第三章15 『帝城の下僕』
キーワードは『黒』。ではでは。
『魔法使い』と聞いて、真っ先に思い浮かぶものは何だろう。
服装は黒を基調としたドレスのようなもので、特徴的な大きな帽子も黒く、もしかしたらリボンなんかがついているかもしれない。カラスのように漆黒で身を包めば、夜はきっと目立たないだろう。
飛ぶとなったら、やっぱり魔法のホウキはかかせない。自由自在に空を駆け巡り、月夜のステージを独り占めにする。
なかには『指輪の力を使って戦う魔法使い』や『相方とぬいぐるみと手をつないで変身する魔法使い』なんかもいると聞く。あとは『一家全員魔法使い』なんてこともあるようだ。
『彩色の魔導士』という『才能』兼二つ名を与えられた愛絵は、そのどれにも当てはまらない。絵の具のチューブを絵筆に装填し、あらゆる属性の力をひだして戦う。毘沙門天いわく、「技の引き出しなら『言葉を紡ぐ者』にもまさっている」とのこと。勝気な彼女にとっては、そういった細かい点でも、特にあの小説家よりも上回っていることが自信になった。
「……さて、とばしましょうか!!」
木製の柄を握る手にさらに力をこめ、加速するように念じる。すると彼女の思い通り、愛絵を乗せた絵筆は加速し、より風と一体化に近づくのだった。
目的地は『闇企業』の巨城。愛絵は建物を見たことはないが、事前に寿老人から「北にずっと飛んでいけば、必ずたどり着く」と言われたので、迷うことなく直進している。
よく考えてみれば、相手は『闇企業』という未知の存在。ゲームとかでよくある、『迷いの森』的なフィールドが展開されていてもおかしくない。とはいうものの、愛絵の絵筆は無制限の時間・高度で飛ぶことができるため、迷っても森を見下ろすようにすればいい。
「…………ん? もしかして、『アレ』かしら?」
彼女の用心は不必要に終わるのだった。
本当に一切迷うことなく、漆黒の城壁にたどりついた。驚嘆するほど巨大かと言われたら、案外そうでもなかった。実際大きいことには違いないのだが、道中で富士山やらエベレストやらを眺めてきた彼女に言わせてみれば、小さく思えた。
目測でしかないが、『宝船』の三分の二くらいの大きさはあると思われる。
巨城から発せられる凶悪なオーラとは対照的に、辺りはしんと静まり返っている。『負』の頻出区域だと警告を受けていたので、もっとうじゃうじゃいて城内への侵入すらこばまれるほどだと思っていたが……
「なんか……不気味よね」
城にたどり着いた途端に撃ち落とされ、すぐさま臨戦態勢をとるくらいの気持ちでいたので、なんだか拍子抜けした。ただ『裏社会』に存在するほかのものと比べて、明らかに雰囲気が違う。みぞおちの辺りからじわじわと広がってくる負のオーラ。やがて内臓をえぐられるような、強い緊張感となり、血を凍らせていく。
ここで延々と滞空しているわけにもいかないので、もう一度絵筆に前進命令を送り、城内へと侵入するのだった。
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もぬけのから。がらんどう。
それらの言葉で表されても差し支えないような、生活感のなさ。もっとも、愛絵のイメージの城というのが華やかすぎるということもあるかもしれない。百歩譲ってそれは認めても、さすがにこれは不気味すぎやしないか?
照明は白色光だがうす暗く、ホラー映画御用達の廊下の雰囲気に仕立て上げられている。壁も無地の壁紙で、絵画の一つも飾られていない。下に続く階段があることから地下もあるらしく、上へは四階まで行けるようだった。
殺風景な城内を探索しようと、一歩踏み出した──その時。
「帰ってきていたのか、『Levon』」
「ッッッ!!!!」
背から言葉を突き付けられ、思わず息が詰まる。そして絵筆を横なぎにして振り向き、相手との間合いを取る。
愛絵の振り向きの勢いはすさまじく、ウィッチハットのつばが波打つほどだった。
震えるライトブラウンの筆先を向けられても、声の主はまばたきすらせずに、真顔でいる。伝わってくるのは、彼が『強者』であるということ。
桃太郎のように黒く長い髪をポニーテールにしているため、まるで侍のように感じられる男は、髪の束を直して冷静に話し始めるのだった。
「長旅ご苦労。どうやら気が立っているらしいな。どうだった、文月 涼晴は殺せたのか?」
──バレては……いないのか?
ポニテ男が愛絵を『Levon』と呼んだことから、まだ操られているものだと思い込んでいるに違いない。仮にこの場で演技だと割れたのならば、一刻も早く処罰するべきだ。『闇企業』が情報を表に出さないのは、裏があるから。彼らの目的が知られることを危惧するのなら、愛絵だったらすぐに始末する。
「どうした? もしや殺せなかったと?」
「いや……なんでもない。案ずるな、ちゃんと殺したさ」
「そうか。須黒様も、お喜びになられることだろう」
真っ赤なウソではあるものの、かつての相棒の涼晴には謝罪しておくとして。
彼女の意識は、男が口にしていた『須黒』という名に向く。聞き覚えがない割に違和感を覚えたことから、愛絵が『Levon』として活動していたころには聞きなじんだ名前なのだろう。
その時、玄関の戸が開かれ、『とある人物』が姿を現すのだった。
その者を表すとしたら──『黒』。
単純かつ、最適解。『黒』という言葉だけで人を表せることなんか、今後一切ないだろうと、愛絵は思う。
まるで喪服のような、黒で統一されたスーツ。首のあたりからこちらを除くカッターシャツも、墨汁で染めたのかというくらい、漆黒。ネクタイも黒、革靴も黒。絵の具のチューブでいろどりがある愛絵の方が、幾分かマシに見えてしまうほど。
しかし髪色だけは銀色で、そこだけ別人のように感じられた。夜道に彼と出くわしたら、『生首が浮いている』と錯覚してしまいそうだ。
彼の姿が見えた途端、ポニテ男は俊敏に体制を整え、四十五度まで頭を下げた。
「おかえりなさいませ、須黒様」
なんとタイミングのいい。スーツの男こそが、『須黒』というらしい。ポニテ男の、一切の混じりけを感じさせない忠誠心に、愛絵は息をのむ。
「お出迎えごくろーさん。相変わらず律儀な奴だなぁ、お前さんは。……お? おお!! 『Levon』ちゃんじゃないか!! よく帰ってきてくれたなぁ!!」
異常な敬われ方、たたずまいやオーラから考察するに、どうやらこの須黒という男が、『闇企業』の頭らしい。もしそうでなかったとしても、ポニテ男よりも位が上なのは、言われなくてもわかる。
『闇企業』、『負』の頻出地、非人道的な洗脳ときて、それを指示する王様は一体どんな性格をしているものかと思えば、嫌に明るかった。
周囲の雰囲気とは、総じてあっているとは思えないフランクさ。
だが須黒のそれとは正反対に、ポニテ男の性格は厳格なようだった。
「貴様ッ!! 頭を下げないかッ!! 無礼だぞッ!!」
刀を持っていたら今にも切りかかってきそうな形相で、呆然と立ち尽くしていた愛絵をにらみつける。しかし須黒は笑いながら、片手で男を静止するのだった。
「おいおい落ち着けって、な? 『Levon』ちゃんも長旅で疲れてるんだし、大目に見てやれよ。雰囲気がいいことが、良い職場の特徴なんだぞ、刃」
「申し訳ございません、須黒様……」
刃、と呼ばれた男は、あくまで須黒にしか謝罪をせず、愛絵に頭を下げることはなかった。おそらく刃と愛絵は、同等の地位にいるのだろう。
いさかいが起こる前に会話が落ち着き、何を言おうかと頭を回していると、背後からうるさく走る音が聞こえてきた。
人影は非常にすばしっこく、愛絵が振り向いたときには、もう姿はなかった。代わりにその者は須黒に飛びつき、猫のように甘えている。
「ハハハハ!! こ~ら、やめろ嘉銭。いい子で待ってたかい?」
「にゃはは、もちろん!! ね~、刃君?」
「なぜ俺に確認をとるんだ。……特に目立ったことはしておりませんでした」
「そうかそうか!! ならご褒美を上げないとなぁ!! 何がいい!!」
「わたしは須黒様の隣にいられれば、それで十分だもん」
「ハッハッハ!! うれしいこと言ってくれるじゃあないか!!」
その後も『闇企業』とは名ばかりの、なごやかなやり取りが続けられていくのを、画家は静かに見守っていた。
『笑顔の絶えない職場!!』とかが似合いそうだと思ったが、そういうフレーズが一番胡散臭い。『作られた笑顔を浮かべる社員の写真』と今のフレーズは、求人では使い古されたテンプレだろう。今時そんなものを求める会社も少ないとは思うが。
『悪』とは思えないほど軽快で愉快な笑い声が、城内を埋め尽くすのだった。
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