第五章11 『新月・三日月・半月・満月・極』
天草 刃過去編、完結になります。ではでは。
目が覚めて、昨日のことを思い出そうとする。黒アゲハが去ってから刀を抜いた気がするが、そこからの記憶が全くない。
何度思い出そうとしても、ピリピリと頭が痛むだけで場面がスクリーンに映らない。
実は、刃にとってこれはさほど珍しくない現象だった。記憶喪失……というわけではなさそうだが、時折頭痛と共に昨日のことを忘却してしまうことがある。
なのでこうして横になったまま、天井の木目を見つめるのにも慣れてしまった。
「学校か……」
つぶやきながら立ち上がり、朝の支度を開始する。白米、味噌汁、たくあんという、なんとも質素な朝食をかきこんで、手際よく制服に着替える。その時妙な感覚が心に影を落としたが、刃は気がつかなかった。
歩き始めて二十分。山奥ゆえにバス停もないので、学校までは徒歩で行くしか方法がない。その道中、比較的新しめな家から、幼馴染の小菊を引っ張り出してくるのだ。
彼女はいつも元気だが、朝だけはどうも弱いらしい。毎日コッペパンを咥えながら、大慌てで出てくる。
「おはよ~!! はやく行こ、はやく!! 遅刻しちゃうよ~!!」
「誰のせいで遅刻しかけてると思ってるんだ……」
刃が優等生のわりにいつも遅刻ギリギリで学校に来るのは、こういう背景があった。
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昼休憩開始のチャイムが鳴り、校内は一段と騒がしくなる。購買戦争だったりおしゃべりだったりが勃発する中、刃と小菊は中庭に出て、ほのぼのとした雰囲気の中昼食をとっていた。
「本当、こんな質素な弁当で飽きないね~……」
質素な弁当、と呼び名がつけられたとおり、刃が黙々と食べすすめている弁当は、非常に品目が少ない。おにぎり三つと、たくあん五枚。どこの昔話のおじいさんだよと突っ込まれてもおかしくない。しかも朝食から味噌汁を抜いただけなので、バリエーションに関してはグレードダウンしている。
「そうでもないだろ。それにほら、今日はゴマ塩を振ってきたからな」
「髪型といい、ホントお侍さんみたいだね……。まぁ刃くんがいいならいいんじゃない?」
そう言って、彼とは対照的に彩り豊かな弁当をぱくぱくと食べすすめる。少女の隣で少年は、彼女の言い放った『侍』という単語に意識が向いていた。
ずっと考えてきたことだ。こうして学生生活を楽しむのか、刀を握って剣士の道を歩むのか。一つのことを極めることが、お前の役目だと。一つを完璧にするからこそ、『極』なのだと。
今日の授業や校内の雰囲気にも、確かに今までに感じたことのないような居心地の悪さが感じ取られた。授業で出された問題も、答えは分かるのにペンを持つ右手が動かない。いや、動かしたくなかったのかもしれない。
なぜなら、彼の中ではもう一つの『答え』が導き出されていたからだ。
「『友』……いや、小菊」
「え……な、名前呼んで……なんで……?」
「俺は、ここを辞める」
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今日は初めて、校門前に小菊がいなかった。そりゃそうだ、あんなことを前触れもなくいってしまったのだから。我ながら唐突だったと、刃は少し反省する。
だが、後悔はしていない。ようやく自分にとって必要な道だけを歩いて行けるのだと思うと、心が躍った。
松原 小菊。彼女の名を今日初めて口にしたが、案外口にしていて心地よかった。
「刃くん!!!!」
坂を下って、自宅の庭へと入りかけた時。夕日が見える坂の上から、小菊が彼の名を叫んだ。ぴょんぴょん跳ねて、スカートがめくれあがっていることなど気にする様子もなく──彼女は泣いていた。それはそれは、良い笑顔で。
「また……また会えるよね!!」
「……あぁ!! また会う日まで、達者でな!!」
──自分の息子が、今までに見たこともないような笑顔で、誰かに手を振っている。刀利はその光景に驚き、思わず表に出てきてしまった。
「刃……?」
「……父さん。俺、高校辞める」
「…………本気か? 辞めてどうするつもりだ?」
刀利の眼光が、一段と鋭くなった。刀を持ってないのにもかかわらず、普段の立ち合いのイメージからか喉元に切っ先を突き付けられているような緊張感が走る。
だが、刃の覚悟はその程度で止まることはない。きゅっと唇を引き締めて、威勢よく自分の主張を述べていく。
「俺は刀を極める。二つを極めることは、俺の理念に反するんだ。どっちをとるかで、俺は生きていく。学校が楽しいと思ったら、太刀筋が鈍った。逆に刀に意識を向けたら、学校が嫌になった。父さんはどっちもやれって言うんだろうけど、俺は俺だ。剣士としての道を、俺は歩いていく」
「…………さっさと着替えろ。刀を持て」
五年後……。
剣術は、基礎から鍛えなおした。何を積むにしても、まず土台がなっていなければ意味がない。
生活も、家ではなく山籠もりをし始めてから山を下りていない。雨風をしのげるドーム状の岩があったので、そこを拠点にしている。食事に関しても自給自足。幼少期から山で育ったので、知識は豊富だった。
そして彼は一つ、いや五つほど先のステージへと足を踏み入れていた。
『月下流』──。
天草 刃が独自に編み出し、彼のみが扱うことのできる新たな剣術流派。
夜空に浮かぶ、黄金色の月。月はすべてを見渡す。何人たりとも、月を手にすることはできない。そんな月の下で、刃はたった一人刀を振る。
月光はスポットライト、山の頂上は彼の独壇場だ。
その雰囲気をぶち壊すような、緊張感のかけらも感じさせない言葉が聞こえた。
「よぉ~やく見つけた。まったく、腰に響くねぇ登山ってのは」
素振りに夢中になっていたとしても、刃が背後をとられることはめったにない。たとえそれが不意打ちだったとしても、いつでも対応できるように気を張っているのだが。
聞きなれない男の声は、刃の自尊心だったりを気にすることなく投げかけられた。
「誰だ」
振り向くと、そこに立っていたのは『闇から生まれた』と言われても違和感がないほど、真っ黒な服装をした男だった。刃が五年間こもりっぱなしだった山というのは、そこまで標高が高くない。とはいえスーツで登ってくるなど前代未聞のことだ。
「俺は須黒 聖帝ってもんだ。親父さんから聞いたぞ、五年もこもってるんだってぇ? こんな時代に、珍しい人がいるもんだなぁ。まさしくラストサムライってやつかぁ」
「…………お前には関係ない」
「それがそうでもないんだなぁ。俺はな、お前さんの力を欲してる。俺のところに来れば、力を存分に震える場所を用意してやる。現代侍としては、それが何よりの喜びだと踏んでるが」
山だというのにタバコをふかし、夜風に乗せるようにして煙を吐き出す。
彼の狙いは、はっきり言って分からない。ただ刃の力が必要だと、そういう旨の説明だった。しかしなぜだ? 体格といい風格といい、とても剣術をやるような人間には見えないが。
「今は信じられなくてもいい。この世界の裏側に、俺たちの楽園が広がってる。そこでは真剣を使うことができるぞ、法律がないからな。剣士として、もう一段上のステップへと進むことができる。その代わり、俺のもとで働いてもらうってことだ」
「…………もう一段上、か」
「いい顔になってきたじゃないか。そこじゃ、いくらでも人を殺せる。裏の世界で死んだ人間は、もう一度こっちの世界に戻ってこられる。もっとも、社会では生きていけなくなるようなもんだがなぁ」
「……俺が刀を振るのは、決して人を殺したいからじゃない。俺がただ一人、強くなるためだ。誰も寄せ付けない、圧倒的な力を剣術で極める。そのためならば、どこにでも」
「交渉成立ってことでいいみたいだな。ようこそ、『闇企業』へ……。『右手の殺意』、天草 刃」
天草 刃は、人を斬るために剣士になったのではない。己を磨くため。天草 刃と銘打たれた、一本の刀を打ちあげて鍛えるため。その先に何が待っているとか、鍛えてどうしたいのだとかは考えていない。
たった一つ、生涯をかけて成し遂げたいのだ。そこにどんな終着点を持ってくるのかは、刃自身が決めること。
あの『極』に誓ったからこそ、刃はここまで来たのだ。
かくして『闇企業』の一員となった天草 刃は、己の強さを磨くために、『刀を作る力』という『闇企業』の中でも最弱の力を授かった。
確かに、武器を瞬間的に作り出せるという点を考えれば強いかもしれない。だが身体強化などよりも優先してその能力をとるかと言われたら、正直微妙なところではある。
なにより彼が今後相手するのは、異色の『才能』を持った強者ばかり。
その能力だけでは彼らに歯が立たないと、同期の今富 嘉銭から言われていたという。
だが、彼は『彩色の魔導士』美王 愛絵を、刀と己の実力だけで圧倒し続けたのだ。
あの戦いは、紛れもない彼自身の実力であり、生涯をかけて自分を鍛刀するという覚悟が、ありありと表れていた決戦だったのだ。
たとえ弱い力だったとしても、己の力だけを信じて突き進む。それが、天草 刃の『極』なのだった。
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