第三章10 『そして、神なる紅蓮をまとい』
そして、太古の力と手を結び、全てを救う神獣となる!! ではでは。
「たぁぁぁぁっ!!」
殴る。蹴る。ひっかく。突き飛ばす。つかむ。
元気のいい掛け声とともに打ち出された攻撃は、まるで一貫性がなくバラバラだ。それが原因ではないが、手ごたえのある攻撃は一つもなかった。あらゆる手法を試しても、いくら時間をかけようと、依茉の攻撃は空気をさくのみ。
眼前には、真剣なまなざしで弟子の猛攻を避け続ける毘沙門天がいる。視界から一回とて外れたことはないのに、なぜか攻撃が当たらない。これが神の実力というものなのだろうか。
四日目──。
彼女らがいる世界ではもう四日が経過したところだが、涼晴と愛絵が筆を打ち合っている『裏社会』では、約二分が経過したに過ぎない。
特訓を開始する直前、依茉は自身の一週間分の寿命をさしだし、この空間内で修業を続けている。
涼晴と初めて会ったときは、『裏社会』についての説明がなされた。誰がどう聞いても信じられないような『もう一つの世界』的なニュアンスだったので、依茉は仕事がら、逆に理解しやすかった。
ただ今回の件については、正直よくわからないまま承諾してしまったことは確かな事実だ。寿命を削ったとして、なぜ別の世界でその分だけの時間が過ごせるのか。なぜここは『裏社会』とは異なる時間軸なのか。そもそも依茉のような人間が入ってもいい場所なのか。思いのたけを伝えた依茉だったが、
「歌は──じゃなかった、細かいことは気にするな」
と、受け流されてしまうのだった。どうやらその方が都合がいいらしい。あと歌ってなんだ。
「ていっ」
幼げで可愛らしい声とは対照的に、軽く足を払ってこけさせる。勢いづいていた依茉の体は、あっけなく前方へと放り投げだされてしまった。これでもう十回目になる。
「はぁ……!! はぁ……!! はぁ……!!」
「どうした、もう終わりか? 私ちゃんはまだ遊び足りないぞ」
スーツはボロボロ、身体もボロボロ、タイツは早々に脱ぎ捨て、白い肌を露出させた。なれない激しい運動により、短いタイトスカートから下着が見えることなど、もはや気にならなくなっていた。
食らいつくように攻撃をしてきたが、足運びも体の動かし方も、重心移動も。なにもかもがめちゃくちゃだった。
しかし毘沙門天はそれを修正しようとはしない。『体で覚える』という、いかにもなスパルタ訓練だ。
「私が……一般人だってことを差し引いても……一発も当たらないのは……おかしくないですか……?」
大地に寝そべり、仰向けになる。大量の汗が噴き出すと、すぐにひたいに水たまりができてしまう。
弟子のなさけない姿を見て、呆れるように腰に手を当てると、休憩がてら落ち込む彼女をはげますのだった。
「あのなぁ。一般人だとか『才能人』だとか、そんなものは関係ないぞ。たとえスズでも、何年も鍛え続けた兵でも、私ちゃんに言わせてみればただの『ニンゲン』にすぎん。その言葉だけで一蹴できてしまう」
タオルと、湧き水を注ぎ入れたペットボトルを投げわたし、依茉のすぐそばにあぐらかいて座る。
「仮にお前たちニンゲンが、全人口を束ねた七十億人以上の大群で神に反乱を起こしたとして……そうだな、私ちゃんだけでも、三十分とてかからん。『七福神』皆々の力を合わせれば、五分くらいで全員消し飛ぶ」
「そ、そんなに……?」
「そんなに、だ。だからこそ、お前は私ちゃんと特訓することで、他にはない圧倒的な力を手に入れることができる。だいぶ体力もついてきただろ? それがお前の『努力』によって得たものだ。私ちゃんが手助けしているとはいえ、最終的に自分を磨けるのはその人だけだからな」
ゆっくりと上体を起こし、傷だらけになった腕や脚に触れてみる。恩師の言うとおり、たしかに以前より筋力も体力も、精神力も強化されてきたと感じる。
ただ、それと同じくらい、不安も生まれる。一般人で『才能』を持たない人間である自分が、鍛えたところで彼らと同じステージに立てるのか。
「不安か? そういう顔をしているぞ。まぁ、分からんでもない。しかしな、エマ。お前は今、確実にスズに近づいてきている」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ。お前はおそらく、今までの人生において、自分に才能がないという非常なまでの現実にひどく落ち込んだだろう。ちがうか?」
「は、はい……その通りです」
「でもお前はその差を、『努力』で埋めた。これができるニンゲンはな、実は一握の砂よりも少ないんだ。ニンゲンは愚かな生き物で、皆努力をすればすぐに『0』から『1』に行けると思ってる。それは努力を間違った解釈でとらえている馬鹿なニンゲンの特徴だ」
とても小学生くらいの見た目からは予想できないような、人生のためになる『お言葉』に、依茉は思いがけず聞き入ってしまうのだった。
「確かに、努力はニンゲンを成長させるが、決して魔法ではない。『0』の次はな、『1』じゃなく『0.1』だ。『0.1』、『0.2』、『0.3』……。目に見えないくらいにちっぽけな努力ができるニンゲンこそが、真の強者になる資格があるんだ。お前がそのうちの一人なんだ」
「『0』の次は……『0.1』」
言われてみれば確かにそうだ。努力は『0+1』ではない。『0+0.1』だ。急に『1』になって何かができるようになるのならば、かつての依茉はあれだけの努力をする必要もなかったはずだ。
挫折した夢の延長線上にあった、『誰かの物語を支える』という、『仕事』。自分の物語すらまともに書けなかった自分が、誰かの物語に意見するなどあつかましいと思っていた。
違った。『0』を『1』にするために、『0.1の努力』をこれでもかと積み重ね、ようやく視野が広がった。そこにいたのが、天才小説家『文月 涼晴』だったのだ。
「助けたい……。私、助けたいです!! 自分がダメな人間だとか、他の人と違うからなんてどうでもいい!! ひたすらに、先生のそばにいたいんです!! 先生の『担当編集』として、支えてあげたいんです!! 今まで守られてばかりだったけど……今度は、私の番です!!!!」
ヒ……ン。
涙と笑顔にあふれた声は、依茉の決意の表れと言ってもいい。彼女らを包み込む特殊な空間すらも突き抜け、はるか彼方にある──『鎖』を引きちぎった。
「エマ……お前、まさか……」
涼晴と愛絵を指導していた時にも、こんなに鳥肌が立ったことはなかった。彼らでも多少驚かされるようなことはあったが、意識外でこうも背筋が伸びたのは、これが初めてのことだった。そして──
「……来る。あやつが……『阿修羅』が、来る!!」
「あ……しゅ、ら……?」
険しさと高揚感によって、今までに見たこともない表情になる毘沙門天は、立ち上がって黒い空を見上げる。痛みに耐えながらも、依茉は同じく立ち上がり、ただならぬオーラを感じ取るのだった。
……なにか、ジェット機のような飛翔音とともに、『それ』は空間の頂点を突き破り侵入してくる。二つの炎がらせん状に交差し、回転しながら黒い大地へと墜落する。
衝撃波が彼女らを襲うが、不思議とつらさは感じなかった。それどころか、依茉はこの上なく心地いい感じがして、何かの『運命』を感じていたのだ。
砂塵が晴れ、『それ』がようやく姿を現す。
誰が見ても『腕』と答えるような、『手甲装備』。紅色を基調とした本体の上から、見れば見るほど美しい、黄金の装飾がありったけほどこされている。。
燃え盛る炎のような威圧とともに、『七福神』と同等の神々しさを感じるその『腕』に、いつしか釘づけになっていた。
「し、師匠……。これは、いったい……」
「お前が呼び寄せたんだ。『覚悟の炎』が頂点に達したとき、こやつはその者を主に選ぶ。……かつて、神でありながらその強大すぎる力で『裏社会』を滅ぼしかけた、『阿修羅』という神がいた。しかしあやつは死んでからも、魂をあやつの装着していた防具に宿して、『裏社会』を見守っていた。そのうちの一つが、この『阿修羅の腕』だ」
「そんなすごいものを……私が……?」
「私ちゃんも、正直驚いた。よもや私ちゃんたちが苦労して封印したこやつが、お前によって破られるとはな」
「ふ、封印!? すすす、すいません!! 私ホントよくわかってないんですけど、なにかやっちゃったみたいで……!!」
何度も何度も頭を下げ、どうやら取り返しのつかないことをしてしまったようなので、涙目になる。今回に関しては、謝罪対象が『神』だ。終わった、死んだわこれ。
「たわけ。言っただろ、こやつはエマを主に選んだと。悪用されるようなら迷わず『ヘルライジングホッパー』に強制変身させるところだったが、こやつが選んだニンゲンならば、話は別だ。エマ、使ってやれ」
「使うって……もしかして、これをつけて先生を助けに行けと!?」
師の言うヘルライジングなんたらはよくわからないが、どうやら依茉の覚悟が『阿修羅の腕』を呼び覚ましたらしい。不測の事態に困惑する依茉だったが、『腕』のほうを見ると、まるで何かに誘われるかのように自然と手が伸びて、本体をつかむのだった。
「エマ、先に注意しておくぞ。たとえこやつがお前を選んだのだとしても、装着には多少の代償が伴う。人と神の意識をつなぎ合わせることは、本来タブーとされている行為だからな」
「え!? 代償!? 代償って何!?」
「着けてみればわかる。なんかこう……爆裂真紅の型ー!! っていうか、デッドヒート!! っていうか、アーチャチャチャチャチャチャチャチャチャアチャー! って感じだ!! いけいけどんどんだぞ!!」
「何言ってるかひとっつも理解できないんですけど!?!?」
たちこめる不安の原因が、九割がた毘沙門天による謎の呪文のような言葉によるものだった。それはさておくとして、少しためらったあげく、決心して『阿修羅の腕』を装着してみる。
初めて付けたとは思えないくらいのフィット感と、見た目の重厚さのわりにあまり重さを感じないことに思考を回していると。
突如、ピリッとした痛みが走ったかと思えば、尋常ではない『熱感』に体が包まれるのだった。
「あああああああああああぁぁぁぁぁあああああぁぁぁあああ!!??」
紅色の炎が身を包む。エフェクトとかそんな次元じゃない。本物の『炎』が依茉を襲う。衣服に燃え移り、身体を焼き焦がす。『熱い』とか『痛い』とかも口に出せないくらい、炎は火力を増していく。
──ニンゲン。妾の力を扱う覚悟はできておるか。おぬしの覚悟の強さは分かった。しかし器は……
「こんのお、言うことを聞きなさああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!!!」
バチッ!! と、力任せにほほをたたく。するとどうだろう、今まで太陽の紅炎のごとく燃え盛っていた紅色の炎が、一瞬にして鎮火されたのだ。焼け焦げたにおいが辺り一帯に充満する中、なんと依茉は直立を保っていた。
──え? なんで抑え込めてるの? おぬし何者?
「私に聞かれても知りませんよ!! 今はあなたの力を貸してください!! 言うこと聞きなさい!! いいですね!!」
どうやら依茉は、阿修羅の意識とリンクすることに成功できたようだ。その証拠に、彼女にしか聞こえない声に対して反応しているようだった。
これは……とんでもない人間に出会ってしまったかもしれない。毘沙門天は、なおも騒ぎ立てる弟子が成し遂げたことに驚愕し、思わず後ずさりする。あの『阿修羅の腕』に適合できた人間は、かつていなかったはずだ。一体彼女は、何者なのだろう。
「……エマ、修業はここで切り上げる。今すぐにスズの手を握ってやれ」
「い、いいんですか? あと三日もありますけど……」
「私ちゃんがいいと言ってるんだからいいんだ!! それともなんだ、スズが死んでもいいのか!?」
「そ、それは絶対にダメです!! 今すぐ行きます!!」
毘沙門天が指をパチン、と鳴らすと、依茉の意識は元の体に戻り、重たい体を起こすのだった。
修行中にできた傷の数々、そして封印されていた神具、『阿修羅の腕』も腕に備わっており、一億年ボタン的な戻り方ではなく、どうやら体の状態などはそのまま引き継がれるらしい。先に行っておいてほしい気はしたが、今はそれどころではないらしい。毘沙門天が目を細めて、水晶玉を覗き込んでいる。
「時間がない、よく聞け。『阿修羅の腕』には『修羅の業炎』という炎を噴出する力が備わっている。その噴出時の勢いを利用することで、飛行が可能になる。スズの居場所は教えるから、今すぐ一人で飛んでいけ。操縦は体で覚えるんだ」
「は、はい!!」
「いいか、お前は強い。私ちゃんの修業をほぼ四日耐えきったんだ、普通の人間には一日とて耐えられるものじゃない。自分を信じろ、そして……スズを信じてやってくれ。あやつにはエマが必要だ」
「……任せてください。絶対に、先生を救ってみせます。そして愛絵さんも。……じゃあ、行ってきます、師匠!!!!」
毘沙門天が持つ水晶玉が指し示す方向に向けて、勢いをつけるために助走を開始する。もう、後ろは振り返らない。いつまでも弱気ではいられない。少しでも、涼晴の荷物を持ってあげられるのなら。
どこまでも、いつまでも、一緒に戦い続ける。
そんな願いを込めて、依茉は飛び立った。『阿修羅の腕』から放出された炎の勢いはすさまじく、依茉の目の前に飛来した際の爆発音とともに、彼女の体を空中へと…………
「ちょちょちょ!! い、言うこと聞きなさいって言ったでしょこのお馬鹿!!」
──ええい、あの腐れ貧乳が!! 妾に命令するとは命知らずな奴め!! 千五百年も封印しおって、後で覚えておけ!! 貧乳!! 低身長!! バカ×××!! ××××××!!!!
…………先行きがかなり不安になってしまった。が、阿修羅はあくまで毘沙門天に怒りを向けているようで、依茉のことは何とも思っていないようだったので安心した。
飛べ、飛べ、飛べ。どこまでも、飛んでいけ!!!
はるか彼方の、『孤独』な小説家を救うために……!!!!
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