第五章13 『伸るか反るか、一世一代の大博打』
嘉銭ちゃん過去編完結になります。ではでは。
「わ~!! ちゃーんと返してくれましたね!! じゃー、倍プッシュ!! 二倍……いや、三倍出しましょー!!」
「ほ、本当か……!?」
「ほんとほんと!! ちゃんと返してくれるって信じてましたから……よっと。ほら、一千五百万!!」
机に置かれたアタッシュケースの中には、まぎれもない大金が詰め込まれていた。絶望の淵から這い上がってきた男には、彼らが自ら発光しているのではないかと錯覚を起こすほどまぶしいものだ。
今までに見たことがない光景だ。信じられずに目をこすってみるが、金たちは消えない。どうやら現実らしい。
「お、俺にくれるんだよな!?」
「もちろんです。ただし、まだ契約は続いていることを忘れないでくださいねー。次はこれの二倍。トイチでいいので、ちゃんと返してくださいね~」
「お、おう!! 約束する!! あんたは命の恩人だぁ……!!」
恩人だなんてそんな~。私は人助けがしたいだけですよぉ~。
ぺかぺか笑顔を振りまいて、肩をふるわせてすすり泣く男をなだめる。妻にも逃げられてしまった中年の男からすれば、今富 嘉銭はまるで天使のように見えることだろう。
男が『ファイナンス・マネキネコ』から大喜びで出ていくのを、嘉銭はニマニマと見つめていた。
先程の明るい笑顔は嘘だったかのように、なにか悪だくみをしていそうな表情。ねっとりとした視線に、金にもてあそばれている男が気付くわけがなかった。
「ほんっっっと、体がうずいて仕方ないなぁ……。もちろん、性的な意味で」
なまめかしく体をよじらせる。それを見ていた側近の男は、やれやれとため息をついてサングラスを外した。目元の傷、角刈りの頭髪、無駄に漢字多めのジャケット。見るからに、「そっちの人」。
ちなみに、『ファイナンス・マネキネコ』には、嘉銭しか女性はいない。
「お嬢。お言葉ですが、少し貸しすぎではありませんかい? あんなクズ男が、また返せるとはぁ思えませんが」
「わかってないなぁ。最初はこうやって泳がせるのが定石なんだよ~? まぁ見ててよ、あんなに食べ応えのあるエサはなかなかいないから、じっくり楽しんであげる……♡」
じゅるり、と一つ舌なめずり。側近の極道はやれやれと肩を落とし、もう一度サングラスをかけるのだった。
「お嬢、これからの予定は」
「特にないよ~。お部屋でゴロゴロしてていーよー」
「っス」
……さて。
ここからがお楽しみの時間。誰一人として邪魔をすることが許されない。というか見られたら恥ずかしすぎて死にたくなる。そんな至福の時間。
かつてのボロ家とは比べ物にならないくらい広い自室に入ると、すぐさま鍵をかける。黄色のニットを脱ぎ捨て、シャツも脱ぎ捨てる。ショートパンツもゆるめて、歩く振動で腰からずり落ちていく。
体型と二十歳という年齢に似合わない、薄く布地がほとんど透けているランジェリー姿になる。秘部が常に露出しているようなものなので普段使いには向かないが、嘉銭は好んでいるようだ。
下着すらも脱ぎ捨ててありのままの姿になると、壁の黒いボタンを押し込む。
すると天井がスライドして、何やら紙が大量に降り注いでくるのだった。ひらひらひらと舞うのは──『金』。やはりこの異常性癖はなおっていなかった。
全身の肌にまんべんなく紙幣をまとわせ、人の醜悪を余すことなく吸引していく。
「あぁー……やば、あっあっあっあっあっーだっめだめだめだめだめだめだめだめっっ♡♡♡♡」
瞳の奥がスロットのように回転し始める。身体の芯まで醜さに染められた瞬間、嘉銭は全身をあり得ないぐらいに反らし、痙攣させ、ぐったりと白い床に寝そべってしまう。
欲情した彼女の瞳の奥は、『¥』と『♡』が重なるようにして映っていた。
「あ゛~……。あったま、バカになりゅ~……」
大人になるにつれて、学生時代よりも『汚金』を感じやすくなった。たぶん、社会に出て闇金事業を立ち上げたからだろう。
今日来た男は、重度のギャンブル中毒者。彼はここに来たら最後、深く先の見えない絶望に苛まれることになる。スロット、パチンコ、競馬。あらゆるギャンブルにチャレンジするも、大コケ。
結局、嘉銭に泳がされたあげく要求された金額を返すことができず、全財産を差し押さえられ、社会で生きていけなくなったのは、また別のお話。
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欲求不満なのか? そう突っ込まれてもおかしくはないと、自覚しているところはある。
高校に上がった時だろうか、いつものように裸ダイブをした際、ふと思った。自分が金を欲しているのか、金が嘉銭を呼び込んでいるのか。
当時は前者だと思っていたのだが、最近になって後者の可能性もあるかもしれないと思い始めた。
まぁどちらにせよ、生涯両思いであることには変わりない。
今日も日課のように、万札を体中に浴びて脳をショートさせる。本当、この異常行動以外で興奮できない体になってしまった気がする。だがそんなことを忘れさせてしまうかのように、快楽が身も心も支配していく──。
「……じょう!! お嬢!! 客が来やした!!」
側近極道の声が聞こえ、盛り立っていた欲情がなえてしまった。子供のようにほほを膨らませ、彼の声に応答しておく。
「今全裸だからちょっと待ってて~!! も~、今いいところだったのに~……」
積みあがった紙幣の山の中からスケスケのランジェリーを引っ張り出して、ぶつくさ文句を言いながら着替え始める。
しかし、来客とな。この時間帯に予定は入ってなかったはずだが、新しい金づる……もとい新規顧客か?
「全裸って……何してたんですかい、お嬢」
「『ナニ』してたのっ。ほら、さっさと案内して」
商談室の扉を開けると、側近の言っていた客がタバコをふかし、ソファでふんぞり返っていた。態度どうこうはどうでもいいが、目を引いたのは客の服装。
これから葬式──もしくは結婚式にでもさんかするのかと言われんばかりの『黒』一色。スーツらしいが光沢や素材から察するに、なかなか高額そうではある。今まで対応してきた客とは、比べ物にならないくらいのオーラがある。
側近は嘉銭を入室させると、男の威圧感に恐れおののいたのか逃げるように走り去っていった。
「おぉ~、君が『地獄の招き猫』ちゃんかな?」
「今富 嘉銭です。今日は、どのような用件で?」
至って物腰柔らかに用件を尋ねると、見知らぬ男は煙を吐き出してからにやりと笑みを浮かべ──
「単刀直入に言おうか。俺の『左手』として、やとわれてほしい」
……彼が言っていることはつまり、『スカウトしに来た』ということだ。
しかしなぜ? ろくな経歴すらも持たず、闇金に手を染め続けた嘉銭の、何が必要だというのだろうか。
「……わたしの事はリサーチ済みみたいですね。スカウトって、どういうことです?」
「いやなに、言葉通りの意味だ。お前さんはどうやら、人間の『醜悪』が好みらしいじゃないか。そんな逸材を探してたんだよ!! 俺のところに来れば、人の醜さなんて両手に抱えてもあふれるくらい見れる。これでどうだ?」
すなわち、今いる場所よりさらに深いところへ落ちていくことになる。まぁ、こんな仕事とも言えないような仕事をしている時点で、二度と世間の温かい光は浴びることはできないと思っている。
人をあざむくことが好き。人から奪うことが好き。人が壊れていくのを見るのが好き。
そしてなにより、『金』が好き。
「わたしが欲しいって思ったものは、全部くれる?」
「俺のためと、世界のために働いてくれるなら、な」
服従する。目の前の黒い男は、だませる気がしない。なにか、自分よりも大きく、深い『悪意』が胸中でうごめいているような気がして、鳥肌が立った。だがそれですくんでしまうほど、嘉銭も弱腰じゃない。
「わかりました。でも、お金に関しては好き放題やらせてもらいますね。それと、あなたの名前を聞かせてもらえますか?」
「おーそうだそうだ!! おじさんもう歳だからなぁ……うっかりしてたよ。須黒 聖帝だ、これからよろしく頼むよ。今富 嘉銭」
伸るか反るか。一般人なら絶対伸らないだろう。この賭けは、これからの人生がかかったものだ。
人の欲望、嫉妬、憎悪にまみれた『汚金』をかかえ、『地獄の招き猫』は今、『左手の強欲』になりかわる。
シンプルな、『金を操る力』を譲渡された彼女もまた、同期の『右手の殺意』天草 刃と同じく覚悟が決まった表情になっていたという。
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