第三章9 『担当編集:金鞠 依茉』
サブタイが仮面ライダーセイバーの劇中BGMみたいですが、お気になさらず。ではでは。
「ボルダリング経験ないんですけど」
ほとんど傾斜のない、断崖絶壁を見上げる。
「しらん、己の感覚を信じろ」
「命綱はどこに?」
鬼畜幼女が武器以外手ぶらでいることに、一周回っていらだちを覚える。
「そんなものはしらん」
「落ちたらどうするんです?」
油の切れたブリキのおもちゃのように首をきしませ、硬直した表情のまま振り返る。
「その時はその時だ、地獄を楽しみなってやつだよ」
「死んじゃったら意味ないんですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
地獄の特訓生活一日目。赤毛のOLは初日から絶望し、あろうことか師匠をゆさぶっているのだった。
『登る』、ということに関しては百歩ゆずって許せるとして、『命綱なし』という虐待としか思えない条件がどうしても飲み込めない。こちとら一週間もの寿命を削ってまで修行をしているというのに、さらに寿命を縮めるようなことをしないでほしい。割と本気で怒っている。
この修行を乗り越えなければ、毘沙門天から言われている通り涼晴の力にはなれない。今駆け付けたところで、戦力外になる未来が見えている。
こういうのは基礎訓練から始めるものなのではないのか? 仮に『負』を相手にするとしても、果たしてこの修行が必要になってくるのか、依茉にはさっぱり理由が分からなかった。
「スズもアイエも、これはすぐにクリアしてみせたぞ。お前が『才能』を持たない一般人だという前提条件があるにせよ、今日中にクリアしてもらわないと話にならん。だからつべこべ言わずさっさと登れ!! 私ちゃんの命令だぞ!!」
毘沙門天は、手に持っている『三叉槍』のわっか状の柄頭でスーツの背を小突き、なかなか前へ進もうとしない弟子を送りだす。当の依茉はさらに強敵に接近すると、見上げることすら無駄な気がして、彼女の言うとおりにごつごつした岩肌に手をかけるのだった。
今日中に終わらせなければいけないというタイムリミットのほかには、なにも条件はない。ゆえに依茉は一歩一歩踏みしめるようにして、黒い崖を登っていく。幸い高所恐怖症ではなかったが、少し登ったところで下を見てみると、「ちょっと怖いけど飛び降りても大丈夫なくらい」にしか到達しておらず、呆れたように笑みをこぼした。
「せいぜい頑張ることだな。……さて、スズの奴は相当粘っているようだが、このままでは確実に殺されるな。命運は、あのニンゲンにゆだねられたというわけか」
勇猛果敢に、ほぼ達成不可能な課題に取り組む弟子を見守りながら、毘沙門天は手にした水晶玉の奥で繰り広げられている戦闘も観戦していた。事実、彼女が手を下せば、彼らが住まう『裏社会』にはびこる事象や事案など、あっけなく解決してしまう。
それは今回の『涼晴の忌々しい過去』についても言えてしまうのだ。しかし、彼女はどこからか取り出したロリポップを舐めている。『怠惰』、などではない。
あがめられる存在である彼女が手を出すのではなく、あくまで彼らの『師匠』として、成長を見届けなければならないのだ。
「…………ッ」
映像ごしとはいえ、すぐに手助けしようと思ったらできる。だが、できない、やらない。その歯がゆさと相殺するように、ロリポップの甘さを口に投下していくのだった。
一方、断崖絶壁を命綱もつけずに登っている依茉は、すでに体力の限界が近づいていた。いくらなんでも早すぎはしないかと突っ込まれても仕方ないが、彼女は自称『同年代の人間と比べて一番運動ができないで賞』受賞者なので、体力には自信がない。
高所に耐性があるとはいえそれも人並みに過ぎないので、二十メートル付近から恐怖を感じ始めていた。耳元ではビュウビュウと、まるで依茉恐怖心をあおるような声で鳴く風がついてまわる。振り払おうとしてもどうせ風なのですぐによみがえる。第一、手を離したら即あの世いきに──。
その時、予告もなく一段と強い烈風が吹き付け、依茉の体を揺らす。事件が起こったのも、運悪く足元が不安定なポイントだったため、彼女はバランスを崩して落下してしまう。
「きゃああああああああああああああああああああ!!!!」
悲鳴を発しながら、遠のいていく黒い崖を見上げる。とても勝てるような相手ではないことは分かっていた。でも自分が登ってきていたのはゆるぎない事実だ、こうして逆再生するように自分のしてきたことが『無』に帰っていくのをながめるのは、とてもいい気分だとは言えない。
悔しい──。その言葉だけが、彼女の心の中を支配していた。きっと化けて出てやる。
ひたすらに、自分が死ぬのを待ちぼうけていたが……いつになっても背中に衝撃が走らないことを不思議に思った依茉は、おそるおそる目を開いてみるのだった。
「いつまでそうしているつもりだ、私ちゃんも疲れるんだぞ」
「う、浮いてる!?」
そう。依茉はいま、信じられないことに浮いているのだ。まるで空中に不可視のベッドがあるかのように浮遊していたが、毘沙門天の声がして上体を起こした。彼女が術をかけて、助けてくれたようだ。
限りなく地面ぎりぎりで滞空していたが、バランスをとって直立すると、どうやら浮遊状態が解けたようで、もう一度スタートラインに立っていた。
「あの……なんで助けてくださることを教えてくれなかったんですか?」
「私ちゃんに甘えるからに決まっているだろ。どうせ落ちても助けてくれるしー、なんて思っているのなら、次はないぞ。私ちゃんをがっかりさせるな。死体の掃除は大変なんだ」
彼女が言うと、ジョークがジョークに聞こえない。まるで今までにそんな事例があったかのような口ぶりに、依茉は背筋を恐怖が舐めあげたことを感じ取った。言われなくとも、気も身も引きしまる。
「どうした、もうギブアップ──」
「やります!! 先生のために、愛絵さんのために、私のために!!」
きびすを返し、先程までの弱気を感じさせない取り組みっぷりを見て毘沙門天は、彼女に悟られないように笑みを浮かべた。
「……いい顔をするようになったじゃないか。まったく、誰に似たんだかな」
落下回数、十七回。スーツはボロボロになり、擦り傷が大量にできていたころには、彼女は不可能と思われていた課題を達成して見せた。
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二日目──。
前日の、口は悪いが『頭のおかしい特訓』のおかげで、今までにないくらいよく眠れた。同時に起き上がるのが苦痛になるほど、全身が筋肉痛になっていたが。
黒い崖を登ったところには小さな小屋があり、生活に必要最低限の設備はそろっていたため、別段苦労はしなかった。一つ文句をつけるとしたら、依茉の入浴中に毘沙門天が「一緒に入る」とか言い出したことだろうか。そこまでは別に悪い気はしなかったので多少の気恥ずかしさはあったものの、こころよく受け入れた。
が、問題はそこからだ。毘沙門天はとても人が二人は入れないサイズの浴槽に無理矢理入り込み、依茉の膝の上に座ったのだ。女同士──神々は不定形であるがために、見た目の性別すらも自由に変えられるので実質性別不明──とはいえ流石に恥ずかしくなった依茉だったが、あろうことか彼女の師は依茉の胸で遊び始めたのだった。
むにむに、むにむに、むにむにと。
「裸の付き合いがどうこうじゃないですよほんとに……」
「女同士じゃないか、別に良かっただろ。それにしても羨ましいなぁ……。私ちゃんもそれくらいの巨乳だったらいいのに……」
ふてくされたように口をとがらせ、つんつんと胸をつつく。もちろん依茉の。
「当たり前かのように触ってますけどセクハラですよ……。師匠は結構動かれるでしょうから、そのままでいいと思いますけどね」
「そういう気づかいが貧乳を傷つけるんだぞ!! とにかくデカい方が女性として見られるだろ!?」
「え、ええぇ……? っていうか、女性として見られたいって、誰にです?」
ここで依茉の特技、『無駄に細かいところまで見てますよ』が発動された。依茉は単純に疑問を口にしただけのようだったが、それが毘沙門天を赤面させたのだった。
「な、な、な、なんのことだ!? 私ちゃんよくわからないもん!! 別に誰でもないし!! スズは全く関係ないからな!! 絶対だぞ!?!?」
ここまでわかりやすいと、気づけない方が難しいだろう。毘沙門天は涼晴の師匠でありながらも、彼に特別な気持ちを抱いているようだ。まぁ胸が大きくなったところで、あの鈍感小説家が振り向いてくれるとは思わないが。
「ふふふ、わかりました。ところで今日の特訓は何をするんでしょうか?」
「ふ、ふん!! 私ちゃんは今機嫌が悪い!! 十キロランニングにしようと思っていたが、三十キロにしてやる!! はっはっは!! 泣き叫べ、あわれなニンゲンよ!!」
目をぐるぐる回して、自分のキャラすら忘れてしまったようで謎の高笑いを炸裂させる。しかし昨日崖登りをしてからランニングとは。昨日に今日のメニューをやるべきではないのかと思ったが、何とか言葉を飲み込んだ。
と、依茉はランニングをするということを聞いて、何かを思いついたように挙手した。
「なんだ? 何か不満でも……」
「あぁ、いえ。そういうことじゃないんですけど、スポブラに変えようかなって。師匠のことだから絶対厳しい特訓になるだろうなって思って、用意してたんですよ。運動すると谷間に汗かくし、揺れて痛いしで…………ど、どうしました、師匠?」
クライミングをしていた時は邪魔になると思い、毘沙門天に預けていた肩掛けバッグをまさぐり、スポーツブラを取り出して見せる。ここには今彼女らしかいないので、特に遠慮することなく外界にさらす。いつも着用しているものとは違いレースもない簡素なデザインだが、運動時はこれが欠かせない。昨日は毘沙門天にせかされていたので、変える暇がなかった。
なぜか下を向いてプルプル震えている神様は、涙目になって子供っぽい怒り顔になる。
「そういうのが傷つけるって言ってるんだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!」
……なんとか二日目の課題もクリアしてみせた依茉だったが、終始幼女の愚痴が聞こえてきたことが不思議だった。印象に残っていたのは、「いつかもぎ取ってやる」と言っていたことだった。なぜか死期が近づいたような気がしたのは、きっと気のせいだろう。
そして、三日目、四日目と『実戦訓練』。
本当の地獄は、ここからなのだった。
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