第五章2 『動き出す禁忌、めぐり合う二人』
ビルドみたいです。
ちゃんと毘沙門天の部屋にいるのは、大分久しぶりのことだ。
以前説明したが、彼女は文月 涼晴に『言葉を紡ぐ者』を授けた張本人で、格闘術や体術などを、基礎から応用まで教え説いたものである。
修行内容は、簡潔にいえば「依茉と同じ」。一つ相違点があるとすれば、秋葉原での買い物にて、ピンクなお店に入店しなかったということ。そのころは彼女の趣向が、アニメだったりヒーロー作品だったりに向いていた。そのころに限らず今もだが。
「あのう……なんで怒ってるんです?」
「怒ってないし。お前という存在が一時的に気に入らなくなっただけだし」
それを怒ってるって言うんですけどね……とは口にしなかった。代わりにやれやれとため息をついてから、一口緑茶を口に含む。
件の武神はなぜだかご機嫌斜めな様子。ぷんすかというオノマトペがベストマッチで、さっきから顔を合わせようとしてくれない。若干顔が赤いのはどうしてだろう。
「私が訊いた質問がダメだったのなら謝りますが、『言葉を紡ぐ者』を扱う私には、能力について知る権利があるはずです」
「細工だのなんだの、ありもしないようなことを言うな、たわけ」
別に質問自体には腹立っていないんだけどなぁ……とは言えなかった。涼晴のことだ、「それはどういう意味なんです?」という天然女たらしな性格全開で質問してくるに違いない。再び赤面した師の張り手によって、突き飛ばされるとも知らずに。
常々、馬鹿なのか天才なのかわからなくなる。
それと質問についてだが、今は答えられない。機が熟してからでなくては、彼に『言葉を紡ぐ者』を持たせた意味が──
「貴女なら知っているはずでしょう。私の『才能』と……『禁忌』の関係性について」
『禁忌』。その単語を耳にしたとき、毘沙門天は危うく緑茶を吹き出しそうになった。まぁ、つまりそれくらい驚いたというわけだ。まさか一番弟子の口から、『禁忌』なるおぞましいワードが飛び出ることになるとは、思いもよらなかった。
至って冷静を装って湯のみを置いたつもりだが、恐らくその手は震えていただろう。次に発せられた言葉も、全体的に揺れが確認された。
「…………誰に入れ知恵された」
「初めて聞かされたのは、『自由主義者』の四家 白秋と一戦交えた時です。その後も少し気がかりではあったのですが……須黒 聖帝と、四家 条白からも、『禁忌』について熱弁されました。『禁忌』の力の復活には、私の『才能』が必要だと」
「……やれやれ。聞いていて吐き気をもよおすようなメンツだ。厄介な奴らに目をつけられてしまったな」
「四家家に関しては、私と白秋──ハクで崩壊させました。なので実質的に対策を練らなければならないのは、須黒の方です」
闇から生まれたような、全身黒の銀髪男。フランクな口と立ち振る舞いで、妙な接しやすさが感じられるものの、彼は『禁忌』の力に目をつけている危険人物だ。
実際、彼が『禁忌』を欲していることをほのめかすような発言はなかったが、涼晴に『禁忌』の力を持たせようとしている時点で、何か裏がある。
禁忌、とはまさに禁じられし強大なもののことを指す言葉であり、それらを踏まえて考えると、彼のしようとしていることは、敵に塩を送るということになる。
自分の力が『禁忌』を持つ者よりも上位にあるということを知らしめるためなのか、その他に目的があるのか。現状での判断が無意味なことは承知の上、それでも勘ぐってしまうことは否めない。
「『闇企業』のトップに一目置かれているだけでも、厄介なことに変わりはないだろ。…………もう少し、時間を空けて、しかるべき時に伝えようと思っていたんだがな。今が、その時なのかもしれん。話してやろう。『禁忌』についてな」
二人から放たれる緊張感が空気中に散らばり、部屋全体をこわばらせているかのようだ。
「まず、大前提として、『禁忌』というのは正式名称ではない。『禁忌全英書』──私ちゃんたち神々の間で、そう名付けられた」
「『禁忌全英書』……。全ての、英知を束ねた書物…………」
「察しがいいな。言ったとおり、『禁忌全英書』は、この世のありとあらゆる物……つまり森羅万象と、そこから生まれし全ての英知がつづられた、禁じられた書物だ。かつて現実世界と『裏社会』が創造された時、同じく『禁忌全英書』も作成された。あまりに強大すぎる力ゆえ、作られてすぐに封印されたがな。だが、今でも表裏問わず、世界のすべてをつづり続けている。極論、あの力さえあれば、今の世界を破壊し、新たな世界を作ることだって、呼吸をするようにできてしまう」
「大体わかりました。早速本題に入りますが……私の『才能』と、何の関係があるんです?」
白秋から『禁忌』の話をされた時、うすうす感づいていたところはあった。ただ、それが自分の能力だとは思わなかったのだ。なにせこの力は、どこまで行っても『才能』にすぎない。
『禁忌』などという、そんなおぞましいものを開く鍵になるなんて、だれが予想できただろうか?
今でこそ、こうして受け入れようという姿勢になってる。が、それすらへし折るような事実が、小説家の視界を真っ白に染め上げることとなった。
「お前の『才能』、『言葉を紡ぐ者』の五十パーセントは、『禁忌全英書』でできている。スズ、お前はメモ帳に万年筆で文字を書き記すことで、力を引き出しているだろう?」
「…………それが、何か?」
「本来、『言葉を紡ぐ者』の発動に、『メモ帳に文字を書き記す』という必要はないんだ。万年筆のような、何か書くことができる道具さえあれば、力は存分に発揮できる。だが私ちゃんは、『禁忌全英書』の一部を破り、メモ帳にしてお前にたくしたんだ」
そんな馬鹿な、ありえない、何かの間違いだ。
心の中で繰り返すたびに表情が険しくなっていく。彼を見つめている武神は、それがゆるぎない事実であるということを決定づけるように、こくりと頷いた。
全てを支配する力。それが今、コートの左ポケットの備わっている。
須黒が望んだ理想郷を創ることも、ハクのように亡くした人をよみがえらせることも、またそれ以上のことも。全てできる。できてしまう。巨大すぎる力の前に、涼晴は絶句することしかできない。
生唾を飲み込んで、震える手でメモ帳を取り出す。いつもは頼りがいのあるダークブラウンの革が、恐ろしい闇のように思えて仕方なかった。
「どうして……私にそんなものをよこしたのですか……? 与えないという選択肢は……なかったのですか……」
「お前が『才能人』として覚醒することが、三年前の会議で決定した。だが、当時のお前には『言葉を紡ぐ者』を授かるだけの力がなかった……いや、それもあるが、大元は『言葉を紡ぐ者』が暴れ馬だったんだ。ゆえに『禁忌全英書』の力を使うことで本来の力を抑制し、お前でも扱いやすくしたんだ。決して故意があったわけではないが、お前に重大な荷物を背負わせてしまったことを、『七福神』を代表して謝罪しよう。本当に、申し訳ない……」
長いツインテールが垂れ下がる。こんな改まった態度の毘沙門天は初めて見た。頭を上げてくれ、未だ受け止め切れていないが、これが自分の仕事ならば受け入れる。そう言おうとした時だった。
グ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………!!!!
地震のように、部屋が揺れる。いや、『宝船』が丸々揺れているらしい。ふらつく足取りで窓の外を見ようと壁に駆け寄ると、外の木だったり湖の水面だったりが、ありえないくらいに揺らされている。
「…………『禁忌全英書』が……動き出した……ッ!! スズ、走れッ!! 早くッ!!」
「な、なぜ」
「話はあとだ!! お前は……『禁忌全英書』を守り抜くんだッッ!!」
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こういう時に便利なのが、『感動詞』。地雷の爆発によって大跳躍、最寄りの『扉』へと駆け込んでいく毘沙門天を下目に見送る。
しかしなぜ、今この瞬間に、『禁忌全英書』が目覚めたというのだ? あまりに唐突すぎやしないか? まるで、涼晴が『禁忌』に近づき始めたことを、誰かが監視していたような──
「よっ」
……次の跳躍のために地雷を展開しようと、メモ帳に筆を走らせていた、その時。
聞き覚えのある声が耳に届き、瞬く間に『声』となって、その人物の名を叫んだ。憎悪と怒りを込めた、一種野獣のような──
「須黒オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアァァァァァァァァァッッッッ!!!!」
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