第五章23 『響く想いと本当の愛 ~Deal~』
雰囲気が大切。ではでは。
深く……深く……深く……。
息もできなくなって、身体は動かない。海底へと沈んでいくような永い絶望が、全身をくまなく包み込む。実際は海なんていう綺麗なものはどこにもない。涼晴を取り囲んでいるのは、赤紫色をした無数の触手。
一本一本が生きているように独立して動くため、逃れることはできない。今の彼には、その『逃げる』という気持ちさえも、生まれてはこなかった。
隣でずっと耳奥を舐め続けてくるグレモリーに、吸収される。それがもしかしたらいい選択なのかもしれないと思い始めっているのだ。
もう……どうにもならない。悪魔と契約したことで、『三百十三回の悲劇』を実際この身で受けることになるのならば。仮に外で起きている事案を解決できたとして、明るい未来が訪れるとは限らない。
この身で経験してはいないが、あのような悲劇だって起こりうるのだ。ならば、何もかも忘れたらいい。逃げればいい。何も感じなければ、悲しむことも苦しむこともないのだから。
「あっ……………………あっ……………………あっ……………………あっ……………………あっ……………………」
「もうすぐよ……もうすぐ、ワタシとひとつになれるわ……。完全に一体化する前に、もっと気持ちいいこと、してあげる……♡」
うっとりした声でささやくグレモリー。その言葉と共に手が動き、涼晴の体を上から下へとなぞっていく。下腹部あたりで手を止めると、じらすように、わざとらしくゆったりとなではじめる。
「こういうのはムードが大切だものね。いきなりいじられたんじゃ、アナタも驚いちゃうわよね……♡」
首元に唇を合わせると、思い切り吸い付く。舌を動かして首筋を刺激していく。涼晴は声も出さずにただ痙攣するのだった。
とけゆく小説家と、飲み込む悪魔。二人はまぐわい、物語にも終止符がうたれる──。
先生ッッッ!!!!
雷……そう表すのが適切だろうか。とにかくその音は、滑落しかけていた涼晴の意識を押し戻したのだった。目にも若干だが光が戻って、かろうじて生きている人間の顔つきにまで変化した。
心のうちで、永遠に反響し続ける声が、彼に再び生きる希望を呼び覚ましたのだ。ズボンの中に手を入り込ませて、淫行を止めようとしないグレモリーには聞こえなかったらしい。気にしていないのかもしれないが、これは千載一遇千載一遇のチャンス。この機を逃せば、次はない。
「………………………………ま……………………だ………………」
無理に喉へと流し込まれた触手の粘液が、発声を邪魔してくる。だが、涼晴が諦めることはない。
あの声──金鞠 依茉が、諦めていないうちは……!!
「あ……き、らめ……るか…………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッッ!!!!」
深淵に沈みかけていた意識が、完全に魂に返却された。そうだ、まだ死ぬわけにはいかない。大切な人たちが、自分の帰りを待っている。弟が、助けてくれと叫んでいる。反抗する理由はそれだけで十分。絶望にあらがうことで、生きていく──!!
ブチィィッ!!
四肢にからみついていた触手を引きちぎり、湧き出して止まらない力のまま、前方へと大きく跳躍する。グレモリーの支配から逃れた涼晴を追いかける触手は一つもなかった。
意識が戻ったとはいえ、身体に力が入るわけではない。受け身も取らずに、勢いに任せて無様に地を転がっていき、ドームの壁へともたれかかった。吸収できると思い込んでいたグレモリーは、見るからに動揺していた。
「なんで……? なんでよ……なんでなのよっ!?」
ピキ、ピキとこめかみ辺りがひきつり、妙な音を立てる。上半身の衣服がはだけているのも気に留めず、逃げ出した涼晴に言葉を投げる。
壁にもたれ、何度も倒れそうになりながらも立ち上がり、涼晴は不敵な笑みを浮かべた。
「貴女には……きっと、聞こえていないのでしょう? 私が背を預けているこの壁の向こうから……呼ばれたんですよ。しかも、壊せないってわかっているのに、諦めずに拳をふるってるんですよ。私の担当編集が折れてないっていうのに、私が諦めてどうするって言うんですか。声にこたえてこそ、仕事はやりがいがあるんですよ……!!」
失われていた活力が戻ってきたようで、小説家は丸めていた背を伸ばしていく。その背いっぱいに──依茉の声と拳を受けているようだ。キッ、と柳眉を立てて悪魔をにらみつけると、彼女は次第に顔をゆがませ、黒い涙をこぼした。
まるで最愛の夫を亡くした妻のような、はてなく続く絶望の影がかかった表情だ。
「あぁ……アナタも、そうなのね……。分かってはいたのよ、アナタには大切な人が……ワタシよりも大切な人がいるってこと……。でも……それじゃ嫌なの。お願いよ……そんな目で……そんな目でワタシを見ないで……!!」
過去の情景と、今の涼晴が重なり合う。グレモリーを邪険に扱うような、憎悪が込められた鋭利な眼光。主人に近づけば近づくほど、逆に距離が遠くなる。
ただ……愛したいだけなのに。愛されたいだけなのに。どうしてわかってくれないのだ? 自分に非があるのは、もちろん理解している。でも……『悪魔』だからという理由だけで、『愛』は与えられないものなのか……? 純粋に……アナタのことが愛おしいだけなのに……
──思いあがるな、悪魔ふぜいが!! お前はただの道具なんだよ!!
「涼晴……アナタもなんでしょ!? アナタもワタシのことを道具だとしか思っていないんでしょ!? ワタシと契約した人間は皆、ワタシじゃなくてワタシの『力』にしか興味を示さなかった!!」
「グレモリーの、力……?」
悪魔には、個別に異なる力がある。
たとえば金運を上げる力を持つ悪魔と契約すれば、契約者にもその力が与えられるのだ。グレモリーの能力は、三つ。
一つは『過去・現在・未来のすべてを伝える』・二つ目が『隠された財宝のありかを教える』。そして『女性からの愛』。
悪魔を召喚する機械など、普通に生活していればまずない。ならばなぜ人は、悪魔を呼び出すのか。それはひとえに、『能力の獲得』を目的に置いているからだ。
人に力を与えることが悪魔のつとめ。分かっていても、長く付き合っていれば必ずと言っていいほど、好意は生まれる。悪魔だから、という理由だけで、その素晴らしき感情を押し殺さなければならないのか?
「みんな……みんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんなみんな、みぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃんな!!!! 誰一人としてワタシを愛してはくれなかった!! ワタシにも……愛がほしい……。そう思ったら、つかんで離さなければいいって気づいたの……。だって……アナタもすぐにいなくなっちゃうんでしょ……?」
全貌が明かされたわけではない。だがおそらく、あの時涼晴に流し込まれた『偽りの過去』というのは、かつてグレモリーと契約した者たちの末路を描いたものなのだろう。彼女の愛を拒絶したから、彼女が怒りのままに、契約者に災いをもたらしたのだ。
悲惨すぎる過去……。彼女は二度と、愛を知ることはできない──
「なんだ、そんなことですか」
涼晴の能力、『雰囲気破壊』が発動された。落ち込んでいた空気が元通りになると、涼晴はグレモリーの前までトコトコ歩いていった。
「最初から言ってくださいよ。私は別に、貴女のことを道具だとは思いません。私の目的を果たすために、協力してもらおうとしているだけです」
「………………………………本当? うそ、よね……? だって……ワタシは悪魔で、涼晴はニンゲンで……!!」
「悪魔も人間も関係ないですよ。私の事を愛してくれるのなら、私もそれに見合った愛を与えます。心臓だって、好きに使ってください。貴女が潰さないことは分かってますから」
「ワタシを……愛して、くれるの……?」
「はい、もちろんです。だって……契約って、そういうものでしょう?」
「……………………………………………………大好き!!!!!!!!」
ピシ…………!! ピシ…………バリィィィ…………ン………………!!!!
グレモリーの『心の殻』と化していた封印のドームは、二人が固く手を握った瞬間に崩壊した。
巻き起こった砂塵と風邪を切り裂くように、『白』と『黒』の声が『裏社会』にとどろいた。
「「さぁ、世界を書き換えましょう!!!!!!!!」」
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