第五章15 『悪魔のささやき、試される勇気』
悪魔のささやきって、リバイスみがある。ではでは。
『ソロモンの鍵』、という書物を知っているだろうか。
とある学問において研究をしている者にとっては、知らない人の方が少ない。それくらい、『ソロモンの鍵』という書物の名は知れ渡っているのだ。
その学問というのが、『悪魔学』。神と同じ立場におり、しかし相対的に描かれる──悪魔。『ソロモンの鍵』は書名にもあるとおり、ソロモン王が起源とされる魔術書である。悪魔の召喚から黒魔術などなど、かつてソロモン王が国を統治する際に用いたものが多く記載されているという。
その中でもとくに有名なのが、『72体の悪魔』。余談だが、72柱中1柱の悪魔が一番強いというわけではないらしい。72の数字は召喚された順番を表しているそうだ。
「…………『グレモリー』。悪魔学に精通していない私でも、既知の名前ですね」
「あら、知ってくれてたの? うれしいわぁ」
くねくねと体をよじらせて、全身で喜びを表現する悪魔。以前毘沙門天から聞いた話だが、神々の活力の源は、人間たちからの信仰心らしい。まぁ、いくら拝まれようと完璧な存在を確立することはできないらしいが。
一般に悪魔という存在は神々と対比で描かれるような、いわばマイナスイメージの権化として立場を確立している。そんな彼らも、信仰心を活力としているのだろうか。悪魔学という学問がある時点で、それなりの信仰は得られているだろう。
ところで、件のグレモリーは、自己紹介と共に不穏なことを口走っていた気がする。
──『禁忌全英書』と一体化している、と。
耳を疑ったが、グレモリーの目は泳いでいなかった。悪魔相手に信用という言葉を向けるのはいかがなものかとは思うが。
「『禁忌全英書』と一体化とは、どういう意味です? つまりは貴女が『禁忌全英書』ということなのですか?」
「言ったでしょう? 深いワケがあるのよ。ま、言葉にしちゃえば呆れるくらい簡単な理由よ。……封印されたのよ、ワタシ」
「ふう……いん……? 『禁忌全英書』とともに、ですか?」
「いいえ、そうじゃないわ。『禁忌全英書』はもともと封印されていたのだけど、ワタシが後天的にこのドーム──『知る由もない暗所』に閉じ込められたってこと」
「それが一体化……? そういえば、当の『禁忌全英書』が見当たりませんが」
「あぁ、安心して頂戴。ちゃんと持ってるから……」
そう言って自分の人差し指にキスをすると、前方に正円を描いていく。見慣れない文字が外周に連ねられた魔法陣が発光し、分厚い本を吐き出した。
──表紙には金色の金属片が規則正しく並んでおり、タイトルなどは一切記載されていない。先程まで小説家を包み込んでいた暗闇をひと固まりにしたかのような漆黒の外観と、先述した神々しい装飾も相まって、明らかにこの世のものでは無いオーラを放っている。
百科事典以上の分厚さがあるため相当な重量を有しているはずだが、グレモリーはいとも簡単に片手で持って見せた。
彼女の人間離れした容姿とともに、ただならぬ雰囲気が可視化されてこちらまで伝わってくるかのようだ。
「これが、『禁忌全英書』よ。反応を見る限りコレの概要は知ってるみたいだから、説明は省かせてもらうわね」
「できるなら、そちらのほうが嬉しいです。じゃあ、それを渡して下さい」
涼晴はどこかせかすように、右手を伸ばして『禁忌全英書』の譲渡を要求する。だが、グレモリーはぽかんとした表情になるだけで、一向に本を手放そうとはしない。
「アナタ……まさか、コレが目当てで『知る由もない暗所』にまで来たっていうのかしら?」
「ここにきたのは不慮の事故があったからですが……。とにかく、今は『禁忌全英書』の力が必要なんです。全て片付いたら、またここに返却しに来ますから」
「あら、返しちゃうのね。強大な力を手にして、溺れるつもりはないと……。いいわね、殊勝な心掛けよ。で~も、これは渡せないわ」
表紙を指で支えてくるくると、ピザ生地のように回転させる。表情はどこか要望を突き付けてきた涼晴を、小馬鹿にしているようだった。しかし小説家は、馬鹿にされたということよりも、断られたことに対してかみついたのだ。
「どうしてですか!? 私は弟を救って、須黒を止めなければいいけないんです!! そのためには、『禁忌全英書』がどうしても必要なんです!!」
「そうみたいね。あぁ、驚かないで頂戴。ワタシ、全部知ってるから。涼晴……アナタがコレの一部を宿していることも、須黒 聖帝と決着をつけなければならないことも。そして、文月 歌澄の暴走を止めなければいけないことも、ね。いやぁ、仕事抱えすぎじゃないかしら?」
「わかっているのならどうして……!!」
「言ったでしょ? ワタシと『禁忌全英書』は今、一体化しているの。『禁忌全英書』だけを持ち出すことはできないわ。あ、できないってことはないわね。もっとも、ワタシの封印を解くことになっちゃうけど!!」
シシシ。
もう封印が解かれる前提で、喜びのあまり飛び跳ねるグレモリー。悪魔というだけのことはある、かなり性格がねじ曲がっているようだ。
彼女に対して沸々と湧き上がりつつある怒りをなんとか抑えながら、この状況を解決する案を考えていく。
一体化……彼女が言っていることが本当ならば、おいそれと『禁忌全英書』を持ち出すことはできない。
涼晴達がおかれている緊急事態を打破できるのは、間違いなく『禁忌全英書』しかない。そうなったらグレモリーの注意などざれごととして切り捨てて、本を手に取ればいい。
だがそのグレモリーという存在こそが、彼に苦渋の決断を迫らせているのだ。グレモリーがここにいる理由は、『七福神』によって封印されたから。
──なぜ、彼女は封印された?
そう、封印されるということは、過去に『裏社会』において甚大な被害をもたらしたからではないのか。
他で例を挙げると、美王 愛絵の持つ『黒』絵の具には、かつて『裏社会』で暴君の位に君臨し暴れまわっていたという『全色王龍』が封じ込められている。依茉が装着している『阿修羅の腕』も、封印された阿修羅の意思と力が宿っている。
『裏社会』では、たびたびこういった強大な力を持った者が問題を起こしては封印されている。グレモリーが何もしていなかったら、今ここにはいないだろう。
弟を救いたい。悪意の王を鎮静化したい。一見して善人のようなその行為は、はたして本当に幸せを生むのだろうか。仮にグレモリーの封印を解いて、『裏社会』および現実世界に影響がおよんでしまったら。それこそ涼晴の立つ瀬がなくなり、信頼は地に落ちることになるだろう。
どちらをとることが、最善の一手なのだ? そして、そのどちらを選んだとして、依茉をはじめとする仲間たちは、世界は。納得してくれるだろうか。
正直、自分がどうなろうが今はどうでもいい。封印を解いたことによるその後の未来が、心配で仕方がない。
悩みに悩んでいる涼晴の、苦悶するような表情を見て、グレモリーはさらに追い打ちをかけていく。
「ちなみに、ワタシに手をかけるのはNGよ。『禁忌全英書』と一体化してるって言ったけど、ワタシが吸収されたんじゃなくて、その逆。ワタシがなが~~~い年月をかけて、力を飲み込んだの。だから、ワタシを殺したら、必然的に『禁忌全英書』は失われちゃうってワケ。さてさて~? 涼晴はどの道を選ぶのカナ~♡」
老人のように背を丸め、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら近づいてくる。灰色の肌から与えられる『人ではない』という恐怖の裏には、意外にも美しい顔立ちがあった。
涼晴の目の前まで来ると、先程までの立場が逆転したかのように、グレモリーが彼をせかしていた。ぐるぐるぐるぐる、メリーゴーランドのように回りながら、さらに距離を詰めて──
「ぇれ~…………♡」
じゅるる、ぬらぁ…………ちゅ、っぱ。
「うッ……!?」
何を思ったのか、グレモリーは涼晴をバックハグした直後、ヘビのように長い舌で彼の右頬を舐めあげた。怖気と言おうか寒気と言おうか。なんにせよ、よくない鳥肌が立つ。
「い、いきなり何を……!!」
「うふふ、可愛い反応。いいこと教えてあげる。一番、手っ取り早く、『禁忌全英書』を手に入れる方法をね……」
「…………一応、聞いておきましょうか」
「素直じゃないところも可愛いわよ。それで方法なんだけど……ワタシと契約を結ぶの。そうすれば、ワタシはアナタに逆らえない。封印が解かれても、好き放題できないわ。同時に、一体化してる『禁忌全英書』もアナタの物になるわ。ただし……」
一呼吸おいてから、耳と唇が触れるギリギリまで近づいて……
「アナタの、心臓をもらうことになるわ……♡」
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