第五章20 『《過去》を練り歩け 曇り空に舞うは血飛沫』
引き続き。ではでは。
「あ゛あああああああああああッッッッ!!!!」
喉が焼き切れんほどの塊となって、絶叫が発せられた。目を覚ました直後、辺りを見渡す。
依茉の遺体も薄暗い部屋も、ひとけのない路地裏も自分の死体も見当たらなかった。だが間違いなく『あの記憶』は脳に刷り込まれている。まるであのようなことを、本当に体験したかのような──
「おはよう、涼晴」
暗闇の中から、グレモリーが現れる。コツ、コツとかかとを鳴らして歩み寄ると、口を押えて吐き気を抑制している涼晴のもとへしゃがみこんだ。
赤く長い舌を出して彼の首筋を舐めあげ、さらにチロチロと耳のふちを舐め始める。
「貴女……何を……っ!!」
「言ったでしょ? テストだって。まだまだ……これからよ……♡」
じゅるるるるっ……!!
ひときわ強く、耳に吸い付く。すると小説家は魂を抜き取られたかのように、再び気を失ってしまうのだった。グレモリーはより一層発情したように目をとろけさせ、ひたすらに彼の体のいたるところを舐めつくしていく。
「もっともっと……もぉぉぉぉぉぉぉぉっと、壊してあげる……♡」
触手のベッドに寝かされた小説家のひたいに、一つ口づけをする。魔法陣が展開され、自ら傷つけた左手首から血液を注ぐ。これでグレモリーは涼晴に、『偽りの過去』を見せることができるのだ。
『金鞠 依茉の死』も含め、彼女が彼に見せた『偽りの過去』は──合計で三百十三回。その中から、もう一つほど凄惨なものを紹介しよう……
~~~
雨風をしのぐ家はない。服は今着ている、黄ばんで汚れきったシャツしかない。食べる物もなければ、それらをそろえる金もない。だから彼の寝床はいつも、街のゴミ捨て場。
地位的な観点から見ても、それがお似合いだと自分でも思っている。毎朝彼を起こしてくれるのは、カラスかごみ収集業者。どちらにせよクチバシ攻撃か足蹴りによる乱暴なおこしかたなので、朝を迎えるたびに体には傷がつけられた。
いっそのこと、死んだ方がマシ。
そう考えない日はなかった。カラスと同じようにゴミ袋をあさっては生ごみを食べることで、何とか食いつないでいる。正直、空しいだけで空腹は満たされない。
こんな姿を人に見せることはできないので、街には出歩かないようにしている。普段は治安が悪そうなボロボロの公園で、一人静かに暮らしている。
空腹が体を襲えば再びゴミ捨て場に戻り、何か食べられるものはないかあさり始める。その繰り返しだ。
「死にたい……」
もはや口癖になりつつある、死にたいという『自殺願望』。傷が一つ増えるたび、『死』が近づく足音が聞こえる。こんな生活を続けていたらいずれ衰弱死するのだろうが、涼晴はなぜか自ら死のうとしない。
人間というプライドを捨てほぼ動物と同じ位にまで成り下がったという時点で、今後真っ当な暮らしを獲得できる保証はない。廃棄物を食べ続けていたら、いつ重大な病気を発症するかもわからない。すでに手遅れだろうが。
小説家になるという夢は、叶うはずがなかった。どれだけ努力を重ねても、業界は彼を受け入れてはくれなかった。何度も何度も持ち込みをしたが、幾度となく立ち向かっていく中で、心がぺっきりと折れてしまったのだ。
「夢なんて……見なきゃよかった……」
一つの目標に向かって努力することは、今でも楽しかったと思える。ただ、その努力が実を結ぶかどうかはまた別の話。それ以外で努力に感謝して、何の意味がある?
世間には『夢を追う者』を応援するような言葉がいたるところに散らばっている。どうせあんなものは、成功した人間の持論というだけで、必ずしも他人に当てはまるものではないのだ。
それを信じて突き進んだから、痛い目を見たのかもしれない。
「…………喉、乾いたな」
冷たい目を浴びせられずに生活できる公園は、涼晴にとって唯一安心できる家のようなものだ。人が寄り付かなさそうな寂れたところなので、たとえ勝手にくたばっても気づかれないだろう。
しかし最低限水道は通っているらしく、今の彼には錆が混じっていようがなんだろうが、ありがたいことこの上ない。
……鉄味の水を飲んでいると、誰か数人が歩いてくる音が耳に入った。先述したとおり、付近は人通りがほぼないに等しいので、彼は大層驚いた。
見つかったらどうせ笑われたり、しいたげられたりするので隠れようとしたが──
「お。なーんか小汚い兄ちゃんいるじゃん。何してんのー?」
「うわー、傷だらけじゃん。かわいそー」
「…………ぁ?」
男性二人はどういうわけか、涼晴を見ても逃げ出したりはしない。それどころか、彼の容姿を軽くいじるくらいで、どこか友好的に接してくるのだった。
今までずっとさまたげられてきたので、彼らがどういった人であれうまく反応できなかった。
「ホームレスってヤツ? 俺らでよかったら、部屋貸すけど」
「俺たち兄ちゃんみたいな人を助けて回ってんのよな。一応条件はあるんだけど、悪い話じゃないんじゃね? ここよりマシっしょ」
こんなにも、うまい話はない。
もうゴミをあさらなくてもいいのか? もうカラスと生ごみの取り合いをしなくてもいいのか? ごみ収集業者に蹴飛ばされなくてもいいのか? こんな廃れた公園で過ごさなくてもいいのか? 安心して眠れるようになるのか?
涼晴は希望の光に照らされて、男二人についていくのだった。
~~~
──気づいたときには、またゴミ捨て場で横になっていた。
状況は……今までよりも悪化していた。
一着しかない小汚い服はビリビリに引き裂かれ、ついに衣服からぼろ布へと退化してしまっている。全身の傷は治るわけもなく、むしろ赤黒いあざが大量に追加されていた。
涼晴と接触した男二人は、彼に救いの手を差し出すことなどなかった。家に連れ込んだ瞬間に一変し、涼晴をベッドに押し倒した──身体をもてあそんだのだ。
恐怖と痛みに震えながら逃げようとしたが、そうするだけ無駄だった。ハイエナからは逃れられない。
彼らの命令に従わなければ、たちまち拳で痛めつけられてから麻縄で縛り付けられる。男二人の『性欲』を満たすためだけの『肉人形』となり、泣き叫びながらも彼らの行為を受け入れた。
夜が明けるまで……いや、気を失うまで。性交は続いた。彼らは満足したようで、痙攣して目の焦点が合わなくなってしまった涼晴を運び、ゴミ捨て場に捨てた。
大量に投与された媚薬のせいだろう。声も出せなくなって、魚のようにぴくぴく震えているだけの涼晴。名も知らぬ強姦魔はつばを吐き出してその場を去っていった。
「…………ェ……グッ」
食物が胃に入っていないはずなのに、異様な吐き気が襲い来る。いや──彼らの『体液』か。
震える手で口を押えられるわけもなくそのまま嘔吐すると、胃酸と共に泡立った体液が、次から次へと流れ出ていく。
「ヒュー…………ヒュー…………」
なんで……死なないんだろう。ここまで来たら、いっそのことあの二人を追いかけて、一生彼らの性奴隷になるか殺してもらおうかとさえ思った。
涼晴と肉体関係を持った時点でどうでもいいが、彼らの手を汚すことにはなる。
そこだけだ。いや、それが彼を引き止めていた。
どうせ死ぬなら、せめて人の手をわずらわせることなく、勝手に死ねばいい。思いに至るまでは長かったが、行動に移行するまでは早かった。
異常に。異常に。異常に。
男二人が歩いて言った方向とは全く反対方向。南に向かって進んでいく。ヨロヨロ、ヨロヨロと。痛む傷を抑えながら。口からこぼれる体液はそのままに。息を切らして、ただひたすらに──
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
彼が目指すしていたのは、『駅』だった。
アナウンスが鳴り響くターミナルに出現した彼は、他の利用客から見ればまるで幽霊のように思えただろう。それでいい。もうじき、そうなるのだから。幽霊だと思っていくれていた方が、都合がいい。
彼のしようとしていることを、止める者は最後まで現れなかった。
『二番線ホームに、電車が参ります。回送電車です…………』
キ…………ィィィィィィィン!! グチャアァァァァァ……………………
青空をおおい隠す、厚い雲。人間の右腕、左腕。頭、胴体。右脚、左脚。そして臓物と血液。
薄灰色の曇天という名のキャンバスに、大量の血飛沫がぬりたくられるのだった。
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