第三章16 『黒の奪還』
殺意湧く湧く♡ ではでは。
一体どうなっているんだこの城は。
外の見た目こそ禍々しく、威圧さえ感じるほどのものだったが、内装はこれでもかというくらいさっぱりしている。長めの廊下で目を引くのは、高額そうなじゅうたんと少しの扉だけ。
これと言っておかしなところはなく、息を殺して捜索していてもトラップに襲われるなんてことはなかった。
城内への侵入も、恐れられていた『負』の猛攻もなく容易にできた。城内には侵入者用の防犯セキュリティらしきギミックすらなく、自然な形で潜入に成功した。
違和はあるものの、愛絵の目的は『黒』絵の具を取り返すことだ。活動しやすいに越したことはないので、ありがたく捜索を続けさせてもらう。見つかると厄介なのは、あの刃という男。
風紀委員長的な生真面目さで問い詰められたら、平常心を大いに乱す自信がある。胸を張って言えることじゃないが。
……張るほど胸ないけど。
気を取り直して、手始めに手前の扉を開けて──
「はにゃ? どうしたの『Levon』ちゃん」
扉を開けた先にあった部屋は、衣服だの家具だのが乱雑に置かれた、一種のダンジョンのようなものだった。とはいってもこちらから声の主は確認できる。
須黒に飛びついて、猫のように愛情表現をしていた嘉銭という女。彼女が下着姿で、ベッドに横たわってくつろいでいる。下手をすれば未成年者にも見えてしまうくらいの、子供っぽい雰囲気とは裏腹に大人っぽいランジェリーという。
対峙するのは『貧乳』同士だというのに、なんだろう……この『一枚上手』感は。
「いや……なんでもない。すまない、部屋を間違えた」
「あれぇ~? もしかして『Levon』ちゃん、照れてる~? にゃはは!! わたしはへーきなんだけどなぁ、ほら女の子同士なんだし。入ってきたのが刃君だったら、顔面が梅干しみたいになるくらいまでひっぱたいてたけどね」
にゃははははは……。
『闇企業』の一員とは思えないくらい、明るい笑い声。須黒といい彼女といい、いったい『闇』とは何なのか、定義が分からなくなってしまいそうだ。
「取り込み中、邪魔したな」
「いーよいーよ。わたし『Levon』ちゃんが帰ってくるの、ずっと待ってたんだから。ねーねー!! また一緒にお風呂入ってもいーい!?」
「おふ……っ!?」
洗脳時にいったいどんなことをしでかしたのかと、驚きを込めるかのように吹き出してしまう。まぁ彼女の言う通り、『女の子同士』なので何も問題はないのだが、自分が無意識化で『そういうこと』をしていないかどうか、気になって仕方なくなってしまった。頭痛が始まりそうだ。
突然の提案に戸惑っていると、嘉銭は壁掛けの時計を見上げ、
「あ、しまった!! これからお仕事あるんだった!! ごめんね『Levon』ちゃん、ゆっくりお話ししたいところだけど、またいつかね!!」
「あ、あぁ。こちらこそ突然すまなかったな」
涼晴に演技指導されたとおり、なるべく不愛想でそっけないリアクションをとり、そっと扉を閉める。嘉銭は大慌てで身支度をして──もちろん服は着て──、何か長方形の物体をアタッシュケースに詰め込んでいくのだった。
バイザー越しにはその物体が何なのかはわからなかったが、嘉銭がとにかく笑顔で支度をしていたのは、確認できた。
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一階……二階……三階……四階と、すべての階層を見て回った。残るは地下へと続く、薄暗い階段のみ。
それにしても本当に殺風景な内装で、ずっと同じところをぐるぐる回っているかのような感覚に常時襲われていた。
しかしどうやら地下室はコンクリート壁になっているらしい。薄気味悪さと暗さがグレードアップしていることは置いておくとして、ようやく変わり映えのある景色が見られそうだ。
コツ、コツ、コツと、石製の階段を下りていくと、そこにはまるで実験場のような大きな空間が広がっていた。今まで見てきた城の雰囲気とは、明らかに異質だ。
しかし不思議だ。今まで城内をくまなく捜索したというのに、ここまであの三人衆以外の人間の姿を見たことがない。『闇企業』というくらいなのだから、定休日などないに等しいものだと思い込んでいたが、そんなこともないのだろうか。須黒の性格ゆえなのだろうか。
太かったり細かったり、多種多様な配線を踏まないように注意して歩き、まずは部屋の奥を目指す。コポコポという、液体が沸騰するような音がこだまし、それに合わせるように心臓の鼓動も速くなっていく。
ある程度のところまで歩を進めると、部屋の片隅に目的の『黒』絵の具を発見した。
複雑なつくりをした機械からのびるコードにつながれているのを、力任せに引っこ抜く。特に欠損も見られないようで、ひとまず安心する。さて、ここからどうやって逃げ
「そこで何をしている」
凛として落ち着いた声が、愛絵の背をつつく。間違いない、よりによってあのポニテ男に見つかってしまった。
しかし、僥倖。絵の具のチューブをすでにスリットに戻していたため、不自然な動作もなく振り返ることができた。愛絵の几帳面さが功を奏したとでもいうべきか。
思考を回し、もっともらしい言い訳を考えながら振り向くが。
愛絵をにらみつけていたのは、男の鋭い眼光だけではなかった。彼と同じく、下等生物を見下すような冷たい威圧感を放っているのは、『刀』だった。この世のありとあらゆる『黒』をひとかたまりにして作り上げたかのような、冷酷な黒刀。
鋭利なきっさきが延長線上にさしているのは、愛絵の喉元。剣道においての構えは、『相手の喉元に剣先をあわせろ』と教わるという。つまり、彼は愛絵のことを『敵』としてみなしているのだ。
「答えろ、『Levon』。いや……今のお前には美王 愛絵と言った方がいいか」
「……なんであの時、殺さなかったのかしら。ずっと気になってたのよ、教えてちょうだい」
「玄関が汚れると、須黒様が機嫌を損なわれるのでな。お前が一人になる時を、長らく待っていた」
チャキ、と音を鳴らして、さらにきっさきを近づけてくる。邪悪な鉄の香りが鼻につく。彼の容赦ない行動も相まって、冷や汗が背中をつたう。
「私を殺したら、須黒様は悲しむんじゃないかしら。 あんたもリストラされちゃうかもしれないわよ?」
「そうだな、全くその通りだ。だが、裏切り者がここにいるということの方が、須黒様は悲しまれるだろう」
刹那。黒刀を持つ右手が震えたかと思うと、彼女の真後ろのコンクリート壁が、無残に砕け散った。能力を使ったようには感じなかった。しいて言うならば、『彼自身の能力』。ただそれだけで、壁を破壊したようだ。
死の黒い手が体にまとわりつくのを感じ、愛絵は横へと大きく跳躍する。だが、それを予知していたかのように、刃は愛刀を構えなおして突進してくる。画家が着地して体勢を立て直すのとほぼ同時に、柄頭が腹部にめり込む。
「がっ……!?」
幸いにも貫通するまではいかなかったが、代わりに鈍痛と共に衝撃が伝わり、愛絵の体はコンクリートに打ち付けられてしまう。それでも刃は攻撃の手を止めない。一貫して冷静な表情で、壁ごと愛絵を突き飛ばす。
地響きが起こるくらいの大きな衝撃とともに、愛絵は見知らぬ空間へと放り出されてしまう。勢いのまま転がっていき、ある程度のところまで行くと静止する。厚手のコートはすでに複数の傷がついてしまっている。
ドーム状になった空間は何一つ装飾はなく、城内よりもがらんとしている。黒い岩のみで演出されるのは、逃れようのない『絶望』と、戦わなければ死ぬという『戦士の宿命』。刃もフィールドに登場し、決戦の準備は整ってしまったようだ。
「まさか……こんな場所があったなんて……」
「ここは名もない空間だ。しかし今すぐに『美王 愛絵の墓』という、これ以上にないほどお似合いの名がつけられることになる」
「……笑えない冗談は、冗談って言わないのよッ!!」
右手をふるうと、うがたれた大穴から絵筆が飛来してくる。大きく跳躍して相棒をつかみ、上段振りを刃の脳天めがけて繰り出す。
ガギィ!! と、両者の得物が打ち合わされ、はやくもつばぜり合いになる。しかしこの状況、経験からして刃の方が圧倒的に有利なのである。
器用に手首をまわして絵筆をからめとり、画家のバランスを崩す。素早く彼女を蹴り飛ばし、身体が地面につく前に、彼女の左腕に刀を突き刺した。
「あ、あぁッ!!」
──刀といえば斬撃のイメージがついて回るが、剣のなかには刺突に特化しているものもある。刀で刺突をしようと思うと、『刀身の反りと長さ』が親密にかかわってくる。
反りが大きく、刀身が長いと『斬る』ことに特化しており、その反対が『刺す』ことに特化している。
彼が扱う黒刀は一般的な刀身の長さではあるものの、反りは小さくて直線に近い。ゆえにこうして愛絵に刀を突きたてることが、効果的な一撃となるのだ。
露骨な『殺意』を露出させている割には、わざわざダメージを『左腕を使用不可能にするレベル』に抑えたことから、刃は相当な余裕があるようだ。コンクリート壁の破壊、常人離れした身体能力、獲物を殺すまでいかずに痛ぶるゆとり。
愛絵はどうやら、『強敵』に出会ってしまったらしい。
「立て。まだ粛清は終わっていない。お前に、更生のチャンスは与えられないと思え。……『右手の殺意』天草 刃。『闇』を持って、『正義』を執行する」
天草 刃は中段に刀を構え、愛刀と共に画家をにらむ。当の愛絵はゆっくりと上体を持ち上げていく中で、『黒』と対話していた。
──おかえりなさい……『ドラゴン』。
──小娘か……。悪いが、お前に力を貸すつもりはない。
──な、なんでよ!! あたしが死んだらあんたは……!!
──お前が死んだら? それがどうした。我は自由になれれば、お前の命などどうでもよい。
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