼ変わらない。
変わったのは、そばに自由の楽しさを『共有』できる仲間が増えたことだ。
「よぉ。今から、俺流の自由ってやつを見せてやるよ」
「え……?」
何をするの? と尋ねる前に、黒髪の少年は意気揚々と走り出していた。日が差し込む窓を勢いよく開けると、窓のさんあたりに足を置いた。そして……
「バンジィィィィィィィィィ!!!!」
「え……。えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?!?!?」
校舎三階からの、紐なしバンジー。今度こそエマは本に栞をはさむのも忘れ、頭がおかしくなったであろう少年の後を追いかける。友達ができた瞬間に、その友達が死ぬなんてことがあるか?
顔面蒼白になって、おそるおそる見下ろすと…………プールでぷかぷか浮いている涼太郎が、やんちゃに笑っていた。そうだ忘れていた、図書室から見下ろしたところに、ちょうどプールがあるんだった。
「エマも跳んでみろよ!! ちょー気持ちいいぜ!!」
「だ、だめだよ、死んじゃうよぉ!?」
「現にこうして俺は生きてるんだ、大丈夫だって!! はやくしねぇとセンコーが来るぞー!!」
……友達を作ることが怖かった。人と接し、親しくなることが怖かった。それでも、彼女がフレンドリーだったのは、心の奥底で『こういうこと』がしたくてたまらなかったのかもしれない。
意を決して窓から跳び立つと、叫ぶ時間もないくらいはやく、全身を冷たい水が包み込んだ。自分が生きているということを認識すると、身体の力を抜いて、涼太郎がやっていたように浮いてみる。
「どうだった? やる前は怖いけど、いざやってみると爽快だろ?」
「……うん!! 自由っていいね!! 私、もっとリョータロー君と遊びたい!!」
びしょ濡れになって、制服がぬれて下着が見えているのも気にしなかった。水をかけあい、少年に飛び乗ったり、水没して笑いあったり。日が暮れるまで、二人は時間を忘れて遊びつくした。
結局、帰る直前に見つかって、もれなく大説教をうけた。
でも、顔を真っ赤にして怒り散らす教師も、水にぬれて着心地の悪い制服も、ぬれた肌に当たる冷たい風も、二人だったらなんでも楽しく思える気がした。帰りながら見上げた月は、三日月形になって笑っていた。
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