第四章11 『血色の瞳、美白の涙、漆黒の頂』
まだ今日のリバイスみれてない。ではでは。
一瞬でも四家 白秋を信じた自分が馬鹿だった。
やけに大きく、かつ上品さがあふれる白いベッドに寝転んで、あくびと共に後悔する。天井の照明はやけに暖色が強く、夏真っ盛りだというのに余計に暑く感じてしまう。
そこまではよかった。内装で気に障るところは少ない。問題はここがホテルの中でも異質なものであるということ。ちなみに涼晴は初めて入った。
「なーんでラブホテルなんですかねぇ……」
相方は女性の見た目をしているとはいえ、中身はれっきとした男だ。気恥ずかしさだったりは起こらないものの、自分が本当の目的以外でここにいることが、どうしても理解できなかった。枕に顔をうずめてじたばたしていると、隣にあるソファから声が聞こえてきた。
「お前も言ってたじゃねェか、身を隠すってよ」
「そういうことを聞きたいわけじゃなくてですね……!! なぜ数あるホテルの中からわざわざラブホテルを選択するに至ったのかを訊いてるんですよ!!」
身も心も疲れたと言わんばかりに顔を歪ませたまま、呑気に飴を味わっている亡霊をにらみつける。すると、案外まともな理屈で彼が動いていることが説明された。
「千葉県のほとんどの施設には、四家製の防犯カメラが設置されてる。表向きのクソ技術で作ったカメラだ。おそらく、クソ親父はそういったものを駆使してまで、俺の居場所をあぶりだそうとしてるだろうな」
「それとこれと、何の関係が?」
「このホテルは、四家の管轄外なんだよ。いずれここも駄目になるだろうが、今安全に宿泊できるのはここだけだ。できる限り延長して、明日に備えるぞ。ワリカンな」
パチン、と指を鳴らすと。指と指がこすれあった空間がぐにゃりと歪み、マーブル柄のようになってしまった。細く白い手を突っ込むと、彼は一気に荷物を取り出して、小説家に投げつける。
衣服類の重圧に耐えかねてもう一度寝転んだ時──どちらかといえば倒れた──、身に覚えのない固めの感触が感じられた。
「これは……コンビニ弁当ですか」
「勘違いすんな、してたら消す。ただの謝礼だ、それ以外のなんでもねェ」
「…………ふふっ。そういうことにしておきましょう」
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だいぶはやめの夕食を済ませた亡霊と小説家は、特に話をする必要もないと悟り、軽く仮眠をとることにした。ラブホテルとはいえベッドもなかなかに寝心地がよかった。それなのに涼晴はが目を覚ました理由は、もっと他にある。
背中合わせで一つのベッドで寝ることはないだろう。そう思って壁を向いて寝たのだが、背中に彼の背中を感じた。
ここに来ている目的は先述したとおりだが、今の彼らにとっては不便でしかない。意識しないとッ口では言うものの、人間の本能的に相手が女性だと認識して、妙に背筋が伸びる。まだ眠っているであろう白秋を起こさないよう、ゆっくりと上体を起こし──
「起きたのか」
「…………そっちも、起きてたんですね」
「寝れねェだけだ」
ぴったりくっついていた背中を完全に切り離してから、彼の顔を何の気なしにうかがった。
喉が詰まるようだった。彼は……泣いていた。
嗚咽すら漏らさず、顔もくしゃくしゃにせず。音もなく、透明な涙がシーツに吸収されていく。あくびだけで出る量じゃない。今もずっと、滝のようにあふれ出ている。
「し、白秋……?」
「お前、あったけェんだな。羨ましくなった。それと、懐かしくなった。……ねーちゃんに似てるからさ」
人であって、人じゃない。
少女の姿に変身できる──事故ではあるが──時点で、人間としての領域を脱しているのは火を見るよりも明らかだ。
親の理想を押し付けられて幽閉され、たった一人の愛した人でさえも奪われ。挙句の果てには、彼は復讐鬼となった。普通の人間として生きることを諦めた。そもそも、能力を受け継いだ時点で、普通の人間として生きることなんかできるわけがない。
誰かがそばにいて、もう少し早く手を差し伸べていれば。四家 白秋という存在は、こうはならなかった。
彼女──磨白のことが忘れられなくて、今でも彼女のお気に入りだった飴を咥えている。いや、忘れられるわけがない。いい意味でも悪い意味でも、彼女は白秋の抑制をしているのだ。心の壊れた白秋がこうして生きていられるのは、紛れもなく心の中にいる磨白のおかげ。
目に見えない温かさを全身で感じとったとき、涼晴は意図せずに涙をこぼしていた。そして、そっと……しかしぎゅっと、彼を抱きしめた。殺しあったという過去なんて、なかったことのように。
「貴方は十分温かいですよ。お姉さんのぬくもりが、貴方を生かしているんです。それを守るために……」
「離せよ……。俺は、亡霊だ。温かさなんて……そんなもの……」
「もう自分に嘘をつかなくてくださいと、そう言ったはずでしょう? いいんですよ、素直になっても。私でよかったら、そばにいますから……」
寝返りを打つようにして、白秋は涼晴の胸に顔をうずめた。情けない、情けない。自分らしくないと。何度も自分で自分を責め立てたが、それを緩和するように、小説家は優しく頭をなでてくれる。
ついに嗚咽が漏れ始め、少し背を丸めるようにして、四家 白秋は泣き始めた。女性の体が何だ、涼晴はもはや気にすることなくぎゅっと抱きしめて、少女が眠るまで離さなかった。
悲しい、悲しい物語。救いようがない暗闇に、木漏れ日がそっと差し込むような──
みけんをぺちっとひっぱたかれて、小説家は目を覚ました。無理矢理目を覚ましたことにより、照明の光が眼球を傷めつけた。もう少し寝ておこう……と思って目をつむると、何やら胸のあたりから声が聞こえてきた。
「いつまでこうしてる気だ。俺はお前の抱き枕じゃねェ」
血色の瞳がこちらをにらみつけている。あぁ、そうだと。眠りにつく前のことをぼんやりと思い出した。
「おはようございます。そんな怖い顔しないでくださいよ。……おっと、顔に見合わずスカートめくれてパンツ丸見えですよ」
「なッ……!?」
すぐさまフレアスカートに視線を落とすと、小説家が言ったとおりのことが起きていた。知らぬ間にめくれ上がったところから、淡い水色の生地と白いレースがこちらを覗いている。
バッ!! っと右手で裾を押さえつけ、左手は寝転んだままの小説家の胸ぐらをつかむ。
「結構可愛らしいの履いてるじゃないですか。白秋の趣味ですか?」
「よし殺す。表出ろ。ねーちゃんのパンツをガン見した罪は重いぞ」
「あいにく、そうやすやすと表には出れないんじゃないですか? でも、これでお互い目が覚めましたね。ささっとシャワー浴びて、戦闘に備えましょう」
「お前を信じた俺が馬鹿だったよ、エロ小説家が」
その後シャワーおよび身支度を済ませた二人は、居心地悪そうな感じでチェックアウトをした。ワリカンとはいえ、なかなか財布にダメージが与えられた。時刻は夜の十二時過ぎ。意外と長く滞在していたらしい。
「受け付けの人、私たちのことどう思ったでしょうね」
「んなこと俺にきくな、アホ。……ラブホにこんな長時間泊まるなんて、ヤリ損ねたカップルかなんかだとか、そんなもんだろ」
「おや、白秋にはその気がおありで?」
「殺すぞ。……あぁそうだ、白秋って、呼びづらいだろ。なんかほかの呼び方で呼んでくれよ。俺はもう四家とは縁を切るつもりでいるからな」
「ふむ……。白をとってシロ……それじゃ犬っぽいですね、可愛いですけど。じゃあ、『ハク』はどうです?」
「…………それでいい」
四家 白秋は、ようやく人の温かさに触れた。小説家と亡霊は、夜の街を踏み歩いていく。たとえ夜風と言えど、彼らの温かさは冷却できないだろう。
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