第三章17 『強欲襲来、全色の誓い』
お久しぶりです、枯葉でございます。またしばらく更新しますので。
アタッシュケースを引っさげた萌え袖金髪少女は、千代田の大通りを歩いている。少女というほど若くはないが、今年で二十一になる。
同期である天草 刃は今年で二十二であり、一つ上の先輩。彼女はそういう上下関係を邪魔なものとしか思ってないので、気にせず踏み込んでいくのが当たり前になっている。
仕事がら、相手に対して敬語を使う場面は多いはずなのだが。
敬愛する須黒に下された命令に従い、目的地へと移動中。ダボっとしたニットのフードを被り、振り子のように頭を揺らす。小さな背やその行動から、きっと通行人は彼女を子供のように思うのだろう。
無邪気な笑顔のわりに、彼女も『闇企業』の一員である。そしてだれよりも業の深い仕事に着手している。
「さぁ……稼ぎますか♡」
粘性の高い唾液をしたたらせた舌を出し、とある扉を見つめる。
ダークブラウンの洒落た雰囲気なのに、所々につけられた傷によって品格が下がっている。よく言えば、『味がある』。
嘉銭がこの場所に来るのは、今日が初めてだ。しかし、周りを気にする様子もなくドアノブに手をかける。包み込むようにしてノブを隠すと、もう反対の手で何か鍵穴をいじくっているようだった。
彼女がドアの前で立ち止まっていたのは、ほんの十数秒程度。はたからみたら「鍵がうまく刺さらなかったのか、入るのにてこずっている」くらいにしかみえない。
実際、嘉銭はここの合鍵などは持っていない。来たこともないのだから、当たり前だが。
ものの数秒でピッキングに成功。幼少期から、こういう『裏』の技術はたくさん身に着けてきている。まったく恐ろしい女だ。
ガチャリ……
抜き足差し足、忍び足。
つま先を先につけるようにして、音をたてないようにして歩く技術も取得済み。目だけで室内を見渡すと、そこには高額そうなワークデスクや大量の本棚、ホワイドボードに洒落たランプなどが、彼女を見つめていた。
ここは小説家、文月 涼晴の事務所である。
須黒は『情報を盗んで来い』と言っていたので、何一つためらいもなく物色を開始しようとする。それはそれは、良い笑顔で。
だが、部屋の中央に来た時。黒いワークデスクの下から、人が現れた。まるで、彼女が来るまで待ち伏せをしていたかのような、余裕を持った登場だった。
百八十以上の長身。鍛え上げられた、日焼けした身体。動きやすそうなスポーツウェアを着ている茶髪の男は、まさしく『熱き血の戦士』の姿だった。不法侵入している嘉銭に対して声を荒げることはなく、至って冷静に見つめているだけだった。
「……この気まずい空気をかき消すには、どうすりゃいいと思う」
「そーだな~……お紅茶とか、もらえる?」
「コソ泥のくせして態度がでけぇな。ま、いいさ。涼晴の奴からはここを壊さなければなんでもしていいから、お前みたいなのを止めろって言われてるからな。丁度オレも一服つけようと思ってたところだし、一緒にお茶するかい」
~~~
……かつて、不法侵入者とともに紅茶を飲んだプロ野球選手がいただろうか?
自慢にはなるかもしれないが、他人に話したら「すごい!!」より「アホか!!」と叱責されそうだ。
こうして二人で向かい合って、一言も交わさずに紅茶をたしなんでいるのが、他人からも当人たちからも、相当な違和感を覚えることだろう。
女は静かにティーカップをおくと、わが子をめでるかのようにアタッシュケースを抱きかかえて優しくなでながら。
「ねーねー、怒ってくれないの?」
あざとく首をかしげ、細い眉を八の字にして困り顔を作る。ほわほわと柔らかなオーラを放つ嘉銭に比べ、打騎は氷のように冷ややかだった。いつも熱血熱血言ってるくせに。
「わざわざミンチにするのをやめてやったのに、自ら粉砕機に身を投げるような真似すんなよ。……オレがこうしてお前をさげすんでいるのは、『闇企業』の手先が来ると分かっていたからだ。愛絵のやつが城に向かっている間、お前たち側にもできることはある。そう例えば……『情報』を抜き取る、とかな」
銀色に光るアタッシュケースをなでる手が止まり、嘉銭はほんの少しだけ眉をもち上げる。ちらり、と打騎の表情をうかがうと、言動には出していないものの、かなりいらだっているようだった。
「こっちが手薄になるとでも思ったか? 残念だが、お前たちじゃオレらには勝てない。『闇企業』だか何だか知らねぇが、今やろうとしていることは取りやめにした方が身のためだぞ」
「にゃはっ……にゃははっ!! 流石、『才能人』っていうだけのことはあるねー。何にも言ってないのに、わたしが『闇企業』に属しているってこともわかっちゃうんだ」
「この状況下でオレが『才能人』だってわかってるやつが不法侵入してくるなんて、そうとしか思いようがないってもんだ。……さて、そろそろ名乗ってもらおうか」
打騎がティーカップを置くと、同タイミングで金髪女はカップを口に持ってくる。涼晴が愛絵のためにずっと残していた茶葉を使って淹れた紅茶。無論打騎もこれがお気に入りだが、敵対勢力である彼女に飲まれるのは、ちと癪だった。
わざとらしく匂いをかぎ。二度目だというのに、あたかも初めて飲むようにリアクションする。露骨な時間稼ぎらしかったが、野球選手は黙って彼女を見つめていた。一気に残りの紅茶を飲み干すと、もう一度アタッシュケースを抱え込み、
「『左手の強欲』、今富 嘉銭。……これでいい?」
にゃはっ、と八重歯をみせる。純粋な目で見ると、幼げかつフレッシュな笑顔がかわいらしい。ただ、事前に『左手の強欲』なる二つ名を聞かされているため、彼には今富 嘉銭の笑顔は悪魔のようにしか見えなくなった。
あと、『左手』ということは、『右手のナンタラ』もいたりするのだろうか。
「それで? 目的はなんだ」
「にゃはー。もちろん、あなた達『才能人』側を、内側から弱体化させるためだよ」
そう言い放ったあと、彼女はついにアタッシュケースの留め具を外した。
パキン、パキンと軽快な音が事務所内を包んだ。嘉銭はにたー、と笑いながら、ケースを開けていく。
──金。
何人もの『渋沢栄一』が、穏やかな顔でこちらを見つめている。何色とも形容しがたい絶妙な色は、人を引き付ける正体不明の魅力が詰め込まれている。
左上に記載された『壱万円』の文字が、一面だけで十二個も。これだけで十二万円。約十センチのアタッシュケースなので、さらにもう二束くらい下にありそうだ。
電飾がつけられているわけないのに、なぜだか彼らはまばゆい光を放っているように見える。目を細めて笑みを浮かべる彼女は、身体を十五度ほど前のめりになって、『欲望の塊』を押し付けてくる。
「ここにあるので、三千六百万。お気に召さなかったら、これの五倍……いや、十倍以上でも余裕で用意できる。それでも、って場合でも、さらに追加できるから。だからぁ、私の言うこと、聞いてほしいなぁって」
百万円の札束を一つ取り出して、ひけらかす。彼女はそれで「いける」と思っているのだろうが、相手が悪かった。一般人ならば、目の色を変えて条件を飲むところなのだろうが、打騎は『三千六百万以上』という数字の前にも、一切冷静さを欠くことはなかった。
「くっだらねぇ……。そんなちゃちな金額で、オレを動かせるとでも?」
「ほほう!! というと? 詳しく聞かせてもらえるかにゃ?」
「はぁ……あんまり金の話はしたくないんだけどな。オレは一応、野球人だからよ、『年俸』があるんだ。だから、こんな額じゃ揺れないってだけだ」
大半が契約やらなんやらで手元には来ないらしいが、とにかく打騎のようなプロ野球で生計を立てている人が手にする金額は、凄まじい。普通のサラリーマンが一生働いてようやく『二億』かせげるというのは有名な話だ。
伝えられた金額以下の金が手元に来るが、それでも一般人からしたら、大層うらやまれるものだ。まぁ、その裏には血反吐を何度も吐いたような、想像を絶する努力があるので、見合っていると言えばそうだ。
「そっかぁ、残念。ここにいるのがあなたじゃなかったらなぁ……」
「あのな、一つ言っておくぞ。仕事をしている人間が、必ずしも金のためだけに働いているわけじゃない。涼晴も、オレも、愛絵も、新人ちゃんも。私利私欲だけで働いている奴が、『才能人』に選ばれるわけがないんだよ」
「ふーん……。いいね、ますます『才能人』にきょーみわいてきた。今日のところは、これで終わりにしといてあげる」
「あぁ。そうしてもらうと、オレも手を汚さないですむ」
今までの態度とは打って変わって、今富 嘉銭はあっさり諦めたようで、そそくさとアタッシュケースを閉じてしまった。すると今度はすくっと立ち上がり、トコトコ玄関へ歩いていく。可愛らしく歩く後ろ姿は、少女そのものだった。
「じゃあな。二度と来んなよ」
「にゃはは!! きっともう来れないだろうから、安心して。それと、あなたのことは気に入ったけど、うちの『頭』の名前、聞き忘れてるよね? あぁ、もったいない!! やっぱり、お金ってすごいなぁ!!」
「お前……まさか!!」
「にゃははは!! ばーか♡」
台風のように、『左手の強欲』は去っていった。後をつけようと走り出したが、外には彼女の気配すら残されてはいなかった。
~~~
黒刀が舞い、何度も絵筆の柄に刃が食い込む。よく切断されないなと、愛絵は絵筆の持ち主ながらに驚くのだった。
戦況は圧倒的な劣勢。こちらは攻撃を仕掛けるたびに体力が削り取られていくが、『右手の殺意』こと天草 刃は、太刀筋を一切狂わせていない。体裁き、足運び、呼吸──どれをとっても、疲労を感じさせない。声を荒げていないのに、彼の刀からは濃密な『殺意』がにじみ出ているのが分かる。
流石、『右手の殺意』といったところか。
ザシュッ!!
刀は暑い布を簡単に刻み、画家の白い肌をみるみるうちに赤く染めていく。一打強い斬撃が入るたびに、彼女は燃えるような痛みに絶叫を上げながら、大地を転がっていく。
「あ…………ぐ……………………」
のどからあえぐような声が絞り出されるが、彼女にはもはやその程度の力しか残されてはいなかった。激戦の末に脱げてしまったウィッチハットを拾い上げ、浅くかぶる。寿老人が作ってくれた仮面は、すでに天草 刃の猛攻を浴びて破壊されてしまった。
バイザーの格子から見つめるより、こうしてくっきり見えた方がより鮮明な恐怖を感じる。まったく厄介だ。
旅立ちの時に背中を押してくれた仲間たちの声が、彼女に休むことを許さない。だが、悪い心地はしない。むしろ応援されていることが全身全霊で答えられることがうれしい。無意識下とはいえ、彼らに手をかけてしまった、せめてもの償いだ。
ボロボロの体に似合わない不敵な笑みを浮かべると、もう一度『黒』と会話を始めるのだった。
──ドラゴン。あんたは『負の感情』をエサにしているのよね。あたしが死んで自由になったら、その願いはかなうのかしら?
──何を当たり前のことを。我が外に出れば、小娘らが憎む『負』共を食らいつくしてやろう。お前は戦士としての責務から解放され、我は自由に腹ごしらえができる。お前が今ここで黒刀に屈することが、利害の一致を招くのだ。
愛絵の『彩色の魔導士』の力は、その七割を『黒』絵の具に力に頼っている。『才能』としての力は確かに『百』あるのだが、ドラゴン──『全色王龍』の強大な力により、『上塗り』されてしまったというわけだ。
『全色王龍』は、かつて日本が救いようのないほどの不景気におちいった際、人々の『負の感情』が一つに固まり、受肉したものだ。生まれた過程は『負』そのものだが、いかんせんとりこんだ『負の感情』が多すぎた。ゆえに『負』の上をいく存在として君臨しており、彼らをエサとみなしている。
一世代前の『才能人』からは触れてはならない禁忌の怪物として恐れられてきたという。
──あんたこそ、何言ってるのよ。利害が一致するわけないじゃない。
──なんだと? 自分の才を失うことが、怖くないと?
──正直、ビビってるわよ。膝もガックガク。でも、あたしがやらなかったら、誰が代わりにやってくれるっていうの? あんたも知ってるでしょ、あたしは自分のために絵は描かないの。誰かの笑顔が見たいから、あの時の涼晴を笑顔にしたいから、あたしは絵を描くのよ。今だってそうよ、あたしが死んで、あんたが外に出られてとして。たしかに『負』の駆除ははかどるかもしれないけれど、あたしを笑顔で送り出してくれた人たちは、どう思うかしら。それで、ハッピーエンドになるのかしら?
──小娘……まさか、この状況下で、諦めていないとでもいうのか。
──残念でした。魔法使いは諦めが悪いのよ。だから、あんたが力を貸してくれるまで、あたしは諦めずに立ち向かう。それが……あたしの『仕事』なんだから。
……傷はさらに悪化していき、力をこめようとするだけで肉が裂けていく。雨漏りするかのようにいたる場所から血液がしたたり落ちるので、彼女がいた場所には紅い水たまりができる。
刃もまた返り血を大量に浴び、半身が真っ赤になっていた。黒刀にもべっとりと血がこびりついていて、後々の手入れが大変そうだ。
「さて、そろそろ終わりにするか。もう喋る気力もないだろうし、俺も十分に力をふるえた。いい藁的になってくれて、助かった」
霞の構えをとり、一つ呼吸を深くとる。吐き出した息とともに足を踏みしめ、ものの二秒で愛絵の横たわる場所へ来る。まるでワープ能力のようだが、彼の能力はまた違うものだ。
矢を引き絞るように刀を後方にスライドし、心臓めがけて一突き……
その時、ひとりでに絵筆が動き出し、刃の黒刀をはじいた。おかげで初めて太刀筋がずれ、黒い大地に刃先が突き刺さった。妨害されたことをもはやなかったことのように、冷酷な表情で刀を絞るが──
標的は、たしかに両足で立っていた。なんだ、この異様な威圧感は。刀を振り下ろしたところで通用しないかもしれないという、今までに感じたことのない感覚が全身を襲った。
「お前は……誰だ?」
「……そうね、改めて自己紹介しておこうかしら。あたしは美王 愛絵。『全色王龍』を従えし、『彩色の魔導士』よ。さぁ、ショータイムといきましょうか、お侍さん」
愛絵はおもむろに、絵筆に巻き付いた大きなリボンをほどいた。ゆらりゆらりと風にまかれ、花弁が舞うように飛んでいく様を見つめていたが、注目すべきは絵筆のほうだ。
銀色の、絵の具装填用のパイプが、二つも追加されているではないか。どうやらリボンによって封印されていたらしいそれは、既存の物より色がきらびやかだった。
「これが、あたしの真の力よ。ドラゴンと共闘する契りを交わして、取り戻した力!! 『三原色』!!」
右腕の備わっている『赤』、『紅』、『橙』を次々に装填していく。
「三つ、だと?」
「燃え盛れ!! 『ヴォルカ・バルカン・ポルカ』!!」
黒い空間が、太陽のごとき灼熱により、赤く染まっていく──。
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