第五章8 『シャウトは止まらない』
遅れました、すいません!!
あの『光』の中に、『禁忌全英書』が内包されている。須黒 聖帝という名の悪の帝王に、力を利用されようとしている。
ただ、なぜか『禁忌』そのものを手に入れようとはせず、涼晴に奪取させようとしているのだ。今のままでは、須黒の計画及び須黒すらも止めることができない。彼も一目置いていて、『七福神』皆々がこうして防衛に徹していることからわかる通り、『禁忌』の力は絶大だ。
それを使うことで須黒と対等に渡り合えるのなら、癪だろうがなんだろうが、気にせず奪取に挑んだだろう。
だがその力すらも、己が力は凌駕していると豪語する須黒に、正直不安と恐怖を覚えているのだ。『禁忌全英書』の全貌が明かされたわけでもないし、第一『言葉を紡ぐ者』との関係性が──
「涼晴ー!!」 「文月先生ー!!」
物思いから彼の意識を呼び起こしたのは、上空から飛来した女性組の声だった。
激しい合戦に巻き込みたくはないがためにあえて呼びかけをしなかったが、やはり気になってきてしまったらしい。
しかしなぜだ? 誰一人として彼女らに声をかけに行ったものはいないはずだ。それもそのはず、数千といた『負』は、主に『七福神』によってなぶり殺しされたのだ。戦力は過剰すぎるほどある。
「愛絵!? 新人くん!? ど、どうしてここに……!! 顔色が悪いですけど、何かあったのですか?」
帽子を押さえて着地した愛絵と、スカートを押さえて着地した依茉。飛行していた時は見えづらかったが、両者顔が青ざめている。まさか増援が来たのかと、そう問いかけた時だった。
ギャンギャンギャンギャン!!!!
鼓膜を容易に突き破る、槍のごとき爆音。ハードロックなんかに愛用される、エレキギターのものに間違いなかった。同じ音楽家でも、弁財天とは正反対の荒々しさ。耳のいい弁財天は、その荒れ狂うような旋律を耳にした瞬間、ふらりと横に倒れてしまった。
「べ、べっくん!? 大丈夫かいな……ってうるさ!! なんやねんあのパツキンは!!」
介抱しようにも、自分の耳を塞ぐのに精いっぱい。そんな彼女を見かねてか、寿老人は弁財天の体を神通力で起こし、福禄寿によらせるのだった。
皆が顔をしかめて耳を塞ぐ中、たった一人。なおも叫びながらエレキギターをかき鳴らす男を、見つめる男がいた。おそらく、ショックで音が聞こえなくなっていたのだろう。
「……歌澄、なんですか?」
彼のつぶやきが聞こえるわけがない。だが歌澄と呼ばれた男はぴたりと演奏をやめ、エレキギター型の両手斧を肩に担ぐ。
「よぉ、涼晴!! 殺しに来たぜ!!」
なんてことを言うんだ、そのギタリストは。
いや、それよりも。重視すべきは、なにやら男と小説家の間には深い関係性があるらしい。
「文月先生……あの人って……?」
「……文月、歌澄。私の弟ですよ」
えええええぇぇぇぇ!?!? と叫んでしまいたいのを、依茉は必死にこらえた。なにせここは戦場だ、自分の素っ頓狂な声で乱していい雰囲気じゃない。
だが周りを見渡すと、愛絵と打騎は同じく驚愕していたようで、目を皿のようにしていた。
「涼晴の弟……!? 似てなさすぎだろ……!!」
「いやそこじゃないでしょ……。なんで実の兄弟同士で対立してるのよ……!!」
文月 歌澄という名は、世間に知れ渡っているわけではない。彼は『Kasumi‐Sou』としてシンガーソングライターをしている。依茉が驚いたのは、涼晴に弟がいたとか、その弟が日本中で大ヒットしている歌手であるとかそんなことではなかった──もちろんそれにも驚いたが──。
『Kasumi‐Sou』の曲はよく耳にするのだが、たしかバラードやラブソングを歌ってはいなかったか。とてもメタル系バンドが似合うと思えない声質だった気がするが。
「歌澄……殺すって、どういうことですか?」
「小説家のくせしてそんな単純なこともわかんねぇのか? そのまんまの意味だ。クソ兄貴、テメェを殺す」
冗談半分で言っているようには見えない。歌澄の目は、覚悟の決まったように鋭くなっている。
勢いづいて、さらに言葉を連ねていく。
「俺はずっと、お前が憎かった。テレビに出ても、メディアに出ても、あの天才小説家の弟かー、で済ませられる。俺は俺なんだよ!! いちいち俺のロックを邪魔すんじゃねぇ!!!!」
「それは私のせいじゃ……」
「いーや、もう終わりだ。ここでお前を殺せば、天才小説家の才能は消えてなくなる。俺だけのステージが出来上がる!! 誰にも邪魔されねぇ、俺の生き様を見せつけられる!!」
すでに目的を達成したかのような、嬉々とした表情。熱弁は誰一人として発言の介入を許さず、ヒートアップしていくのだった。
その時、歌澄の身体から『紫のオーラ』が発せられた。バックハグをする女性のようにまとわりついていて、あきらかに何者かの手によって支配されているように見える。
彼がもしも『闇企業』の手に落ちているとするならば、涼晴はすでに救出に動いているだろう。実弟である歌澄が『才能人』なのは知っていたが、『闇企業』に加入したとは聞いていない。
仮に加入したところで、伝えに来るとは思わないが。
「話し合いでは済まないみたいですね」
「せ、先生!? 本気なんですか!?」
「大丈夫ですよ、ただの兄弟ゲンカですから。心配ご無用です」
『禁忌全英書』を守り抜くには、どうやら歌澄との戦闘は避けて通れないらしい。
一つ深呼吸をしてから、もう一度メモ帳を開く。『禁忌全英書』に接近しつつあるからだろうか、光量がいつもより増して感じられた。
「さぁ、執筆の時間です」
「こっからは俺のステージだ。ついてこれるもんならついてこいよ、Baby!!」
ガコン!! と重厚な音を立てて斧を構えると、右上段に振りかぶったまま突進してくる。豪とした勢いは烈風を生んだが、小説家はひるむことはなかった。こちらも砂塵を巻いて、迎え撃つように走り出す。
『誇張表現』により引き伸ばされた万年筆を右後方に構え、斧による上段切りを受け止めようとする。ただの兄弟ゲンカ、と言いはしたものの、歌澄の得物はギター型の両手斧。
巨大化に際して重さ、丈夫さともに跳ね上がった万年筆だが、受け止められるかどうか定かではない。過去に愛絵との戦闘で、儚くぺっきりと折れてしまったこともある。
結論から言うと、万年筆は折れなかった。なぜなら両者の武器は、衝突しなかったからだ。
涼晴の体を真っ先に襲ったのは──『声』。まさしく、歌手の『才能人』だからこそできることだ。
ギャアアアアアアアッッ!!!! という、恐怖を覚えるくらい強力な『スクリーム』。デスボイスの一種である。衝撃波となったスクリームは涼晴に鈍く衝突し、動きを止める。
「ヒャハハハハハーッッ!!!!」
悪魔のような甲高い哄笑とともに、斧が振り下ろされる。肉厚の刃が迫りくる。万年筆で防ぐ、というプランは総崩れ。それをいち早く察知した涼晴は、既に策を張り巡らせていた。
カチッ。
スイッチを入れるような音。直後、小説家にだけ視えるカーキ色の円盤が──
「なにッ!?」
チカッと光を放った瞬間、両者『感動詞』の爆発に巻き込まれた。人ひとりを吹き飛ばすくらいの威力は持っているので、油断をしていた歌澄はもろに爆発を食らう。それは涼晴も同じ──ではない。
「『感動詞』のダメージを、私は食らわないんですよ!!」
ただし吹き飛びはする。今回に関しては、それが利点になる。爆発の寸前に前方に体重をかけていた涼晴の身体は、よろける歌澄の体へとひきつけられるように加速した。
「『閃光執筆撃・連』ッ!!」
『斬』とは違う、時雨のような連続斬り。浅く、しかし何度も踏み込んで、弟の体に傷をつけていく。正直、心が痛んだ。彼が自分の意思で動いていようがいまいが、家族と友では話が違う。
戻って来いという一心で、攻撃を叩き込んでいくのだった。
十連撃。最後の切り払いまで決め切った。結果歌澄はギターを杖にするかたちで体勢を保つことになった。再度不可解なオーラが、歌澄の身をなでる。
「悪いな……兄貴…………」
口調が、多少ほどけたように聞こえた。 『閃光執筆撃・連』のおかげだろうか。ギタリストは顔を持ち上げ、瞳から黒い涙をこぼしていた。
「か……歌澄!!」
今なら弟を救えるかもしれない。意思が岩のように強固となった途端、涼晴は歯を食いしばって走り出していた。
また自分のせいで、誰かが『悪意』に溺れるのは見たくない。これは罪滅ぼし。この手で、『悪意』を切り払う!!
「『閃光執筆撃・斬』ッ!!」
獣のごとく咆哮し、必殺の一撃をオーラへとお打ち込む。不定形であるのにもかかわらず、万年筆に振動が伝わってきた。そして同時に、聞き覚えのないあざけるような調子の声が、脳に伝わってくる。
──この子はあちきのものでありんす。気やすう触らねえでおくんなんし。
花魁言葉と共に伝わった振動は爆発的な威力となり、逆に涼晴を弾き飛ばした。その速度は尋常ではなく、さながらジェット機のよう。
「先生ッ!!」
『阿修羅の腕』の力で炎を逆噴射。垂直に跳んで右手を伸ばしたが、依茉の右手は空を切るのみだった。絶望に顔が歪んだのは、のちの最悪の事態が予想できたからだ。
ありえないスピードで打ち出された涼晴の身が、触れてしまったのだ──『禁忌全英書』。
『禁忌全英書』の一部を宿した者が触れる時、未曽有の絶望と恐怖が、『裏社会』を包み込んでいく…………
「なん……だ……?」
寿老人までもが表情を凍りつかせた。今まで清純な白光を放っていたドームが、対極に漆黒に染まっていた。まるでその空間に、ぽっかりと穴が穿たれたよう。人間が視認できる限界レベルの『黒』へ変色したのだ。
そして、『黒』は無数の触手を伸ばし、『禁忌の子』を引き込んでいってしまう。
ズブズブ。ズブズブ。
底なし沼にはまったように、抜け出そうともがくが、努力も空しく『黒』に吸い込まれていく。
「先生!! 今助け……!!」
骨々とした白い手をつかむが、どういうわけか手をほどいてしまった。尻もちをついた依茉の表情は、眼前の黒に影響されたように、深い絶望の影がかかっていた。
「あとは…………頼みましたよ。私も必ず、戻ってきますから。どうか…………歌澄を助け」
トプン…………。
暗い、深い、長い、黒い黒い黒い黒い黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒、絶望。
黒い太陽が、うじゅる、と笑う。
面白かったらブックマーク、高評価や感想などよろしくお願いします!!マジで!!!!
Twitterアカウントもよろしく!! @kareha_henshin




