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第三章8 『彩色の魔導士』

最近Twitterのフォロワー様が増えてきてうれしい限りです。高評価押してくれたらうれしいでございます。ではでは。

 覚悟──。


 人は生きていく中で、必ず『覚悟』しなければならない場面に立ち会う。そもそも覚悟とは「何か起こりうるであろう危険なことなどに対して、心構えをすること」を表す言葉である。


 それが今、文月 涼晴(ふづき すずはる)という名の一人の人間のもとに、舞い降りた。もしくは、彼が呼び寄せたのかもしれない。



 忘れようとした過去。忘れられない過去。忘れることを、許されない過去。


 人はそれを『呪縛』などというが、彼の場合は『成長のかて』となるものだ。美王 愛絵(みおう あいえ)との障壁を取り除くことで、確実に一歩成長することができるのだろう。



 涼晴(すずはる)は覚悟を決めた。愛絵(あいえ)ともう一度戦闘をし、あの『仮面』を引きはがす。おそらくだが、あの奇妙な仮面が彼女の悪意を操り、結果として彼女の無意識で体を動かしているのだろう。



 というのも。実は、『涼晴(すずはる)が行方不明になった』と依茉(えま)たちが必死に彼を捜索していた時、彼は愛絵(あいえ)を探すのと同時に彼女の洗脳を解く方法を模索していた。

 毘沙門天(びしゃもんてん)との会話によって『Levon』が愛絵(あいえ)であることが分かった。だが自分の知っている愛絵(あいえ)ではなかった。口調や声色、たたずまいから何もかも。



 苦い過去を思い起こしながら、当時と見比べてみた結果、『何者かに操られている』という結論に至ったのだ。



 『闇企業(ブラックきぎょう)』。奴らが心の弱さに付け込んで、洗脳をほどこしたに違いない。



 決して、自分を正当化したいわけじゃない。彼女があんな姿になってしまったのは、間違いなく自分のせいでもある。それは変わらない。


 だが他人のいさかいを利用して人員をつのるなど、許された話ではない。どちらにも非がある。だからこそ、今から彼女を救って見せる。愛絵(あいえ)を救い出すことで、『覚悟』を見せる。たとえどれだけ罵倒されても。彼女が救われるのなら。




「まさか、もういちど筆を交えることになるとはな。覚悟が決まったと踏んでよさそうだ」



 黒い大きなウィッチハットのつばを持ち上げ、奇妙な仮面をあらわにする。目元はもちろん見えないが、嬉々(きき)と笑っているのは確認できた。女性らしい淡いピンク色のくちびる。細い輪郭(りんかく)。綺麗な鼻筋。


 何も変わっていない。安心感を覚えるとともに、かつての相棒にきっさきを向けるという、莫大な後悔が背中をなでた。これは自分が引き起こしたこと、誰が代わりに解決してくれるだろうか?



 否、涼晴(すずはる)がやらなければ、意味がない。



「死ぬつもりはありません。貴女(あなた)を……を取り戻す覚悟です。覚えていますか、愛絵(あいえ)


「……ようやく、思い出したか。先に一つだけ断っておこう。私は愛絵(あいえ)であって、愛絵(あいえ)ではない。お前もわかっているんだろうが、私は『闇企業(ブラックきぎょう)』によって引き出された、もうひとりの人格だ。この女はどうやら、『あの時』に相当お前のことを憎んでいたようだ。こうして約三年が経過した今でも、私が表に顕現(けんげん)できているということは、かなり濃い『悪意』だったようだ」



 会話を続けるが、両者の表情はとても華やかなものではない。今にもとびかかってきそうなくらい獰猛(どうもう)な、狩人(かりうど)の顔。円を描くように、両者間合いを保ちながら横歩きをして、隙をうかがう。



「どうしました。私を殺すんじゃありませんでしたか? 今になって、消えることが怖いとでも?」


「……私も、こうして戦うことが、正直言って苦しい。だが私はこの女が宿した『悪意』そのもの、たとえ今コイツが、『戻りたい』と思っていたとしても、戦わなければならないんだ。だから……」



 ゆら、と巨大な絵筆を持つ右手が動き、同時に右肩に備え付けられている『緑』の絵の具を取り外す。流れるように、管に装填する。



「許せ!!」


~~~



「遅いぞ、エマ!! 五分遅刻だ!!」


「す、すいませんホントに!! 二日酔いがひどくて……」



 明らかに顔色が悪く、体調がすぐれていない様子の依茉(えま)。彼女は今『裏社会(バックヤード)』にて、師である毘沙門天(びしゃもんてん)の修業を受けようとしているところだ。その割には足取りもおぼつかない様子で、昨日飲みすぎたらしい。あれから追加で二杯も飲んだので、そりゃそうだ。自業自得といわれても仕方ない。



「だらしないなぁ、それでも私ちゃんの弟子か!! ブドウ糖をとれ、すぐ良くなるぞ」


「も、もうとりました……」



 『二日酔いにはブドウ糖がいい』。依茉(えま)はその知識を全く知らなかった。だが事務所を出てくるときに涼晴(すずはる)から、毘沙門天(びしゃもんてん)と全く同じことを言われ、コンビニでラムネ菓子を一気食いしてきたのだ。


 それゆえ遅刻したのだが、さすが毘沙門天(びしゃもんてん)涼晴(すずはる)師弟(してい)関係だなと思った依茉(えま)だった。自分も早くその域に達したいと、淡い願いをかけておく。叶うといいなぁ。



「さて、気を取り直して修行に移ろうか。ってことで、エマ。まずお前の寿命を一週間分よこせ」


「…………はい? はい!? はいいぃ!? な、なんですか寿命をよこせって!? それも一週間とかいう微妙な期間!? そういうのって普通半分とかじゃないんですか!?」


「一週間で充分だバカ者。そうだな……簡潔に説明すれば、今からお前は『裏社会(バックヤード)』のさらに裏側の世界に行ってもらう。そこで一週間修行する。そこでは時間の流れがこちらとはまるで違う。だからこそ、一週間分の活動時間をフィールドとして展開するための前払いだ」


「えーと、つまりは『一億年ボタン』的なアレですか?」


「そんなところだ」



 これはどうしたものか。今の自分に時間がないことは百も承知だ。涼晴(すずはる)はどうやら、今も『Levon』あらため美王 愛絵(みおう あいえ)と戦っているらしい。今朝の彼の表情は、何か決心をした人間のものになっていた。あえて何も聞かなかったが、彼にとってはそれが一番だと思ったまでだ。



 彼を助ける──彼の真の相棒として強くなるためには、やむをえない。涼晴(すずはる)が覚悟を決めたように、依茉(えま)も同じく覚悟を決めたのだ。いまさら何を言われようが、後に引けるはずがない。



「わ、わかりました!! ドンときてください!!」


「覚悟はいいな? そりゃっ」



 突然、幼女はぴょんと飛び跳ね、依茉(えま)の顔の真正面にまで来ると、可愛らしくデコピンをした。

 かと思ったら依茉(えま)は突然意識を失い、死んだように眠ってしまった。


~~~



「どうした!! それがお前の全力か!!」



 わき腹を絵筆がとらえ、力任せに横なぎにする。簡単に涼晴(すずはる)は吹き飛ばされ、勢いよく虹色の大地に体をこすりつける。

 大量の血を吐き、身体のいたるところから噴き出した血液によって白髪が赤く染まる。息もたえだえに体を起こし、すでに限界を迎えている体にむちを撃つと攻撃を仕掛けていく。



「あ、ああああぁぁぁぁ!!」




 戦い始めて、もう三十分は経過したはず。だがしかし、力の差は歴然。息切れすら起こしておらず、口を紡いで冷静に涼晴(すずはる)をあしらう。それに対して小説家は、肩で息をして足もふらついている。一向に戦況がくつがえらないことが、さらに精神を削り取っていく。



 『誇張表現(こちょうひょうげん)』により巨大化した万年筆は、説明したとおり、そのものの重さすらも巨大化させる。ゆえに疲れ切った腕には鉛のように感じられて、思うように筆が振れない。金属製の筆先は虚空を切り裂き、その代わりに愛絵(あいえ)は強烈なカウンターを叩き込んでいく。



「ぐっ!?」




 ぐちゃあ……




 グロテスクな音と、言葉では言い表せない激痛が腹部を襲う。どうやら愛絵(あいえ)が筆の()を、思いっきり突き出したようだった。彼女も腐っても『才能人(タレント)』であるため、『才能』による身体強化を受けている。あろうことか『闇企業(ブラックきぎょう)』の力も手に入れた彼女の戦闘能力は、やはりすさまじい。


 突き刺した筆を手荒く引き抜くと、血にまみれた()とともに、鮮血が滝のようにあふれ出る。あまりにも大量に出血しすぎたせいか、涼晴(すずはる)は力なく彼女の目の前でひざを折ってしまうのだった。



「これが『闇企業(ブラックきぎょう)』の力だ。悲しいなぁ、お前は過去のお前を超えられなかったのだから。……今、楽にしてやる」



 『緑』の絵の具の力により、暴風を宿した絵筆を天高く掲げ、遠慮することなく振り下ろし──


~~~



 気づいたときには、依茉(えま)は見知らぬ地に足をつけていた。隣を見ると毘沙門天(びしゃもんてん)もいたので、とりあえずは安心したが、そういえば寿命が一週間削られたのだ。そう思うとちょっと怖くなる。今のところ死んではいないようだ。



「修行開始と行こうか。ちなみにここで、スズやアイエも特訓したんだぞ」


「そうなんですね……。ところで何をすればいいんですか?」


「ん? 前を見ろ、すぐにわかる」



 二人を包み込んでいた濃霧(のうむ)が途端に晴れ、『()()()()()』が姿を現す。



 黒々とした岩肌の、高さ百メートルはあるかと思われる『崖』。切り立った岩の間からは元気よく植物が生えており、大きな広葉樹がまず目に入った。



「これを登れ。一日目の課題だ」



 あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは。



 不思議と涙がこぼれるが、笑いが止まらない。これがうわさに聞く、『絶望』というものなのだろう。



 ──二人に襲い掛かる『絶望』は、姿は違えど重圧は同等らしかった。

 

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