第三章11 『解独の鉄拳、絆を固めて』
三章もひと段落つきそうです。ではでは。
筆を握る力すら、涼晴には残されていない。無理矢理突き刺された傷は鈍痛を生み、じんじんと感電したかのように体の動きを制限する。声を発することすらままならず、風のエレメントを宿した絵筆が振り下ろされるのを待つことしか、できることはない。
もはや、ここまで。絶体絶命。未来が、黒くぬりつぶされていく。『死』という名の人生のゴールが見えてきた気がして、諦めながらも現実を認めたくなくて目をつむった。
救えなかった。何一つ、過去の自分のあやまちを、くつがえせなかった。自分がやらなければいけないことなのに、他の誰でもない自分にしかできない──『仕事』なのに。
頼ってはいけない。甘えてはいけない。まだなにか、できるはずだ。どうせ愛絵を救えたとして、彼女との関係は険悪なものなのだから、変に期待はするな。
──死んでしまうのなら、ここにいたという爪痕だけは残したいッッ!!
肉を断たれ、ありえないくらいに血を吐き出す右手に渇を入れ、今の彼にはとんでもない比重となった万年筆を持ち上げようとした…………その時だった。
「…………ん? 何の音だ?」
愛絵の意識を乗っ取った『Levon』は絵筆をおろし、エレメントの覇気を消失させる。はるか彼方の上空に目をこらし、少し前のめりになったかと思うとウィッチハットのつばをくいっと持ち上げ、『音』と『姿』を確認したようだった。
戦闘の真っただ中に突飛な行動をとる魔法使いと同じく、涼晴もその音を感知していたようだった。だが聞き覚えはない。といっても、『裏社会』でのことだ。現実世界では時々耳にすることがある。
そう、例えるなら……『飛行機の飛行音』のような──
「…………ぃぃいいいいいいやあああああああああああああああああっっ!!!!」
「な、に……ッッ!?」
不意の来訪者はジェット機と大差ないスピードで、仮面の魔法使いに激突した。
尋常じゃない速度のタックルを斜め上から食らった『Levon』だったが、『闇企業』の力のおかげか凄まじい反射神経で、絵筆を盾にして致命傷を防いだ。
しかしタックルの威力は彼女の予想以上に強力だったらしく、防いだはずの攻撃は絵筆を吹き飛ばして、細い体にクリーンヒットした。とっさの防御によって速度・威力ともに半減されたとはいえ、『Levon』は姿が見えなくなる距離まで吹き飛んでいくのだった。
「ま、まに、あった……? 間に合った、みたいです……やりましたよ、師匠……」
小説家にとってその声は、聞きなじみしかないものだった。元気いっぱいの、まるで太陽を擬人化させたかのような、あたたかな性格。いつもとなりにいて、共に自分がつづった文章をよりよいものに推敲していた、担当編集。
おそるおそる、声がした方向に顔を向けると、彼の黒い瞳には『そこにいるはずのない大切な人』の姿が映っていた。
「新人……くん……? どう、して……ここに…………!!」
バラのように美しい赤い頭髪、ちょっと低めの女性らしい身長。戦闘するにしてはおそらく邪魔になるであろう豊満な胸。
間違いない、涼晴の担当編集『金鞠 依茉』が、『Levon』を吹き飛ばしたのだ。
嫌な勘が働いた小説家は、なぜ一般人である彼女が『Levon』に痛烈な攻撃を与えられたのかが、すぐにわかってしまった。
依茉の両腕には、見るも美しい装飾がほどこされた、レザーグローブのような『鉄拳』が装備されていた。その装備は見たことがないが、彼女の雰囲気とよくマッチしていると思う。依茉が戦っている姿など、今まで想像したこともなかったが。
「先生、大丈夫ですか!? うわ……すごい傷……!! でもよかった、死んでたらどうしようかと…………」
「新人くん……。その腕は、どうしたんですか……?」
ひとまず彼女の助太刀により首の皮一枚つながったので、安堵に胸をなでおろす。空気が抜けていくように、背中が丸まっていく。依茉は重体の涼晴にかけより、けがの具合を見てまゆを寄せるのだった。
しかし小説家の気にするところは、自分のけががどうとかではない。なぜ彼女がここにいて、涼晴もびっくりの威力のタックルを食らわせられたのか。問題はそこだ。
「私、ずっと前から先生を助けてあげたかったんです。いつも先生の後ろにいて、先生が傷ついていく姿を見るだけなのは、もう嫌なんです。だから毘沙門天様に弟子入りをして、修業したんです。この『阿修羅の腕』も、私の力になってくれるみたいで──」
「どうしてなんですかっ!? どうして……どうして貴女が戦わなければならないんですかっ!?」
大きな静寂が、二人を包み込んだ。
涼晴は依茉をにらむと、まるで今自分のしている行動がやむなくしていることを自覚したかのように、二筋の涙を流すのだった。依茉も、彼が泣いているところを見るのは、これが初めてのことだったため驚いた。美麗な涙はほほを伝い、虹色の大地に音もなく落ちていく。
「どうしてって……先生を助けたくて…………」
「貴女も知っているんでしょう!? 私が過去に犯したあやまちを!! それを改めることができるのは、私だけなんです!! 愛絵をあんな姿に変えてしまったのは私のせいです!! 私がやらなければいけないんですよっ!! 私にしかできな、ぐえっ!?!?」
語尾がカエルがつぶれたような声になったのは、必死にうったえかけえていた涼晴を押さえつけるように、依茉が脳天を拳でどついたからだ。動作は、うるさい目覚まし時計を止めるのとほとんど変わらなかった。
『阿修羅の腕』を装着してのちゃんとした攻撃が、まさか自分の一番大切な人に対するものになるとは、装着者である依茉自身も思わなかった。だが、これでいい。これでようやく、彼に『手』を差し伸べられる。
「先生ってすごい頭いいですけど、すごいおばかさんですよね」
「え? なにをして、あいたた……え? え?」
「そんなに重い荷物持ってるなら、私にも担がせてくださいよ。それが……『担当編集』ってものでしょう?」
「そんな……だめですよ!! だって私が守らなければ、愛絵の二の舞になって……!!」
動揺して、予想外の行動をとろうとする担当編集を抑えるように、肩をつかむ。涙にぬれた顔は妙に妖艶で、女性のように感じられた。依茉はそっと涙をふき取り、優しく包み込むようにして彼を抱きとめた。
「大丈夫ですよ。私も、ずっと守られているわけにはいかないんです。それと、ありがとうございます。私のことを大切に思ってくれて……。愛絵さんの件は、師匠からも聞かせてもらいました。でも、先生だけが抱えこむ必要なんてないんですよ。私はあなたの担当編集なんですから、あなたのあやまちというミスに、赤入れをするのが仕事です」
「……ッ!!」
「小説は、一人では完成しないんです。文月先生、あなたの『言葉を紡ぐ者』は、私がいることで完成するんです!!」
小説家の肩の震えは依茉にも伝わり、ほんの少しだけ涙腺をゆるませる。視界がぼやけるが、涼晴の目の前に手を差し伸べる。あたたかな波動が、二人を包み込んでいく──。
「さぁ、振り切りますよ、先生!! 手を、取ってください!!」
「…………ふふふ。いやぁ、まさか貴女に泣かされることになるなんて思いもしませんでしたよ。そうですね、貴女に私の文章を、真に預けるとしましょう!! さぁ!!」
「「執筆の時間ですッッ!!!!」」
つないだ手はさらに固く握られ、その瞬間に『言葉を紡ぐ者』が真に覚醒する感覚にひたっていると、前方からミサイルのごときスピードで、絵筆に乗って迫る愛絵の姿が見えた。彼女の体を黒いモヤが包み込み、凶悪なオーラが二人に突き付けられる。
だが彼らは動じない。真に『小説家』となった二人に、『闇企業』の力など通用しない。
「貴様らァ!! まとめて殺してやるッ!!」
『赤』絵の具を装填し、燃え盛る炎をまとわせた絵筆を後ろに構えて跳躍する。食いしばった歯の間からは猛獣のごとく呼気が漏れ、これから放たれる攻撃の威力を物語っていた。
「新人くん!! 二手に分かれましょう!!」
「はい!!」
長年付き添った戦友のように息をあわせ、手をはなしてそれぞれ後方へと大きく跳躍する。その一秒後に打ち出された『火炎乱舞』は、みごとに地面を焼き焦がしたが、彼らにやけどを負わせることすらかなわなかった。
「「は……あああぁぁぁぁぁ!!」」
アイコンタクトだけでタイミングを計り、寸分の狂いもなく攻撃後の硬直に合わせて拳を突き出す。涼晴は『速読拳』、依茉はといえば……
「『阿修羅拳』ー!!」
威勢のいい笑顔を浮かべて打ち出したパンチは、『阿修羅の腕』特有の紅色の炎をまとったストレート。見栄えはかなり派手で幻想的だが、いかんせん彼女のネーミングセンスが疑われる技名だったので、思わず苦笑いしてしまう。
威力も申し分なく、彼女いわく『毘沙門天に教わった』とのことだったので、それにも納得した。というかよく耐えられたなと思う涼晴だった。
『Levon』は青、赤両方の拳をもろに食らい、地面に体をこすりつけながら吹き飛んでいく。
「もーちょっといいカンジの名前なかったんですか?」
「えー? かっこいいじゃないですか!! それより、次ですよ次!!」
「ふふっ、了解です!!」
吠える魔法使いはさらに攻撃的になり、絵筆の振り方も荒々しく大振りになる。それを見越したかのように、涼晴は攻撃を受け流し、依茉はその隙に『阿修羅拳』を打ち込んでいく。ダメージトレードは一方的になり、涼晴も負傷を感じさせないくらいにいきいきと動いている。
これが彼らの答え。一人が失敗をしたとしても、もう一人が支える。その繰り返し。この積み重ね。『小説家』という仕事の真理。
冷静な涼晴、活発な依茉。一見して合わない性格のようにみえるが、こうして絆を結ぶことにより、計り知れない無限の力が生まれるのかもしれない。
「次で決めましょう!!」
「いつでもいけますよ、先生!!」
万年筆を引き絞り。拳を引き絞り。二人で一人の『小説家』は虹の大地をかけてゆく。
一人の小説家は、自分の過去を乗り越えるために。一人の小説家は、大切な人を守るために。
燃え盛って収まらない、熱い心をそれぞれの一撃の乗せ、愛絵の体──ではなく『仮面』へと打ち込むのだった。
「『阿修羅拳』ー!!!!」
「『閃光執筆撃・斬』ッ!!!!」
ピシッ……!!
軽快な音を発し、仮面の中央から大きくひびが入る。それぞれの攻撃が叩き込まれたとたんにバイザー部分から赤い閃光を放つと、フェードアウトするかのように消えていくのだった。
見事に真っ二つにされた仮面は地面に落ちると、『負』を殺したときと同じく石油のように液体状に変化して、やがて地面に吸い込まれて行ってしまうのだった。
仮面をはがされた女性は、眠っているように目をつむったまま、横に倒れていく。涼晴はすぐさま彼女のもとに駆け寄り、弱っているであろう体に傷がつかないように受け止める。
「愛絵……!! しっかりしてください……!!」
声での返答はすぐにはなかった。だが彼女のまぶたが動き、赤い瞳が小説家の顔をとらえる。
「す…………ず……は……………………る……………………?」
懐かしい声だ。もう聞くことはできないと、あきらめていたからこそ心に突き刺さる。『涼晴』と、そう呼んでくれただけでうれしかった。あんなことをしてしまったのにもかかわらず、自分のことを覚えていてくれたのが、なによりも涙を誘った。
「……っ!! 愛絵……!!」
ひし、と抱き留める。小説家の背を見ながら、依茉はひとり涙を流していた。ようやく、ようやく責務が果たされたと思うと、感涙があふれて止まらなかった。
「うまくいったな、エマよ」
「し、師匠!? どうして……!!」
「どうしてもなにも、私ちゃんは瞬間移動ができるんだ、当たり前だろ。それと、ずっと見てたからな」
「ずっとって……どこから?」
「お前たちがカップルみたいに抱き合ってるところから」
別にあれはそういう意図があったわけで抱き合っていたのではないが、今思い出してみれば少し恥ずかしい。少しというか、とっても。
感動の再開に涙を流す涼晴と、恥じらいにほほを赤らめる依茉。先程まで力を合わせて戦っていた戦士のとる行動だとは思えないくらい、両者は全く違った行動をしている。
一体この先どうなることやら。真相は神も知らない……。
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