第五章14 『56柱の悪魔』
ようやく本編です。ではでは。
何者かによって洗脳状態におちいった、『魂を叫ぶ者』──文月 歌澄。実兄である涼晴に対して強い恨みを抱えていたらしく、ギター型両手斧を振りかざして襲い掛かってきた。
あいたいする『才能人』および『七福神』の軍勢は、彼がどうしてこのタイミングで騒動を起こしたのかをずっと考えていた。
──なぜ、『禁忌全英書』が復活した、この一大事に。
誰しもがそう思ったという。だが、答えは案外近くにあった。『1+1』という問いを出されて、『2』と答えるのと同じくらい簡単だった。
『禁忌』を、手中に収めるためだ。あくまで推測の域を出ないが、歌澄は長く、強く小説家を恨んでいたのだろう。彼がシンガーソングライターとしてデビューしたときにはすでに、文月 涼晴の名は世間に知れ渡っていた。
恨みがあるなら、即行動に移せばいい。だのに彼が、今の今まで静観を続けていたのは、今日のようなチャンスを利用しようとしていたからだろう。強大な力を手に入れるチャンスを。
それがおそらく、彼を操っている者との関連性を解き明かす、唯一の鍵。
かつて須黒と顔を合わせた時と、同じような感覚がつたわり、涼晴はそのまま『禁忌全英書』に飲み込まれてしまった。彼が『言葉を紡ぐ者』として『禁忌全英書』の一部を所持していたからなのかはわからないが、その様子はまるで『捕食』されているようで──。
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右頬、腹、太ももが同時に圧力を受けている。
このことから、自分が今『横倒れ』の状態になっているということを把握した。自然に開いていた手を握るようにして力をこめ、立ち上がろうとする。
だが、力が入らない。まるで金縛りにかかったようで、四肢は微妙に震えるだけで動こうとしない。
何かできないものかと模索したあげく、目だけは動かせると判明。動くとはいっても、まぶたは鉛を貼り付けられたように重く、目を開けるだけで精一杯だった。
「…………??」
ここ最近で、一番脳が働こうとしなかったかもしれない。涼晴が重いまぶたを持ち上げてみても、視界に飛び込んでくるのは、ただの『黒』だった。目を開けている感覚はあるのに、まるで閉じているかのようだ。
黒、黒、黒。いくら眼球を激しく動かそうが、彼の周りを包み込むのは『黒』だけ。
寝ぼけているわけでもなさそうだし……というかついさっきまで弟と戦っていたというのに、こんな見知らぬ場所で安眠するバカがどこにいるというのだ。
とにもかくにも、今は感覚だけだ頼りだ。次第に熱が戻ってしびれが取れつつあった手を動かし、顔の前に持ってきてみる。鼻先からてのひらまで二十センチもないと思われるが、それでも手の形が見えないくらい、辺りは真っ暗。
「何が……起こって…………?」
水分が飛びきってカラカラになった喉から出た声は、恐ろしいほどにしゃがれていた。これが自分の声なのかと驚きながらも立ち上がろうとした、その時。
「あら、お目覚めかしら? アナタの目の前に『つかむところ』があるから、それ使って立って頂戴」
声が、上から降ってきた。誰の気配も感じないこの空間から、声が聞こえてきたことに腰を抜かしかけた。が、小説家は冷静だった。
反射的に、あの時歌澄の背後から聞こえてきた謎の声と比べてみる。記憶があいまいなことは否めないが、それでもあの花魁言葉の女声とは、似つかない妖艶な声質だ。
──思考を戻す。なんだ、つかめるところって。常識的に考えて台でもあるのかと思った小説家は、指示された通り右手を前方に伸ばすのだった。
むにん。
二十二年と生きてきて、こんな感触を手で味わったことはない。新感覚。
しかしまぁ、その『つかめるところ』に簡単に沈み込んでいくので、かなり持ちやすい。もう少し力をこめて右手も立たせたところで、再び声が聞こえてきた。
「あっ……そうそう。じゃあ、次は左手もお願いできるかしら」
「……? わ、分かりました?」
なぜだかは知らないが、声により色気が混ざったような気がする。そしてなぜか左手も使うようにと指示してきた。立ち上がるだけだったら片手でも……と、半信半疑で左手も伸ばす。
すると全く同じ、弾性と柔らかさに富んだ感触が伝わる。あまりの触り心地のよさにずっと触っていたくなるが、立ち上がるためにもう一度力をこめるのだった。
「んっ……あっ……そう、そうよっ……いい子ね……」
立ち上がることにほぼ成功していた時、そんな女の声を聞いて動きが止まった。涼晴はこの豊かすぎる柔らかな感触を、初めて体験した。
ただ、それは『手』での話。『二の腕』、『背中』はどうだ?
彼は、彼の担当編集者(泥酔済み)に、『それ』を押し当てられたことを失念しているのではないか……ッッ!?
「………………………………あの」
「あんっ……何、かしら?」
「私が今触ってるのって…………『胸』、ですよね」
「あら、気づいちゃった?」
「…………なぁぁぁぁに考えてるんでしゅかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」
涼晴が両手で触れて……否、揉んでいたのは、声の主の胸だったらしい。飛びしりぞいた後もじんわりと残留する感覚が、彼の羞恥心を高めていく。
盲目レベルで周りが見えなかったとはいえ、女性の胸を揉みしだいてしまうとは。まぁ、そうさせるように仕向けた相手も頭のネジがぶっ飛んでいるとしか思えないが。
それでも恥ずかしくてたまらなかった。このことを依茉や愛絵に知られたら、間違いなく殺されるだろう。
「うふふふ……良いリアクションするじゃない。見込み通り、可愛いわね~♡」
肩で息をして、一刻も早く羞恥の熱を冷まそうとしている小説家に対して、その様子を見てきゃっきゃと喜ぶ女。布袋尊と同じくらいの大きなメロンをお持ちの彼女は、自分がそうさせたからか胸を触られたことには無関心だった。一周回って、喜んでいる。
「……ところで、先程から姿が見えないのですが、これはいったいどういう状況なんです? 貴女は私の事が見えているのですか?」
「ワタシの姿……? あぁ!! 忘れてたわ!! 今解除するわね……」
その言葉の後すぐに、パチンと指を鳴らす音が響いた。まるでトンネルの中で音を鳴らした時のように反響していたことから、彼がいるこの空間はやはりあのドームらしい。
音がフェードアウトしていくのと並行し、今までの暗闇が嘘のように、消え去っていった。ずっと暗闇に包まれていたせいか最初は目が痛かったが、時間の経過とともに慣れていく。
そして痴漢行為を強制してきた痴女の姿も、くっきりと視認することができるようになった。が、自然にたたずむ女の容姿というのが、あまりにも人間離れしていたことに驚いた。
──二メートルはあると思われる、外国人クラスの長身。先刻涼晴が触れた、人の頭くらいの大きさの爆乳。きゅっとひきしまったくびれから視線を落としていくと、すぐに大きな臀部が目についた。脚もすらりと非常に長く、しかしどこか女性特有の肉付きの良さを感じさせる。
モデル体型、というよりは、絵にかいたような『美』と『妖』の集大成といった感じ。それよりも彼を驚かせたのは、彼女の体色。明らかに人間のものではない、血が通っていなさそうなくすんだ『灰色』。
本来人間の白目であるところにも、黒くにごっていて不気味。両手の爪は血のように紅く、怪しく照り輝いている。
服装も肌の露出が多く、薄くひらひらしたベビードールを思わせる。胸部は交差するように布が巻かれているだけ。全体的に見て、装飾のおかげかアラビアンな印象を受ける。
かんむりをずらして被っており、頭髪は純白で床について余るほど長い。
『禁忌全英書』を内包しているドームの中にいる存在という時点で、声の主が人間ではないかもしれないとは思っていた。小説家という仕事上、未確認生物などに会ってみたいと思っていた。だが、いざ目の前にしてみると、ごっくり固唾を飲むことしかできない。
「うふふ、驚いたかしら? まさか、こーんなにおっきなおっぱいの持ち主が、人じゃないなんて」
「……胸はさておき、驚きました。『負』とは……関係がないんですか?」
「む~……完全にないとは言い切れないカモ。でもね、どちらかといえば、『七福神』のみんなとは関係が深いかもしれないわ」
「毘沙門天たちと……?」
仮にも女性相手にこんなことを言いたくないが、彼女のような見た目の神など、教えられたか?
それに『七福神』と関わりを持っているということは、必然的に強大すぎる力を有しているということ。
そんな彼女が、小説家相手に何用だというのだ?
「貴女……名前は?」
「…………ソロモン72の悪魔、序列56柱──『グレモリー』。今は訳あって、『禁忌全英書』と一体化してるの」
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