第五章25 『悪魔と英雄、ほくそ笑む巨悪』
ではではでーは!!
遊女姿の神が吐き出した煙は、一向に消える気配がない。消滅するどころか、まるで意志を持っているかのように躍動している。
薄灰色の煙が地に着くと、期待から液体──液体から固体へと変態していった。見慣れた、どぶ川のような汚らしい肌の色。中には墨汁を被ったように真っ黒なものまでいる。『低級』、『中級』、『上級』そして、『超級』までもが召喚されたようだ。
「そう簡単にはやられねえでありんすよ? くたばるのは君たちの方でありんす」
キセルを指揮棒のようにふると、『負』の群れは雄叫びを上げて走行する。指揮官である伊邪那美は余裕綽々といった調子で腕を組み、進軍していく黒い波を見下ろしていた。
彼女はそれでオールオーケーだと思っているらしいが、涼晴とグレモリーからすれば、『負』の群れなど今や恐れるものではなかった。もう一行、彼は読み進める。
「『序文:第二項 『救いの光』降り注ぐ地に、邪悪は栄えぬ。邪なるものは、天の矢によって焼き払われるであろう』」
依茉たちの傷が完全に癒えたとたん、彼の言葉に引き寄せられるように、『救いの光』は同じく『負』を照らす。すると、苛烈な勢いで進軍をしていた彼らの動きが止まる。
あたかもメデューサと目を合わせたように、身体が石になったのだ。とたん光は矢の形になり──光の矢が降り注いだ場所に残るのは、灰。
「貴女は、重大な勘違いをしているようですね。私たちに勝つ、ですって? できもしないようなことを言わないでください」
「『七福神』が、どうして『禁忌全英書』を封印したと思う? この本の力だけで、神々が滅びかねないからよ」
この世の叡智を集約し、一文字一文字、一文一文に何かしらの絶大な力を有する、『禁忌全英書』。悪用されれば、『裏社会』はおろか現実世界までもが破壊されてしまう。それが危惧されたからこそ、『七福神』が動いたのだ。
人間に扱える代物ではない。必ず『禁忌』の力に飲まれてしまう。懸念事項は、挙げだしたらキリがないほどある。だのにこうして涼晴が本の力を行使する姿を見て止めようとしないのは、彼ならば大丈夫だという信頼があり、ここに至るまでに起きたあらゆる奇跡を目の当たりにしたからだ。
『言葉を紡ぐ者』が不安定な才能だったこと。不安定さをならすため、『禁忌全英書』の一部を使用したこと。結果、それが涼晴の体になじんだこと。彼の周りに素晴らしい仲間がいたこと。彼が仲間を信じていたこと。グレモリーと契約することで、『禁忌全英書』を扱う負担が半減されていること。
そして何より──悪魔であるグレモリーを、仲間として受け入れたこと。
「『第七百十二章:聖邪は相容れない。ゆえに、『白黒の双剣』を扱えるものこそ、真の強者である』」
光は白と黒の雷となり、小説家の手にそれぞれが収まる。細長く引き伸ばされて金属光沢を放つそれは、『双剣』。美術品のような曲線と、神々しい共通の金装飾。
自然におろして大地を踏み歩く姿はまさに、正義と邪悪を束ねる者。
「いきますよ、グレモリー!!」
「えぇ、涼晴!!」
白と黒。二色の閃光はらせん状に姿を変え、遊女に牙をむく。双剣とキセルがうちあわされ、ドームが爆発したときと同様に衝撃波が発生する。両者離れると、何度も得物が打ち合わされた。
流石は創造神。一対二の劣勢でも、一歩も引けを取らない。剣とキセルでは間違いなく前者は強力であろうが、彼女は幾度となく受け流す。しかし、それで心が折れる英雄ではない。
「ツェアアッ!!」 「ハァアアッ!!」
ザシュッッ!!
──まずは、一撃。踏み込んだ足にかかる体重に体をひねる。流線形に白い刃が舞う。鋭利なきっさきが着物を引き裂き、その内側に秘められた白い肌を赤く染める。
それと同時に宙を舞うのは──左手に握られていたはずの黒剣。別段相棒の位置を確認することもなく放り出されたが、悪魔はノールックでそれをキャッチ。同じ軌道で黒い斬撃を放つ。
戦の神である毘沙門天も、彼らのコンビネーションには感嘆した。長年付き合った相棒のような、すさまじく息の合った剣撃に、息をのむことしかできない。弟子の成長に、自然と涙する。
序盤こそ拮抗していたが、彼らの舞うように交差する攻撃の前に、伊邪那美は対処できなくなっていった。秒単位で傷がつけられ、愛用しているキセルさえも粉々にされてしまう。
「ク……クク!! おもしろうござりんす!! あちきの素肌に傷をつけるとは!!」
目を見開くと、それが引き金となったかのように両手に紫炎が宿った。まがまがしく揺らめく炎は次第に一つの渦となり、彼女の背後でうねり始める。
「『黄泉業誘勧扉』!!」
あろうことか、紫炎の渦は周りの物体を、所かまわず吸い込んでいく。まさしくブラックホールという名が似合うが、名前からして黄泉送りにされているのだろう。
涼晴たちも、あらがえない引力に耐えかね、地面ごと彼女に引き寄せられていく。うろたえ、動揺し、どうしたものかと苦悶の表情を浮かべる小説家に対して、悪魔は笑みを浮かべた。
「それをッ……待ってたわ!!」
宙に投げ出されたが、彼女の狙いは外れない。てのひらから黒い球体が放出され、またたく間に紫炎へと吸い込まれてしまった。そしてグレモリーが指を鳴らすと。何もなかったかのように、黄泉の国へとつながる扉が消滅したのである。
「何をしんした!?」
「何千年と封印されているのもね、やっぱり暇なのよ。ワタシも時間の流れと共に、『禁忌全英書』と一体化したの。そして、それは今もよ。アナタの力に、『破壊』の叡智を流し込ませてもらったわ」
暴風がやんだのに滞空しているのは、彼女が単に浮遊できるからだろう。主である涼晴にも術をかけ、共に伊邪那美を見下ろす。
「準備はいい、涼晴?」
「もちろんです、グレモリー!!」
一気に加速し、斜め四十五度から突進していく。再び『黄泉業誘勧扉』を展開しようと紫炎をまとった伊邪那美だったが、判断を誤った。彼らの迫りくる速度を、甘く見ていた。
「「『閃光斬撃劇・白黒』!!」」
両者が振るう剣は十字に交差され、伊邪那美の体を容赦なく切断した。
バラバラになったというのに、伊邪那美は哄笑しながら、不穏なことを口にするのだった……
「あちきは……ただの前座でありんす……!! いずれ世界は黄泉の国となりんす……!! 楽しみにしていてておくんなんし……!!」
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「よぉ~やく、覚醒したか。予定は狂ったが、まぁいいだろう」
「どちらにせよ、須黒様の勝利は決まっているようなものです」
「ねーねー、須黒様ー。文月 涼晴とはいつ決着着けるの~?」
長らく静観を決め込んできた、須黒率いる『闇企業』のメンバーたちは、身をひそめながら文月 涼晴を見下ろす。
ついに伊邪那美を倒し──厳密には倒せていないようだったが──、眠り続けていた弟を介抱している。その後仲間たちにとりかこまれ、胴上げをされている。
ほほえましい祝福を眺める悪意の帝王は、悪だくみをするようにほくそ笑んだ。
「そう焦る必要はない。『裏社会』に、涼晴の情報が出回るのを待った方がいい。そのほうが……民の期待が裏切られる。ヌハハ……楽しくなってきた!! お前たちも準備にとりかかれ!!」
「「はっ!!」」
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……文月 涼晴はついに、『禁忌全英書』を手に入れた。さらにソロモン72柱の悪魔56柱、グレモリーとの契約も果たした。
この決断が、世に光をもたらすか。それとも影を落とすか。しかし今はそんな心配をする時ではない。大げさな気もするが、仲間たちからの胴上げに、身も心も任せるのだった。
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