第五章31 『エピソード・ゼロ《赤と黒》 少女』
学生にこそ見てほしい。そんな青春。
……思っていたのと違う。
自由を追い求める少年文月 涼太郎の思い描いていた反応と、一人席に座って読書をしている少女の反応とでは、大きな差があった。第一、涼太郎が少女を見るのは今日が初めてなので、彼女が話しかけるべき図書委員なのかわからない。
少女がもしも図書委員でなかったとしたら、彼女の対応にもうなずける。ただ涼太郎が一人で恥じているだけだ。
図書委員は昼休みと放課後に図書委員のカウンターで、図書の貸し出しに関する仕事がある。なのでいつもならば後ろのカウンターにいるはずなのだが、今日の図書室には彼女しかいなかった。
どちらにせよ段ボールの配達完了を伝えなければいけないので、もう一度赤毛の少女に声をかける。
「えっと……段ボール、ここでいいのか?」
はじめは声が聞こえていないのかと思ったが、再度呼びかけたことで、少女はぱちくりとまばたきをした。どうやらかなり集中して読書していたらしく、それによって涼太郎の声もシャットアウトされていたらしい。
少女は声の主である少年を見つけるやいなや、騒々しい音とともに立ち上がった。
「うひゃあっ!? ご、ごめんね、没頭しちゃってたから気づかなかった!! もしかして、段ボール運んできてくれたの?」
「もしかしなくても、そうだってさっきから言ってるだろ」
周りの音が聞こえなくなるなんてどれだけ読書が好きなんだと、涼太郎は半ば呆れていた。彼にとって読書は退屈な行為でしかなく、読むのは漫画だけだ。
彼女が読んでいたのは、薄汚れた紅い表紙の小説。活字の羅列を見ただけでめまいがしてくる彼のとって、少女は『かなりすごい人』というレッテルが張られた。
少女は赤髪をたなびかせながら、段ボールを開けて中身を確認する。涼太郎の推測通り、彼女は図書委員らしい。
「これで……最後っ。うん、全部そろってる!! ありがとう、えーと……君、名前は?」
「はぁ……? なんで名前教えなきゃいけねぇんだよ」
「だってお礼しなきゃだし……。こんな重いもの運んでくれたんだもん、たたえられて当然でしょ?」
「こんなん運んで祝福パレード開催されんなら、日本はいっつもお祭り騒ぎだろ……!! 俺はクソ担任のこまづかいにされただけで、第一こんなことで褒められてもうれしくねぇよ」
天然……というより、一般常識が備わっていなさそうな少女にきびすを返し、白い扉へと向かう。
担任のお使いでこんなことになった。
パッと思いついたので口にしたが、自分で言って腹が立つ。こんな事をしているうちに、遊べる時間は削られていく。学校という名の監獄を嫌う自分が学校側から出された依頼に足止めされた、結果自由時間を失うなどあってはならない。
息ができなくなる前にはやく外に──
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
「なんっ……なんだよ!! 今度は何だようるせぇなぁ!?」
退室まであと一メートルもないというところで、涼太郎の背中を少女の絶叫が殴りつけた。
発勁のように衝撃波が伝わって、内臓が一、二個飛び出るかと思ったほど。柄にもなく早く拍動する心臓をなだめながら、殺人級の大絶叫をかました少女に近づいていく。
もしや、入荷した本に不備があったのではないか? そうなったら、職員室まで行かなければいけない手間が……
「どこ読んでたのかわからなくなっちゃった……」
ズガン!! ギャグ漫画のビックリなほどの教本通りのズッコケ。
「そんなことでいちいち叫ぶなバカ…………ん? おい、ヒモはさんであるじゃねぇか」
「えっ……?」
涙目になって慌てふためいていた少女は動きを止め、涼太郎が指さした赤い本を見る。下にちょこっと飛び出た、『栞紐』と呼ばれる細い紐がこちらを覗いていた。
二人は顔を見合わせると、くすっと同時にふきだした。
「人騒がせなやつだな、お前」
「あはは……なんか、癖で挟んでたみたい……」
少女が天然というよりドジであるということをしっかり理解し、立ち上がる。もう一度扉に向かおうとすると、再度声がえりをつかんだ。ただし、今回は叫び声ではなく、元気で優しい少女らしい声だった。
「ねぇ、今度は名前教えてよ。さっきの段ボールより、こっちのほうでお礼がしたいから」
「…………涼太郎だ」
「リョータロー君だね!! リョータロー君、ありがとう!! そうだ、せっかくだし私の名前も教えるね。私は『エマ』。放課後はいつもここにいるから、よかったら遊びに来てね!!」
「……そうか。じゃ、気が向いたらまた来るわ」
お互いに自己紹介をすませると、涼太郎は振り向くことなく図書室を後にした。
エマ、と名乗った少女は、最後まで元気に手をふり、少年の背を見送るのだった。
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一週間前の気分が富士山の頂上だとしたら、今日の調子は地球の中心、マントルぐらいにまで没落してしまっている。
クラスメイトが騒がしく教室を出ていく中、涼太郎は一人窓の外をながめていた。というより、窓にへばりついている無数の雨つぶを観察していると言った方が正しい。
「夏は暑いイメージなのになんで雨が多いんだ」という、これまた屁理屈をこじらせたことを小声でつぶやく。雨が降ってしまっては、せっかくの自由時間が無くなってしまう。遊べないことはないが、移動の際ぬれると、水たまりのせいで遊び場が使えなくなるので、活動範囲が狭まるのだ。
こうなったら帰宅するのが一番だが、それすら面倒に思えてしまう。車も呼べない。
「…………やむまで待つか」
学校嫌いな彼にとってこれは苦渋の決断だった。校内では『出来損ない』で有名な問題児なので、放課後に教師に見つかれば、まちがいなく説教が始まる。特に教室は危ないと察知し、煙のごとく素早く別の場所へと移動した。
使われていない教室、男子トイレ、科学室、体育館など、とにかく口内をめぐるように散歩をして時間をつぶす。
驚いたのが、音楽室に寄った時、弟の歌澄を見かけたことだ。何やら美しい旋律が聞こえると重い足を運んだら、弟が優雅にピアノを弾いていたのだ。家ではよくヘッドホンをつけていたことから音楽好きなのかとは思っていたが、まさか楽器まで弾けるとは思わなかった。
涼太郎が見ていることに気づいていない様子だったので驚かそうとしたが、あまりにも気持ちよさそうに弾いていたので悪戯する気も失せた。
気づかれないよう、再び廊下を歩き始める。その中で、あとはどこを訪れていないか考えるのだった。
──放課後はいつもここにいるから、よかったら遊びに来てね!!
「…………しょうがねぇなぁ」
とは言いつつも、涼太郎の表情は少しだけほどけていた。彼は性格と態度ゆえに、校内に一人も友達と呼べる者がいない。ゆえに、こんな自分でも明るく接してくれたエマのことは、少し特別に思っている。
まだ一度しか話したことがないので友達と言えるかは怪しいが、とにかく今は暇を持て余している。どんな関係だろうが、このすきまを埋められる会話ができる人間となら、話したい気分だ。
図書室がある三階へとつながる唯一の階段を上る。一階、二階はまだ人の気配があったが、やはり使用頻度が少ないためか三階は物静かだ。サー……という雨の音も鮮明に聞こえてくる。
廊下の突き当りにある、少し古ぼけた白い扉。とってに手をかけてスライドさせると、紙類が放つ独特な空気感が、涼太郎を歓迎する。
本嫌いの彼も、自分がまさかもう一度ここに来ることになるとは思っていなかったようだ。エマからの誘いも、正直先程まで失念していた。それくらい、信じられないこと。
──やはり、部屋の奥にいた。一週間前と違うのは外の天気だけで、彼女が座っている場所、姿勢、本もなにもかも変わっていない。
「よぉ、エマ。暇だったから遊びに来た」
いたって普通に話しかけると、今日は一度目で反応してくれた──
「えぇと……誰だっけ?」
あからさまなズッコケ方も、変わっていなかった。
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