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第五章26 『新たな仲間、新たな日常、変わらぬテンション』

日常回!!楽しいなぁ!!

 この時期になると、学生時代の夏休みが恋しくなる。


 友達とどこかしらに遊びに行ったり、海水浴を楽しんだり、夏祭りで屋台をめぐったり。一か月以上もの休暇を与えられたことにより、新しいことに挑戦してみるなんてこともあった。



 ……まぁ、学生時代は正直言って地獄だった。友人を一人も持っていなかったので、今頭中にわいている輝かしい思い出には、楽しさを共有できる友はいないのだ。



「あれ、おかしいな……。楽しいはずなのに泣きたくなってきたぞ?」



 赤髪の編集者は一人、自室で朝のしたくをしながら絶望していた。もしも今みたいにたくさんの友や仲間がいれば、あの頃も華やかになったろうに。


 こうしてやりたいことをやれるようになったのは素直にうれしいが、二度とないスクールライフを捨てた後悔は、今後も引きずられていくのだろうと思う。



 どんよりとした空気の中、寝巻きを脱いでいく。と、ほんの少しの違和感が、依茉(えま)の思考に引っかかった。



「最近ちょっと動きづらいと思ったら……。またちょっと大きくなったかなぁ……」



 淡い桃色の下着に包み込まれた二つの果実は、以前よりもボリュームを増しているように感じられる。ドレッサーに上半身を映して見てみるが、外見にそこまで差はないようだ。しかしバストがきついのは事実。



「む~……。こんな脂肪のかたまりの何がいいんだい。わけられるものならとっくにわけてるよぅ」



 乳房と下着の間に手を忍ばせ、なんとかならないかと位置を調整する。無駄なあがきだと言わんばかりに、むにむにと豊かな感触で抵抗してくる。これからも苦悩は続きそうだ。




 男子にはわからないであろう苦しみを味わいながら、孤軍奮闘(こぐんふんとう)していると。




 ドタドタドタッ!! ドンガラガッシャーン!!!!




 という、爽やかな朝に似つかわしくない騒々しい音が扉の向こうから聞こえてきた。強盗にでも入られたのかと身構えていると、なじみのある声が──しかし、いつものような優しさは感じられない。




「新人くん!! 新人くん開けてください!! はやく開けてくれないとドアぶっ壊しますよ!!」


「ちょちょちょちょ!! ちょっと待ってくださいね、今開けま……」




 ひんやりとした金属製のノブに手をかけ、それと同時に鍵のつまみを回した。


 『それ』に気づいたときにはもう遅かった。冷や汗をかいた涼晴(すずはる)が、本当にドアを壊さんばかりのパワーで押し開けて入室してきた。




 ……なだれこむように、依茉(えま)を押し倒したのだ。()()姿()()()()()()()




「きゃああああああああああああああああああああああああああ!!!! 見ないでください見ないでくださいー!!!! セクハラですってばああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




 さすが、毘沙門天(びしゃもんてん)の愛弟子。修行でつちかった筋力をフルに発揮して、涼晴(すずはる)を押し返す。何か奇妙な悲鳴を上げながら、小説家はごろごろ転がっていく。



 再び乙女の柔肌を見られたら、次は必ず前歯を折る自信がある。大事に至らぬよう、ひとまずの応急処置としてタオルケットにくるまる。



「いきなり……何するんです……か……」


「こっちのセリフですよ!! 無理矢理乙女の寝室に入り込んで押し倒して、お……襲おうとするだなんて!! サイテーです!! えっち!! すけべ!! ちかん!! へんたい!! せくはらー!!」



 頭髪と同じくらい顔を真っ赤にして、枕やクッションをジャベリングスロー。突き飛ばされたのと壁に激突したのとで大きく体力を消耗した涼晴(すずはる)に、それらを完璧に防ぐことはできなかった。



「ご、誤解ですって!! 私はグレモリーから……ぐえっ!!」


「答えは聞いてないです!! 問答無用であの世行き……って、()()()()()?」




 涼晴(すずはる)が『禁忌全英書(きんきぜんえいしょ)』を手に入れた際、一緒に契約を結んだという悪魔、『グレモリー』。




 本来神々や悪魔などは実体を持たず、姿をもって現れることができるのは『裏社会(バックヤード)』だけだとされている。『七福神』などの限られた存在にしか使えない、『神人牽崇(しんじんけんしゅう)』という術で現実世界に来ることはできるが、本来の力は行使できない。



 グレモリーは涼晴(すずはる)と契約して心臓を共有したことで、現実世界にも顕現(けんげん)することが可能となった。



 寿老人(じゅろうじん)福禄寿(ふくろくじゅ)をはじめ、『七福神』からさんざん契約破棄(けいやくはき)しろと言われたが、小説家は「約束があるから」と言って、契約を続行した。




 それを後悔するようなことが、今起こっているのだろう。投てきをやめて少したつと、(くだん)の悪魔がひょっこり顔を出した。




「みぃ~つけた♡ なんで逃げるのかしらねぇ……困った主人だわ。で~も、そんなところがかわいいわぁ♡ アナタに愛されるための試練ってことよね!! じゃあ、ここで終わりにしましょ?」


「お、終わりって……?」


「わかってるくせにぃ~♡ き・せ・い・じ・じ・つ……レッツ、子作りタァァァァァイム!!!!」




 瞳の奥をうっとりとハートマークにしたグレモリーは、獲物を捕らえようとするジャガーのようにとびかかる。彼女の発言・行動を受けて、今の今までほほえましいケンカをしていた二人は手を取り合った。


 涼晴(すずはる)めがけて飛んでくる軌道は読めている。弓のように腕を引き絞り──




「「なぁぁに、言ってるんですかあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」




 二人に殴り飛ばされたグレモリーが目を回したところで、今日も一日が始まる。


~~~



「本っっっっっっっっっっ当に!! ごめん!!!!」



 忙しいのには慣れている。もはや世間一般的に言われている『忙しい』が、普通と化しているくらいだ。ただ、その『忙しい』は仕事に対しての『忙しい』であり、『性欲モンスター』と『実弟(じってい)の謝罪』は含まれていない。



 涼晴(すずはる)依茉(えま)からしてみれば、こっちのほうが面倒だ。



「頭上げてくださいって何度も言ってるじゃないですか。もう済んだことなんですから、水に流せばいいんですよ」


「兄ちゃんがよくても、僕がダメなんだよ!! 伊邪那美(イザナミ)に操られていなくても、兄ちゃんに対して言ったことは、全部本当に思ってたことなんだ!! 煮るなり焼くなり好きにしてくれ!!」




 創造神『伊邪那美命(イザナミノミコト)』に操られていた涼晴(すずはる)の弟、文月(ふづき) 歌澄(かすみ)。完全に倒しきれたわけではないらしいが、伊邪那美(イザナミ)をしりぞけたことにより、洗脳状態が解けたらしい。



 後日──つまり今日事務所に来てすぐに、ひたいを床にこすりつけた。彼のオーバーな謝罪にも驚いた依茉(えま)だったが、一番驚いたのは歌澄(かすみ)の性格だった。



 『裏社会(バックヤード)』では某世紀末漫画のヤンキーみたいな言動だったが、こっちではまぁ涼晴(すずはる)に似てるのなんの。顔面偏差値は同じく高いが、涼晴より男らしさがあり、頭髪もいたって普通の長さで金に染めている。


 チャラチャラした印象を受けるが、一人称が『僕』だったり礼儀正しかったりと、ギャップがすごい。



「じゃあ、これからは自分のやりたい音楽で頑張ってください」


「え……?」


「ずっと聴かせてもらってましたが、歌澄にはバラード似合いませんよ。だから、『裏社会(バックヤード)』で叫んでいる姿を見て、本当の歌澄(かすみ)を知れた気がしたんです。もう一度言いますよ? バラードやめて、ロックで勝負しなさい。それだけで十分です」


「ほんと……優しすぎるよ、兄ちゃんは……」



 実の弟相手でも敬語なんだなぁ……と考えながら、仲むつまじいイケメン兄弟をながめる。



 依茉(えま)は一人っ子なので、正直こういうやり取りに憧れる。しかしまぁ、愛絵(あいえ)は一つ上でお姉さん気質なので、実質姉妹みたいなものか。そんないに似てないけど。



 と、穏やかな雰囲気が流れる事務所内に、クソビッチな悪魔がやってくる。



「あら、弟君じゃな~い。涼晴(すずはる)とよく似てるわぁ~♡」


「手ぇ出したらただじゃおきませんよ。次は包丁にしましょうか」


「いいわっ!! それがアナタの愛なら、全身で受け止めてあげるっ!!」


「わかりました、()いできますね」


「ゴメンナサイチョウシノリマシタ……」




 ワークチェアから立ち上がって、至って冷静な顔つきでキッチンへ向かおうとする。心臓を持っていることから恐怖心が働いたのか、さすがに反省して引き止める。


 この様子だと、昨夜も大変だったのだろう。何もないといいのだが……いや、グレモリーのことだ、もしかしたら寝ている間にあんなことやこんなことをしているかもしれない……!!



依茉(えま)!! 依茉(えま)!! ワ、ワタシと買い物行きましょ!?  こっちの世界の新しいショッピングに憧れてたのー!!」



 物思いにふけっていると、突然腕をからめられ、引きずられるようにして玄関へと移動する。



「え……えぇえぇー!! ま、待ってください!! 私仕事が」




 バタン!!




「逃げましたね……」

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