第三章18 『最高で最低で、静かで騒がしい悪役』
書いててめちゃめちゃ楽しかった回。ではでは。
『感動詞』──。
文月 涼晴の『才能』である『言葉を紡ぐ者』の力の一つ。
オーソドックスな使い方が、『地雷』。主に『負』が大量発生したときなどに用いられ、地面に向けて術式を組むことにより、感知式の地雷が設置できる。
長所は、『他者には見えず、自分にだけ見える』こと。相手をわざと挑発して誘い込んで……といった使い方ができるわけだ。そしてもう一つ、『自分はダメージを受けない』という点。
これがあることにより自爆の危険性はなくなっているが、爆発後の衝撃はちゃんと食らう。しかしこれを利用すると、一種ジャンプ台のような使い方ができるのだ。
短所は地雷であるのにもかかわらず、威力は抑え目であること。
涼晴は現在、『感動詞』の力を応用して、に十キロの長距離移動をしている真っ最中だ。爆発の威力が控えめだとしても、人ひとりを軽々吹き飛ばす火力は備わっているため、助走も含めれば一度に二百メートルは進める。本当、便利な能力だと常々思う。
……さて、どうして彼が大人しく愛絵の帰りを待っていないのか。今頃依茉は大慌てで彼の捜索に当たっていることだろう。
別に心配になったとか、『忘れ物を届けに行くたかし君の母親ごっこ』がしたくなったとか、そんなことではない。むしろそれよりも重大なことだ。
涼晴は、美王 愛絵という一人の仲間に手を出されたことが、何よりも許せなかった。
彼女と接するときはそんなそぶりを見せることはなかったが、内に秘めていた怒りは、既に沸騰寸前まで来ていた。
愛絵には悪いが、自分も『闇企業』をつぶすために、こうして移動をしているというわけだ。
富士山とエベレストを横目に、ゲシュタルト崩壊を起こしそうになるくらいメモ帳に『感動詞』と書き込んでいく。
カーキ色の円盤が足元に出現し、跳び箱を飛ぶ時のように思いっきり踏み込んで、爆発音と共に大跳躍する。依茉の同期たちから生まれたあの巨大な『負』に『長音突蹴』を放った時も、実はこのようにして『感動詞』を利用していた。
下を見下ろすと、虹の大地が続いている。が、もう一度着地した場所からは、虹色の光は見えなくなってしまった。代わりに灰のような、白っぽい黒色に切り替わり、異様な雰囲気がただよっている。
サム、サム、と柔らかな音を立てて歩いていくと、砂嵐の晴れたその先に、黒い巨城が見えた。いかにもな、『悪者の城』といったかんじ。
「…………おや?」
突如現れた禍々しいオーラに視線が誘導されたが、その途中にあるものを発見して、もう一度視線を水平に戻した。
……人だ。服装は、まるで煤でも被ったのかというくらいに真っ黒。髪色は銀で、よく見えないがおそらくタバコをくわえている。
涼晴は見たこともない容姿の人間に、臆することなく近づいていく。くっきり顔が分かるところまで来ると、相手側も小説家の姿に気づいたようだった。
何だろう……。見た目からわかる通り初対面であるはずが、なぜか気に入らない。スーツ姿の男の輪郭が鮮明になっていくたびに不快感が心に蓄積されていく。臆することなく、とは言ったが、警戒心は十分にある。そのせいだろうか?
両者の間は、約十メートル。涼晴は見知らぬ男に声をかけられ、その地点で足を止めるのだった。
「こんなところに人が来るなんて、珍しいこともあるもんだなぁ。ま、お前さんとあともう一人、今日はうちに招いているが。それはさておき、ようこそ『闇企業』へ。俺はここの創設者、須黒 聖帝だ。お前さんとは長い付き合いになりそうだな、よろしく頼むよ」
「文月 涼晴です。……トップ自ら歓迎とは、驚きましたよ」
「今は『両手』がちと用事で手が離せない状況なんだ。来客の前で言うことじゃあないが、そんなこんなで面倒な役を俺がやってるってわけだよ」
「私も急に押しかけてしまって申し訳ないです。ですが、貴方が『闇企業』の頭だというのなら、丁度お話したいことがあるので助かりましたよ」
「俺に? ハハハ、そうかそうか。あいにく城内は散らかってるもんで、使えないんだ。ここでよかったら、話を聞こうじゃないか。コーヒーもバタークッキーもないが、ゆっくりしてくれていぞ。あぁそうだ、立ち話は若老かかわらず腰に悪い。椅子を出そう」
須黒 聖帝と名乗る男がパチン、と指を鳴らす。
すると突然、何もなかったはずの背後に、豪華な黒い椅子が出現した。須黒の方を見ると同じ椅子が同じタイミングで出現したようで、よっこらしょと深く座っていた。
すぱすぱタバコを吸っている中、涼晴が一向に座ろうとしないのを不思議に思ったらしく、
「どうした、座らないのか? ハッハッハッ!! 大丈夫だ、電気椅子でもなんでもないさ、ただの椅子だよ。ほら、座った座った!!」
『闇企業』のボスであるということを聞いていたため、緊張していたらしい。顔をこわばらせて、自然と彼の言うことに不信感を抱いていたようだ。
おかしな小説家の姿を見た須黒は、およそ『闇企業』という名前には似合わない高笑いをかまし、フランクな物腰で涼晴の緊張をほどこうとしているようだ。
緊張させているのは、他の誰でもない須黒なのだが。
恐る恐る腰を下ろすと、涼晴の予想を裏切るように、何も起こらなかった。「ほれみたことか」と言わんばかりのスーツ男の表情に、若干イラついた。
「それで? 俺に話があるって言ってたが、いったいどんな面白い話を持ってきてくれたのかな?」
「……貴方にとって興が乗る話ではないかもしれませんよ。なぜなら、私の個人的な恨みを晴らすための物なんですから。須黒、といいましたね。貴方は、美王 愛絵という人物を知っていますか?」
小説家が質問を投げかけると、須黒は眉間にしわを寄せ、どこか虚空を見つめるようにして思い出そうとしているようだった。力強く吐き出したタバコの煙が涼晴の顔ぎりぎりまでただよってきたが、寸前で消えてしまった。涼晴も少し煙たそうにしている。
と、何か心当たりがあったようで──白々しいが──、須黒ははっと目を見開いた。
「あぁ!! もしかして『Levon』ちゃんのことか? うちに来てからずっとそう呼んでたから思い出すのに時間がかかったよ。それともボケが始まってきたかな?」
「ふざけないでください。私は真面目な話をしてるんです。……愛絵は、私の大切な仲間なんです。『Levon』として彼女が活動していた時、『闇企業』という単語を毘沙門天から聞きました、つまりは貴方が愛絵を操ったということですよね? 仮に今回操られていたのが私の知人でなかったとしても、貴方のした行為は、決して許されることではありません。何が目的で愛絵を操ったんですか?」
「ほほぉ……。赤の他人であっても、迷わず救いの手を差し伸べると。いいじゃないか、いかにも清純な『正義』といったところだな」
「だから、話題をそらすなと……!!」
今にも立ち上がって殴りかかってきそうな涼晴を、須黒は笑いながらなだめるのだった。タバコを灰色の地面に落とすと、革靴のかかとで踏みつぶす。また新しいタバコをすぐに取り出し、慣れた手つきで火をつける。
「まぁまぁ、落ち着け。そこが俺の計画の肝なんだから」
「計画……? 何を企んでいるんです……?」
「企むっていうのはちと人聞きが悪いってもんだ。俺はな、人の『正義』を心の底から信じてるんだ。お前さんだってそうだろう? こうして『才能人』に選ばれたんだから、真摯に人間の感情と向き合わなければならない場面は、少なからずあるはずだ。そういう時に思わなかったか?」
……なんで人間には『悪意』があるんだろうな、ってさ。
「あく、い?」
「そうだ。お前さんたち『才能人』が憎むべき存在の『負』も、元をたどれば人間の『悪意』に行き着く。人間が日常生活や仕事において、不満やストレス・恨みつらみを感じ取った時、『負』はこの『裏社会』の大地に足をつける。そんな彼らを、お前さんは幾度となく殺してきた。『正義』を信じて、戦ってきたはずだ。でも、よぉぉぉぉく考えてみれば、不思議じゃあないか? なんで人間は『悪意』を持っているんだと、考えてみればおかしな話じゃないか?」
……涼晴は次第に、須黒の熱弁に入り込んでしまったかのように、口を紡いで静かに聞き入っていた。
須黒の声は妙に耳に残る声質で、見た目年齢二十代からは想像もできないような、『哀愁と深み』を感じさせる。まるで今まで自分が身をもって味わってきたかのような臨場感が、彼の雄弁さによってより際立っている。
「…………たしかに、私たち『才能人』の目的は『負』を根絶させることです。形は違えど、皆『正義』を心にともして、日夜戦闘に明け暮れていますからね。ですが今回の件とその話に、いったいどんな関係性が?」
「お前さんも気づいてるんだろうが、『Levon』ちゃん改め美王 愛絵は、お前さんに強大な憎しみを抱いていた。心を『悪意』に支配され、仕事にも手がつかなくなっていたよ。そんな彼女に、俺が手を差し伸べてやったんだ。ちょいとネジをぶっ壊して『悪意』に身を染めてやったら、驚いたよ、愛絵ちゃんが持ってた『黒』絵の具から、強大な『悪意』を感じたんだ。ま、つまるところは、俺の計画のために愛絵ちゃんの『黒』絵の具を借りてたってわけだ」
「貴方……やっていいことと悪いことがあるでしょう!? 非人道的です!!」
「そうか? 俺はただ、愛絵ちゃんの『悪意』を取り除いてやろうとしただけだぞ? そのためには、『悪意』を実体化できるレベルまで強くしなければいけなかったんだ」
「……なんですって?」
「俺の計画はな、すべての人間から『悪意』を抜き取って、『正義』があふれる世界にしたいってものだ。言い方は悪いが、そのための試運転として、愛絵ちゃんを抜擢させてもらったんだ。しかし、お前さんに友好関係があるとは知らなかったんだよ、許してくれないか」
き……ん
頭の中で、甲高い音が反響した。
どういうことだ? 『闇企業』と言っている割には、行動が『善意』に満ち溢れている。須黒が自ら言っているように、少々やり方は陰湿でいい見え方はしないが、今の発言だけを固めてゴールを導き出せば、かつてない『人類社会の平和』が訪れる未来しか見えない。
須黒 聖帝は、会釈とはいえしっかりと頭を下げて謝罪をしてくれた。こうなると、自分が攻め立てているように感じられて涼晴は落ち着かなかった。
愛絵が『Levon』のままだったとしても、最終的には元に戻っていたのか?
『Levon』が涼晴に決闘を申し込んだのが自発的な行動なのだとしたら、あの時は『悪意』に満ちていたと言える。だが、それすらも消してくれたということなのだろうか?
胸中で渦巻く疑問の中で、涼晴は次第に一つの素朴な疑問にたどり着いて、気づいたときには口に出していた。
「…………仮に、全人類の心から『悪意』が消え去ったとして、かつて存在していた『悪意』はどこへ行くのですか?」
涼晴の質問は、思いのほか両者の間に生まれかけている『ひずみ』を埋める、核心を突くようなものだった。だが、涼晴はそれに気づけなかった。『善意』も『悪意』も、どちらも鮮明にわかっているわけではなかったからだ。
須黒はその言葉を待っていたと言わんばかりに、大きく笑みを浮かべる。すぱぁ、とタバコを一吸いして、再び熱弁し始める。
「それが俺の計画の終着点だ。『悪意』を背負うのは、この世でたった一人でいいんだ。それが、俺だ。お前さんにも、もちろんほかの『才能人』にもできない『仕事』だろ?」
その言葉を聞いた途端、涼晴の脳内で構築されていた『楽園』の華やかさは、一瞬にして失われてしまったかのようだった。
鮮やかな色彩を放つ花々は汚らわしく枯れ、透き通ったうるわしい渓流もどぶ色に濁り始める。青い空は真っ赤に染まり、この世の終わりを告げているようだ。
須黒が言っていることはつまり、『自分のもとに全人類の悪意を集結させる』ということだ。
深く考えないと、彼はまるでヒーローのようだが、実際はそんなことはない。
人間の心から『悪意』が失われることは、たしかに平和を演出するファクターとしては十分なものかもしれない。だが、完全に消え去ったわけではない。
須黒 聖帝という救世主の皮を被った闇の帝王が唯一、『悪意』を宿しているのだ。それはつまり──
「だめだ……」
「んん? 何か言ったか?」
「それじゃ……世界は救われない!! 貴方は最初から、世界平和なんか望んじゃいない!! 自分のもとに『悪意』を集約して、その力を我が物にしようとしているんでしょう!? それじゃ世界の均衡は保たれない……半々になった力のどちらかに一パーセントでも力の差がついてしまえば、世界は崩壊してしまう!!」
「おぉ!! よぉく気づいたなぁ!! 流石『天才小説家』、というだけはあるっ!!」
「ふざけるな!! 今すぐ計画を白紙に戻しなさい!! やはり、人間には『善意』と『悪意』の両方があるべきだ!!」
「本当にそうかぁ? 『正義』は、この世で最も人間に愛されている言葉だろうな。だがその『正義』が、他の『正義』を傷つけていることだってあるんだぞ? 『悪』なんてのは、本来は存在しないんだよ。誰かが強大な『正義』の剣を振りかざし、弱き『正義』はその剣の前に屈服するしかない……。強い『正義』は喜ばれるが、事実『悪』を生み出す最大の元凶でもあるんだよ!! 他とは違うものを『悪』だと排斥し、自らは誰が定めたわけでもない透明な『正義』にすがり付いているだけ!! ……それで誰かが悲しむのなら、争いが生まれるのなら、すべて『正義』に染まればいいじゃないか」
不敵に笑みを浮かべる『悪』を前にして、涼晴はもやは黙ってはいられなかった。ただ、これから『人類最大の敵』となりうる須黒を止めるために、咆哮して万年筆を突き出していた。
立ち上がった衝撃で黒い椅子は後方に吹き飛ばされ、小説家は砂塵とともに『悪』へと刃を向けた……つもりだった。
ゴシャアッッ……!!!!
鈍痛。それだけが、涼晴の身体を襲った。
ありえない。できるわけがない。あの速さの突進に、カウンターを合わせるなんて。
彼が、『時間を止める能力』を持っていたのなら、話は別だが。
悲痛な叫びに反して、須黒の拳はあたかも小説家の行動が読めていたかのように、腹部をとらえていた。衝撃波が背を突き抜ける。全身の血が巡り巡るように、口や鼻、耳からも鮮血が流れ出てくる。
生暖かい感覚が全身を包み込んでいくのを味わいながら、涼晴はあっけなくひざを折った。
「おいおい、あんまり無茶はするもんじゃないぞ? たとえ目の前に、今後の人類の未来を操作できてしまうような人間がいたとしても、だ。焦りは禁物だ、若いんだから寿命を縮めるようなことはするなよぉ」
たとえようのない痛みに悶えている涼晴を見下ろすようにして、わざと温かい言葉を投げかける。
正義だ正義だと、言葉の意味も分からずわめいているような人間たちには、こういう挑発が一番効く。
「ま…………てぇッッ!! 必ずッ……私が…………ここでッ……とめ…………るッッ!!!!」
小説家は白い手でスーツのパンツをつかもうとするが、つかめたのは少しの冷ややかな空気だけだった。煮えたぎる熱い怒りを覚ますには、到底使い物にならないくらいの冷たさだった。
須黒は這いつくばるあわれな男を置き去りにして、軽快な足取りで城へと歩みを進めていく。再び砂嵐が、タイミングよく彼の姿をかすめていく。
「焦りは禁物だと、そう言っただろぉ? また会えるさ、こうして『いがみ合うこと』ができたんだからな。次に会う時までには──『禁忌』について、少しでも知識を深めておけ。俺のステージまで上がってこい、俺はコーヒーでも飲んで待っているぞ。Ciao~♪」
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…………
『正義』と『悪』。試合のゴングは鳴った。火蓋は切って落とされた。
さぁ、戦士よ、神よ、立ち上がれ。『世界のあるべき形』に、一つの答えを導き出すために……!!
面白かったらブックマーク、高評価や感想などよろしくお願いします!!マジで!!!!
Twitterアカウントもよろしく!! @kareha_henshin




