第五章21 『烈火の想いを拳に乗せて ~Dear My Hero~』
先生を助けろ!!
依茉に阿修羅が憑依したことにより、戦況は一気に好転した。チャンスはここしかないと踏んだ司令塔の寿老人は、軍団を一コマ進める指示を出した。
阿修羅はかつて、自身の溢れんばかりの強大な力をもって、『裏社会』を暴れまわっていた。身ぐるみをはがれるというわけではないが、『七福神』によって防具を引きはがされ、個別に意識を封印されたのだ。
『腕』、『脚』、『胸』、『冠』の四つ。依茉が呼び起こした『阿修羅の腕』だけでも、こうやって『負』を軽く蹴散らせるほどの力を秘めている。
「阿修羅……また暴れなええけど」
「心配……。でも……いなかったら、きっと…………全滅。封印の中で…………改心したか……エマちゃんの影響だと思う……」
「弁財天の言うとおり、数百年前の奴ならば、おそらく金鞠 依茉の体をいいように使っていたことだろう。金鞠 依茉がどれだけ純粋な心の持ち主なのかが、改めてよくわかった」
当の阿修羅はずっと、毘沙門天としょうもない口ゲンカをしながら戦闘を続けていた。
バカだのアホだの貧乳だのまな板だの絶壁だの。見る限り数百年前、封印されていないときでもこんな調子だったのかもしれない。というかいつまで胸の話を続けるつもりなのだろう。
しかし、皆の尽力あって数十万といた『負』の三分の二が消滅したとき。阿修羅は不意に動きを止めるのだった。
「『あー……。ここまで来たが、どうやら限界らしい』」
「まさか……エマの身体が……!?」
「『心配するな、死にはしない。ちょっと疲労は残るだろうが、そこはお前の実力を見越して、守ってもらうことにするわ。じゃあな、腐れ貧乳』」
なにー!! と、再びかみつこうとしたが──空耳だろうか、あとは頼んだぞという声が聞こえた気がして、怒りが収まった。そして、今まで阿修羅が憑依していた器である依茉の体を、そっと支えてやる。
「大丈夫か? わかるか、エマ」
しばし両目を閉じていたので不安が脳裏をよぎったが、毘沙門天が優しくたずねると、彼女は元気な笑顔を見せるのだった。阿修羅が憑いていた疲れなど、感じさせないくらい。
「はい!! ところで……師匠と阿修羅はなんで戦闘中にむ、胸の話をしてたんです……?」
「……は!? おま……聞こえてたのか!?」
赤髪のOLは、こくりとうなずく。どうやら本当らしい。こういう時は普通、憑依されているときの記憶はないものだとばかり思っていたのだが、依茉は毘沙門天がAAAカップであることを記憶していた。
……傷つくだろうから、特に口にはしなかったが。
阿修羅に体の主導権を握らせたとき、依茉は自分の意識と阿修羅の意識が、一つの線で結ばれていくのを感じたという。その感覚は、初めて『阿修羅の腕』を装着したときの熱感に酷似していたらしいが、どこか温かく、懐かしさも感じたらしい。
しかし、不思議だ。彼女は涼晴と出会わなかったら『裏社会』の存在すらも知らなかったというのに、神との接続に追想するような表情を見せるとは。
そも、『腕』をつけることも、阿修羅の意識を器に流し込むことも、普通の人間にはできないのだ。
これは『七福神』の一角をになう毘沙門天だからこそ言えることなのだが、仮に涼晴などの『才能人』であったとしても、神の意識を受け止めることは不可能である。
現実に存在している人間が、あいまいで不定形な存在である神を身に宿そうとすると、必ず理性を失う。圧倒的な神通力を前にして、耐えることなどできないからだ。
だからこそ、『七福神』の皆々は、金鞠 依茉という存在が不思議で仕方ない。
はるか遠い未来、彼女がいれば現実世界と『裏社会』がつながる日もそう遠くないかもしれない。
……吐き気をもよおすほど大量にいた『負』もかなり減少し、ほっと胸をなでおろしたのもつかの間。
グギョルルルッ!! ギョル、ギョギョルゥッ!!
粘性の物体が力強くこすれあわされるような、グロテスクな音が背を突き刺した。談笑を中断して振り返ると……光のドームから、黒い粘液があふれ出ているではないか。
それと同時に、内臓にまで響くほどの衝撃波が放たれ、敵味方関係なく強襲を開始する。
「…………助け、なくちゃ!!」
「さすが、私ちゃんの弟子だ。心構えがしっかりしてきたな。だが……具体的にはどうするつもりだ。並大抵の攻撃では、あの封印の光を破壊することはできないぞ」
ドクン!! ドクン!! と、まるで生きているかのように拍動するドーム。
……あの中に、涼晴はいる。きっと生きている。依茉たちが信じている限り、あの英雄は同じく命を諦めることなんてない──
「あれ……? 打騎さんは……?」
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まぁ、不安ではないと言ったら、自分に嘘をついていることになる。
だが、手術中は外界の不必要なものに対する思考はご法度。ゆえに『裏社会』で遭遇した事態の事すらも、一時的に忘却していた。
──たった一つ、沙百合の微妙な笑顔を除いて。
彼女が今生きていられないのは、間違いなく彼──猪切 蓮司のメスが、病を断ち切れなかったから。
何度手術室で患者の腹を開こうが、後悔は素早く首元に鎌を突き立ててくる。
「死神が死神に命を取られる、か……。皮肉なものだな……」
ロッカーを開け、ゴム手袋を外していく。二、三十代の頃よりも間違いなく増えた手のしわが、彼に何かを伝えようとしていた。蓮司はそれすらも払拭するように、すぐに着替えを済ませ、いつもの白衣に腕を通す。
これからまた診察があったりと、休んでいる暇はない。こんなにも多忙な日々というのは、もう何十年も前に慣れた。
だが、男性用更衣室から出ようとしたとき、見覚えのある男──医療関係者ではない──が入ってくることなど、前代未聞のことだった。
「…………投野、打騎か」
「はっ……変装してんのによくわかったなぁ。これ、案外バレやすいのかねぇ」
「俺は一度見た顔は忘れん」
現実世界でも『裏社会』でもかなり名をはせている野球選手は、どうやら走ってきたようで息を切らしていた。
しかし、もよりの『扉』からこの総合病院まではそこまで距離があるわけではない。おそらく、『裏社会』にて大きく体力を消耗してきたのだろう。
「何の用だ」
「顔、忘れねぇなら思い出せるよな。涼晴を助けるためだ、力を貸してほしい」
涼晴……あぁ、あの小説家の若造か。
投野 打騎の必死の形相から察するに、あの後に何かがあったのだろう。そうでなければ、『才能人』中最強の実力を持つ蓮司に助けをこうなどしないだろうから。
「あの若造を助けて、俺に何の得がある。診察が控えてるんだ、お前たちに付き合っている暇はない」
メガネのブリッジを指で押し上げてから、肩をすかすようにして更衣室を出る。相変わらず他人と関わろうとしない、氷のような冷ややかさ。くしゃくしゃと白髪をかいてオールバックに直す──
ダアァァ………………ァァァン………………!!!!
その時。何かを、思いっきりたたきつけたような音が薄暗い病院の廊下いっぱいに響き渡った。蓮司は、なんとなく『漢』のした行動が、振り返らずともわかってしまった。
ひたいを白い廊下にたたきつけての、豪快な土下座。若干迷惑そうに肩から覗いてみると、だくだくと血液があふれ出て、打騎の前は真っ赤になっていた。
「…………『それ』で、全てどうにかなると思っている人間が、俺は一番嫌いだ」
「どうにかなるとは思わねぇ。自分でも、みっともねぇって思ってる。でもよ、あんたが動いてくれなかったとしても…………オレが、友を思う気持ちの大きさを表すものにはなるだろ……ッ!! 友の心が青臭いと書いて、友情だって、それがどうした!! オレは……涼晴を信じてる!!」
一瞬の涼しげな静寂が訪れたが、蓮司はそれすらも構わず切り裂くのだった。
「くだらん……。やはり、お前たちは俺の性に合わんようだ。…………だが、賭けてみる気にはなった。『十分』だ。十分耐えられたら、俺も向かう。死んでも骨を拾うつもりはないからな」
同時刻──『裏社会』。
「阿修羅と意識をつないだ時の、あの感覚を増大させて打ち込めば……きっと、先生にも届くはず!!」
ぎゅっと拳を握りこむ勇気に満ち溢れた依茉に反して、周りの仲間たちは、彼女の提案した作戦というものに心底不安を覚えているようだった。
阿修羅と意識をつなげたのは、依茉と阿修羅の『感情』が同一の物へと変化したからだ。先程は一人と一体の神だけのことだったが、今や三人と七体の神にまでスケールが広がった。
分かるとは思うが、人間側にも神側にも相当な負担がかかる。
つまりは皆の感情を一つにし、阿修羅の力を介して炎に変えて、ドームに打ち込むというのだ。
「ほ、本当に大丈夫なのよね、依茉!?」
「怖気づいている場合じゃありません。こうしているうちにも、先生は苦しんでいるかもしれないんです……。だからこそ!! 皆さんの力を貸してくださいませんか!!」
彼女の必死の訴えに賛同したのは、遅れて参上した二人の男もだった。
「十分とは言ったが……まさかずっと現実世界にいるとは……」
「どこって言わないあんたの責任だ、オレは悪くねぇ。それに、オレは仲間を信じてたからな。……新人ちゃん、オレたちも協力するぜ。涼晴を助け出したいのは、新人ちゃんだけじゃあねぇからな」
『感情の戦士』である『才能人』と、『一般人』。そして『裏社会』を統治する絶対権力、『七福神』までもが手を合わせた。
我らが英雄、文月 涼晴の救出はすぐそこだ。烈火をまとい、依茉は拳を打ち込んでいく──!!
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