第五章12 『またの名を、地獄の招き猫という』
二日ぶりです。『闇企業』の嘉銭ちゃんの過去編です。ではでは。
人間、誰しもが必ずしも裕福な家庭で暮らせるとは限らない。逆にいえば、そういう環境にいる者のほうが少ないだろう。2060年代ごろから何やら救済の手が伸び始めたとの情報をキャッチしたが、正直それでは遅すぎる。
仮に2020年代にそれが施行されていたとしても、SNSは火の海になっていたことだろう。
人である以上、必ず差別は起こる。「差別をなくそう!」だの「ジェンダー問題に取り組む」だのと、つらつら言葉を並べているが、結果的にそれは偽善活動になる。
そも、差別をなくそうとしている時点で、過去にひどい差別があったことを暗に認めているようなものである。たとえ問題がなくなっても、いずれわだかまりは発生する。
その醜さが、人間の美しさなのだが──。
「てめぇ、返しやがれチビ!!」
ガキ大将が高々と拳を掲げてから、力いっぱいに振り下ろしてくる。だが、その後の手ごたえはない。かわりに勢い余って前方に倒れてしまう。
小太りの少年は腹を立てながら立ち上がる。そのさなか、あざけるような笑い混じりの声が彼に投げかけられた。
「いつからこのゲーム機があなたのものになったの~? どこを見てもあなたのお名前は書いてないけどな~」
先程からガキ大将の拳を避け続けているのは、明らかに体格差がある少女だった。小学校六年は女子の方が背が伸びるのが速いので、だいたい男子より大きいのだが、金髪ショートの少女は子猫のように小さい。とてもケンカに勝てるような容姿ではない。
「よけるんじゃねぇよ!!」
「よけたらだめなんてルールはないも~ん。あなたが弱いだけでしょ~?」
「うるせぇ、バーカ!! さっさと返せよ!!」
「バカはあなただよ~」
途端、ただでさえ小さな背の少女がさらに小さくなる。しゃがんだのだ。余裕をもって拳を避けると、足をのばして時計回りに360°回転する。ただでさえ格闘術すらままならない少年だというのに、さらに足を引っかけてバランスを崩させる。
当然ガキ大将は耐性を持ちなおせるわけもなく。「ぐえっ」とつぶれたような声と共に顔面から着地した。
その後ガキ大将は鼻血を流して、あれだけあった威勢はどこへやら。涙目になりながら尻尾を巻いて逃げていった。
……少女にとって、これは日常茶飯事に過ぎない。環境が環境なので、たとえ小学生でも盗みなり蹴落としあいは周囲で発生している。
一仕事終えて息を吐き出し、右手に収まっているゲーム機を見つめる。これが今回の『依頼』だ。
「本当にありがとう!! まさか……取り返してくれるなんて……!!」
「にゃはっ。わたしも『これ』が無事でよかったよ~。はい、どーぞ」
同年代にしては、あまりに服装に貧富の差がありすぎる。無論、金髪少女が貧しそうな薄汚れたシャツを着ている方だ。
ゲーム機を手渡された姫カットの黒髪少女といえば、見るからに高額そうなワンピースを着ている。今回の依頼は、「ガキ大将にゲーム機を盗られたので取り返してほしい」というものだった。
ここまで聞いただけだと、まぁ小学生でもよくあるケンカだなという印象を受ける。だが、黒髪お嬢様がポケットから取り出したものが、環境の『異常性』を際立たせるのだった。
「ありがとう!! これ、お納めください」
「まいどあり~」
二人の間をつないだのは──『千円札』。そう、『金』だ。
金髪少女は依頼を達成する代わりに、報酬として金を譲渡された。血生臭さが鼻につくようなやりとりが、よもや小学六年生でおこなわれているとはたまげたものだ。
もう一度言っておこう。これが、『環境』というものだ。
次第に少女たちは別れ、それぞれの帰路に立つのだった。
「千円かぁ~……。臨時収入とはいえ、ちょっとしょっぱいかな~……」
たった今手に入れた『汚金』をひけらかし、夕日に重ねてみる。人の欲望を駆り立てる微妙な色遣いの紙幣が、真っ赤に染まる。そう、彼女にとって、金は太陽のような存在なのだ。たぶん命よりも重い。
「ま、高嶺のお花ちゃんだし、ああいうトラブルには巻き込まれやすいから、今後の金づるができただけマシかな~。それに、臨時収入はこれだけじゃないし、ね♡」
にゃはっ、と口元を歪めると。ごそごそとショートパンツのポケットをまさぐり始める。その後もう一度外界に小さな手が晒された時には、何か正方形に近い板状のものがつままれていた。
彼女にすがるように依頼してきた、黒髪少女が持っていた『ゲームのカセット』。さらにシャツのえりに手を突っ込んで、平らな胸のあたりをまさぐって取り出されたのは、そのカセットのパッケージ。
彼女の言う臨時収入というのは、報酬金の千円だけではなかった。ガキ大将および依頼主すらもあざむき、依頼対象外のものまでを盗んだのだ。
「わたしに助けを求めた時点で、それそーおーの覚悟が試されてるんだよ~」
依頼されたのは、『ゲーム機を取り返すこと』。なのでそのゲーム機に備わっているカセットをどうするかは言われていなかったので、どうしようが彼女の自由。
ガキ大将にほれたという嘘をついて自宅に侵入、タイミングを見計らって依頼されたゲーム機と、カセットのパッケージもちゃっかり回収。逃走する際にカセットを抜き取ればオールオッケー。
にゃはは。少女の気分は有頂天。にゃははは。夕日に照らされて出来上がったレッドカーペットを、スキップしながら帰っていく。にゃはははは。そこに残るのは、彼女の陽気な笑い声だけだった。
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時は流れ、金髪少女は中学生へと進級した。義務教育とはいえ、もちろん教育費はかかる。貧しい生まれの彼女の家計は火の車。
今まで無職を決め込んできた両親も、重い腰を上げて働き始めるのだった。生活が安定してきて、彼女もようやく汚い稼ぎから手を洗う──ことなど、一切なかった。
なぜ。理由は至極単純。金が、欲しいから。
それだけでとどまるならまだよかった。彼女は、金は金でも真っ当に稼いだ金には興味がなかった。
人をだまし。弱点を突き。足元をすくい。弱みを握り。そんな、汚い手口で稼いだ、人間の醜さが詰まりに詰まった『汚金』を欲したのだ。ゆえに人をあざむく詐術というのが、小学生時代よりも磨きがかかっていった。
『汚金』の素晴らしさを教えてくれたのは、あの貧しい家庭環境と両親。身体を売るなりなんでもいい、汚い手を使ってでも金を稼げ。金はこの世のすべてだと。そう教わったのだ。
だからこそ、中学になった彼女は両親に不信感を抱いていた。人のだまし方だったりを教え説いた張本人が、まぜ真っ当に働き、清らかな金を手にしているのだろうか。飢えて死にそうになった時は万引きをしたことを、もはや忘却していたように見えた。
「私もいずれ、そうなっちゃうのかな……」
中学校から家までは少し距離がある。だが、貧しさゆえに節約の心が働き、自転車は購入しなかった。徒歩で帰った時にはもう脚はくたくた。金以外のことは、何も考えたくない。
そういう時は、決まって自室にひきこもる。少し汚れたセーラー服を、しゅるりしゅるりと脱いでいく。スカートも雑に脱いで下着姿になる。中学一年にしては、レースの多い大人っぽいデザイン。
クローゼットに隠してある、親も知らない金庫をそっと開ける。
「『この子たち』は誰にも渡さない……。貸したとしても、必ず倍いじょーにして奪い返してやるんだから」
抑えられない『興奮』。止められない『衝動』。
脳がショートしてしまうくらい、体が火照り始める。
紙幣をわしづかみにして、ベッドの上にばらまく。紙吹雪のごとく金たちは舞い、しだいにシーツ一面が金で覆い隠されてしまった。浴槽に札束を入れるより、今はこちらの方が興奮する。もちろん、性的な意味で。
普段から愛用しているベッドが、あんなにも醜く、汚らしい金に支配されてしまったのだと思うと、全身が震えあがった。
はやく、わたしも汚されたい。汚れてしまいたい。人の──『悪意』を全身から吸い込みたい。
エサを前にして延々と「待て」をかけられている犬のように、熱い吐息を漏らす。だらだらと、だらしなく唾液があふれ出て、トポ……トポ……と音を立てて床にしたたり落ちていく。
制御が利かなくなる前に、口を両手で抑え込んだが、もう遅かった。
飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい飛び込みたい。
人の醜悪への『欲情』。金で汚れることへの『性的興奮』。『汚金』が散らばるベッドに、下着も脱いだありのままの姿で飛び込んでいき……………………
その後、彼女の部屋で彼女が何をしていたのかは、窓もカーテンも閉め切られていたので誰もわからない。そして、あえて言葉には起こさない。しいて言うとするのならば、『自分を慰めた』、とでも言っておこうか。
彼女は興奮によって生じた熱を冷ますように、深い眠りに落ちていった。汚れた金が全身をくすぐる感覚が、言葉で表せないほど心地よい。
金の埋もれてぐっすりと眠る、ありのままの姿の女子中学生の名は、今富 嘉銭。またの名を、『地獄の招き猫』という──。
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