第五章1 『禁忌への一歩』
第五章です。今後ともよろしくお願いいたします。
マルチタスク。同時、あるいは短期間で、別々のことを切り替えて行うことを指すワードだ。マルチタスクを鍛えるなんて言われているくらいには、今の社会で必要になっている、特異な才能の一つであると言える。
つまり、誰にでもできるわけではないということ。仮にマルチタスクができている人ができない人に教えても、正直言って伝わらないことの方が多いだろう。
現実世界では羨まれるマルチタスクだが、実は『裏社会』においてはさほど珍しくない力である。
第一の理由としては、みんながみんな、何かの天才だから。『七福神』が首を縦に首を振るくらいなので、『裏社会』で息をする人々からしたら、あまり目立たないのかもしれない。
そして何よりも大きな理由として挙げられているのは、『才能人』はすでにマルチタスクができているからだ。
彼らは神々に認められるくらいの類まれなる才能を持っているから、戦士になった。だが、それは『裏社会』での話だ。現実世界では『裏社会』についての情報は原則口外禁止だし、第一『才能』の力が使えない。ゆえにもともとの才能を存分に発揮し、生活をしている。
だが『裏社会』では彼らは戦士であり、命を懸けて世界を守護している。これも立派な、マルチタスクと言えよう。
──右拳を左掌に打ち付けるようにすると、たちまち右腕は紅炎に包まれる。竜の咆哮を思わせるほどに炎は火力を増していくが、当人は熱いとも思わない。むしろ、こうして力を得られたことがうれしい。
「たああぁっ!!」
短い、しかし気合が十分に乗った掛け声とともに、黄金の三叉槍の柄へと拳を打ち込む。ガツ、という手ごたえが腕に伝わる。それは槍の持ち主も同様で、自己の背の二倍はあろうかという槍から伝わる波によって、右手がしびれていた。
クリーンヒットこそ免れたものの、流石封印されていた神具というべきか。後退する勢いを殺すために槍を突き立てたが、虹の大地を二十メートルほど抉ったところで止まった。
「……よし、合格だ!! 休憩にしよう」
「はい!! お疲れさまでした!!」
金鞠 依茉は、『才能』を持たない、いわゆる一般人だ。仕事はずば抜けてできるのだが、一歩及ばなかったらしい。まぁ、『才能人』は仕事ができるだけではなれるのものではないが。
「大分力がついてきたんじゃないか?」
「師匠のおかげですよ。いつも特訓付き合ってくださってありがとうございます」
「なーに、礼には及ばん。可愛い愛弟子のためなら、重い腰も軽くなる。なにより、お前は『才能』を持っていないから、人一倍努力しなければいけないしな」
依茉が呼び覚ました神具、『阿修羅の腕』は、たしかに強力だ。何を隠そう武神である毘沙門天までもが、封印に手を焼いたのだ。暴れ馬と称される阿修羅の力を、一般人が制御するなど、前代未聞のことである。
しかし、いくら『腕』が強力でも、装着者である依茉は『才能』による身体強化が受けられない。前例がないこともないが、一般人が『裏社会』で死亡すると、『才能人』のように身代わりとなるものが存在しないため、純粋に死ぬ。遺体が現実世界に転送されるなんてこともなく、たちまち『負』のおやつになってしまうだろう。
だから、鍛える。これは依茉自らが望んだ道だ。曲げたり、戻したりすることはもうできない。
「そういえば今日はスズの姿が見えないが、どうした? お前がここにいるってことは、締め切りに追われているワケじゃなさそうだが」
「うー……それが、よくわからないんですよね……」
「なんだ、伝えられてないのか?」
「いえ、そんなことはないんです。なんか……合わなきゃいけない人がいるー、って言ってました」
毘沙門天は弟子の言葉を聞くや否や、かわいらしくちょんとほほに紅をさした。
今まで自分のもとで修業していた人間が、よもや色恋なんぞに手を出すとは。うれしいような寂しいような、腹立たしいような妬ましいような。そんな、我が子の成長を見届ける親のような心情を抱え、武神はOLに詰め寄る。
「す、す、す、スズにか、か、かか……カノジョができたのかー!?」
「は、話聞いてました!? 誰も女性出てきてませんよ!?」
「あ、あの天然女たらしのことだ、どうせそこらでひっかけたオンナなんだろうな!! あーもったいなーい!!」
「……先生だからなんでしょうね、ありえるかもしれないって思ってる自分がいます」
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今日の修業を終えた依茉は、疲れを感じさせることのない軽い足取りで、仕事に戻っていった。『才能人』でもないのにこうしてマルチに活動──活動と呼ぶには少々血生臭い気もするが──ができるのは、本当にまれだと思う。
「それに比べてあのヒョロガリもやし男は……!! どう考えても私ちゃんの方が魅力あるだろ!!」
おしゃれなデートスポットで和気あいあいとした時間を過ごし、流行のカフェで一息付けて。しまいにゃ見てるこっちが恥ずかしくなってくるような熱い──
そんな妄想が脳内の過半数を埋め尽くすのでやってられない。『宝船』に帰還した後も怒りが収まることはなく、なんとか炎上を抑えるために、アダルトゲームのアイちゃんを思い浮かべた。過半数は弟子の色恋を羨ましくもといけしからんと思うのと、残りはアイちゃんが淫らな表情で悦に入る様子を思い浮かべている。なんだこれ。
次第に脳内はアイちゃんのあんなことやこんなことで埋め尽くされたのは言うまでもない。しかしまだ残留している怒りを抑えるためにも、既に全クリしたゲームをしようと思って自室に入る。
「遅かったですね、毘沙門天。待ちくたびれましたよ」
「ほひゃああっ!? すすす、スズ!? わ、私ちゃんの部屋に勝手に入るな、バカモン!! それよりなんでここにお前がいるんだ!!」
「なんでもなにも、鍵かかってなかったですもん。不用心な貴女が悪いんです」
「違う、カノジョはどうしたカノジョは!? デートはもう終わったのか!?」
「……何の話です? 私彼女なんていませんけど。それに、今日は貴女に大事な話があってきたんです」
なんだ、よかった。
毘沙門天はそっと胸をなでおろし、人末の安心を迎えようとした。が、小説家はどうやら、彼女を休ませてはくれないらしい。
聞き間違いではない。確実に、毘沙門天に用事があると言った。しかも『大事な』という修飾語がついていることにより、期待値アップ。程度としては、『期間限定』、『十連無料』、『SSR確定』。
最後は少し格上な気がするが、ニュアンスはそんな感じ。
彼が言っていることはつまり、『今日の用事は毘沙門天に大事な話をすること』。そして今までのことを含めて考えられる話というのは、愛の……!!
バンッ!! と、まるで彼女の胸中を悟ったかのように、壁ドンをする。武神の背が低すぎて小説家が若干かがんだのはさておき。両者は鼻先が触れんばかりに顔を近づけた。
「んっ……」
そっと瞳を閉じ、その時を待つ。唇と唇が合わさる、まさしく愛の結晶ともいえる行為。ようやく念願の口づけを──
「単刀直入にいいますよ。……私の『才能』に細工をしたのは、貴女ですか?」
「…………………………………………ばか」
その後、涙目になった武神に、思わせぶりな態度をとった天然たらし野郎は、突き飛ばされて目をぐるぐる回すのだった。
目の前がチカチカして、本当に星が見えたというのは、また別のお話……。
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