第四章9 『ホロウズ・トゥルー』
青髪の少女は一体誰なんでしょう。ではでは。
小説家がじっと見つめても。思い当たる節はない。編集者がじっと見つめても。思い当たる記憶はない。
「誰なんです? この人」
「知ってたら知ってるって言いますよ……。綺麗な人ですけど、見覚えはないですね。一般人なのか『才能人』なのかすらもわかりませんし」
青髪の女は、もう三十分も目を覚まさないでいる。しかし首元に手を当てると、間違いなく脈が取れる。生きているようだが、ずっと気を失っているらしい。
彼女を一般人だと仮定して考えてみる。まず最初に浮かぶ疑問としては、なぜ『裏社会』にいたのかということだ。
これは依茉にも言えることだが、彼女は『負』に誘い込まれるようにして『裏社会』へ出入りしていた。以後は耐性がついたプラス『阿修羅の腕』に選ばれたことにより、平然としていられるようになった。体勢をつけさせた張本人ともいえる毘沙門天いわく、こんな人間は初めてだとのこと。
青髪の女も、依茉のような特例で『裏社会』へ入ってしまったのかもしれない。となると少し厄介だ。再び『裏社会』などの説明をしなければならない。
心配してじっと顔を見つめていると、少しだけまぶたが震えたような気がした。するとゆっくりと、彼女は目を開けた。赤い瞳が、こちらを見つめる。
「お目覚めですか? まだ横になっていた方が……」
「お……前はっ!? なんで……ここは……!?」
気が動転しているようで、柳眉を立てて涼晴をにらみつける。壁をけるようにしてドアに向かい、煙のように姿を消していく。が、傷が痛んだのか消えかけていた身体が元に戻り、廊下でうずくまってしまった。
「まだ動いちゃいけませんよ、傷が悪化しますから……」
「うる、さいッ!! 俺にかまうな、離、せッ!!」
独特すぎる言葉のきりかた。それが一つの記憶を呼び覚ます電撃となり、小説家の脳を刺激した。知っているとある人物と、今メモ前で暴れている女性とで、シルエットが合わさっていく。
「まさか…………四家、なんですか……?」
「……はぁ? どっからどう見ても俺、だろ。何を見間違え……あぁ、そういうことかよ。ったく、めんど、くせぇな……」
「ほ、本当に四家さんなんですか……? でもなんで女の子に……」
「俺は第128代『自由主義者』、四家 白秋だ。この姿については……まぁ、今から説明する。返す気もないが、借りができたらしいからな」
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所内は、四家 白秋を名乗る女がいることで空気がピリピリしていた。それもそのはず、『言葉を紡ぐ者』──文月 涼晴と、『虚空』──四家 白秋は、一度本気の殺し合いをしている仲なのだ。『才能』の一部を消し飛ばされた投野 打騎の代打として涼晴が出たが、それが四家 白秋の狙いだったのだ。
「こ、コーヒーどうぞー……」
じろり、と赤い目が依茉をとらえる前に、彼女は速足で自分の机へと戻った。冷や汗をかきながらアイスコーヒーを飲むと、まだ終わっていない推敲作業を開始する。
「さて、説明してもらいましょうか。どうして貴方が女性の姿をしているのか。どうして傷だらけなのか。そして前々から言っている『禁忌の鍵』について、教えてください。話してくれるまで帰しませんからね」
「逃げはしねェよ。それに、今はここにいた方が都合がいいってもんだ」
取っ手があるグラスなのにわざわざ本体をつかんで、一気にコーヒーを半分飲み干すと、今までのような癖の強い喋り方ではなくちゃんとした喋り方で、もろもろの説明を始めた。
「まずは簡単なやつからだ。俺がこの姿になってんのは、『虚空』の副作用だ。まず大前提として、俺は虚空に姿を消すことができる。虚空っていうのは定義として、『存在する存在しないもの』って言われてる。能力者である俺にはそれが視認できるが、お前らには見えることはない。その虚空をまとうことで、俺は疑似的な透明化ができるんだが……それが厄介なんだ」
「最初から難しい話ですね……。でも、大体わかりました。私と打騎の前に現れたあの時も、『虚空』の力を使って姿を消していた、と。つまりはそういうことですよね。しかし厄介とはどういうことです? 今までの情報では便利としか思えませんが」
「……『虚空』は、過去に力の一部を欠損させられてる。ゆえに不安定で、正常に作動しないこともまれにある。俺は姿を消していたが、今それが起こったらしい。この姿は、俺の記憶の中で最も未練のある姿だ」
白秋はどこから取り出したのか、棒付きの飴を咥える。心の安定を保つ──とは程遠く、少女の姿になったことを苦しく思っているようだった。その表情といえば、初めてブラックコーヒーを飲んだ少年のようで、見つめる涼晴はキュッと口をつむいだ。
「この姿は……死んだ俺の姉、四家 磨白のものだ。自分でも、この世で一番未練がある存在だと思っている。誤作動によって透明化の解除時に、俺の記憶から姿が形成されたらしいな……」
「…………あまり訊かない方がよかったですね、すいません。少し話題を変えましょうか。貴方は『虚空』の力によって攻撃を無効化できますよね? だというのに、なぜそんなにも傷だらけなんですか?」
小説家は、依茉と共にまきつけた包帯を指さす。良かれと思って手当てをしたのだが、かえって白秋には迷惑だったらしい。不愉快な表情を浮かべていることから、まだ心を開いてはくれないらしい。
いままでの彼らの関係を考慮すれば無理もないが。
「嫌味で言ってんなら、とんだ間抜け野郎だな。『虚空』が22代目で力を欠損させられてから、『才能』以外の攻撃は消せなくなったんだよ。……それを利用して、クソ親父は俺を罰した。テメェの能力を、消せなかったからだ」
家庭内暴力──。
それはDVとも呼ばれ、『ドメスティックバイオレンス』の頭文字をとった略語で、身内間の暴力・暴行などのことを指す。近年悪い意味で注目を集めている言葉で、特に親が子供に対して手を上げることが、事案として取り上げられている。
四家 白秋──。彼の立ち振る舞い、行動・圧倒的な強さ。そのどれをとっても、彼が弱さを見せることなんてなかった。今明かされた、亡霊の真実。弱さを見せず強気に立ち向かう彼もまた、一人のヒーローにちがいない。
「『禁忌の鍵』とは、まさか私の『才能』のことなんですか……?」
「あぁ。だが、禁忌が何を指すのかは俺も知らされていない。でもお前の『言葉を紡ぐ者』が、すべての鍵となるらしい。クソ親父……四家 条白は『禁忌』の力を我が物にしようとしている。そんなことはさせちゃいけねェ、あのクソ野郎に力を持たせたら、世界が崩壊するだろうな」
「おや、理解できませんね。貴方は私の『才能』を奪って、『禁忌』の力を手に入れようとしていたのでしょう? 今になって心変わりしたとでも?」
「クソ親父が望むのは、『虚空』の復元だ。俺が望んでいるのは……磨白の復活。磨白を殺したのはほかの誰でもないクソ親父だ。俺の願いは、相容れないんだよ」
全てを支配する。失われた人命を取り戻す。正義と悪に、決着をつける。
小学生でも考えつくような最も単調的で最もかなえられない願い。白秋からはじまり、須黒の口からも飛び出た、『禁忌』。字面からしてまともな力でないことは明らかだが、涼晴の旺盛な思考力・想像力をもってしても、姿形すら浮かばないのである。話を聞く限りでは、四家 条白は喉から手が出るほど力を欲しているらしい。
そしてそれは、小説家も同じなのだ。
別に世界を手中に収めたいとか、そんなことは思っていない。須黒と対等になるためには、どうやらその力を使うしかないと思っているからだ。ゆえに『禁忌』を条白に渡すことはできない。
「『禁忌』が何かは分かりませんが、私にもその力が必要なんです」
「そうか。じゃ、今ここで……!!」
「いいですか、白秋。敵の敵は味方という言葉がありまして。私は貴方のことを仲間だとは思いませんが、目指すべき場所は同じでしょう? ならば、その目的を邪魔する者は、我々にとって共通の敵です。不本意でしょうが、ここは手を取り合うことが何よりの策かと思われます」
小説家の思いもよらない提案に、今まで静観を決め込んできた依茉も、思わず「えっ!?」と声を上げて驚いた。白秋も呆れたような表情を浮かべ、力強く飴をかみ砕いた。
「間抜けってモンじゃねェ、お前はどうやら天下一級のド阿保らしいな。もしも俺がお前をだましていたとしたら? その可能性は考えたのか? わざわざ傷をつけて、髪も伸ばして、しまいにゃ気ぃ失って。全部が全部、私利私欲のためにお前を利用しようとしていたらァ? ク、シシ!! これより笑える馬鹿話はねェ……」
新しい飴を咥えようと動かした右手を、小説家は優しくつかんだ。まるで、まだ怪我をいたわっているかのような手つきに、白秋は心底呆れた。
……彼の予想の斜め上をいくところに、小説家がいるとは知らずに。
「強がらなくてもいいんですよ。もう、自分に嘘をつくのはやめてください。磨白さんの話をしているとき、貴方はとても苦しそうに顔を歪ませていました。私もかつて、責任感に駆られて一人ですべてを抱え込んでしまったことがありました。しかしそれは無謀だと、大切な人に気づかされたのです。家庭の事情に土足で踏み入るような趣味は持ち合わせていないので、貴方が必要とするならば、私はいつでも協力します」
「…………バーカ、アホ、お人よし。裏切るかもしれねぇぞ?」
「小説家舐めないでください。ウソと真実を見抜くのは、得意分野ですから」
かつては殺しあった者同士が、ついに手を取った。先行きは五里霧中、一寸先は闇。しかし光はある。一筋の光──『禁忌』を守り抜く!!
ドリームタッグは、不敵な笑みを浮かべたまま拳を打ち付けあうことで誕生した。
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