第三章7 『これがあるから頑張れる』
前回に引き続きコメディよりです。ではでは。
──あんたの顔なんてもう見たくもない!!
──あぁそうですか。なら貴女は部外者です。出ていってください。
在りし日の苦い記憶が脳裏をよぎるたび、小説家は嫌な頭痛に襲われる。どうしてあんなことを言ってしまったのだろうという後悔が生まれるものの、『戻りたい』と『戻りたくない』のジレンマが、重くのしかかるようだった。
もともと猫背気味の姿勢をさらにまるめ、寒くもないのにコートのえりを首に寄せる。
通行人は彼を見て、どう思うだろう。帰る場所がないホームレス? ギャンブルに有り金をすべてつぎ込んだ、自称天才ギャンブラー?
とにかく、今はどう思われてもよかった。もはやその領域にまで思考停止状態が継続されている。正直に言えば消えてしまいたいという気持ちでいっぱいだったが、『Levon』が愛絵だと分かってしまった以上、自分でどうにかしなければならない。
そんな自責が、涼晴の心を攻め立てていた。
愛絵が『闇企業』の手に落ちたのは、間違いなく自分の責任だ。あの時のいさかいが、彼女に『悪意』の新芽を生み出した。やがて『才能人』として覚醒したが、大きく成長をとげた憎悪の大樹は、簡単に根を枯らすことはない。
彼女の心という名の泉から湧き出た、『負の感情』を吸い上げて、さらに大きな『悪意』となる。
種をまいたのが涼晴なら、切り倒すのもまた彼の仕事だ。『仕事』といえば聞こえはいいが、それは単なる罪滅ぼしにすぎない。それが彼を、きつく縛り付けていたのだった。
「必ず……必ず……私が…………」
蚊の鳴くような細々とした声でつぶやき、ようやく見慣れた大通りまでたどり着いた。
居場所はある。ただ心の行き場が見つからないだけだ。
帰路に立った彼の背を夕日が見守る中、前方から誰かが走ってくる音がした。はっとして顔を持ち上げると、涙声と柔らかな感触が、彼の前面を包み込むのだった。
「先生ーっ!! もう!! どこ行ってたんですか!! 心配……し゛だ゛ん゛て゛す゛よ゛ぉ゛ぉ゛…………!!」
「ちょ……!! 当たってます当たってます!! 何とはあえて言いませんが、とにかく当たってますから!!」
周囲の視線を気にすることなく、まるで迷子になったすえようやく親に出会えた子供のように飛びついてきた。声と『先生』呼びからわかる通り、彼女は金鞠 依茉のようだった。
普段の彼女ならば絶対にしないであろう行動によって、胸と胸が合わさり、動くたびにこすれあう。なにとも例えがたい弾力性豊かな感触が遠慮なく伝わってくるたび、小説家は羞恥にほほを赤らめていく。
「こ、公衆の面前ではしたないですよ、離れてください……。迷惑、掛けましたよね。申し訳ないです」
「いろんなところ探したんですけど、いったいどこに行ってたんですか?」
「私のこと探してくれていたのですか? そりゃ見つかりませんよ、私も愛絵を探していたんですから」
「えぇ……。じゃ、じゃあすれ違いになってたとかも全然ありえるってことですか……」
今までの努力は一体何だったのだろう。一割でいいから給料を増やしてくれと思う依茉だった。
がっくりと肩を落とす担当編集者を見て、微笑する小説家。しかし、どこか表情には雲がかかっているように見える。おそらく、未だ美王 愛絵との過去を引きずっているのだろう。
「……さ、仕事しましょうか。昨日今日と思うようにかけてませんでしたから。まぁ余裕はある」
「待ってください、先生」
涼晴が思い悩んでいることにいち早く気付いた依茉は、ほとんど無意識に彼の冷たい手をつかんでいた。小説家は相方の行動にまゆをひそめ、
「どうか、しましたか? 時間が無くなりますよ?」
「今日は……今日はオフにしましょう!! こんな夕方から何をって感じですけど、先生もお疲れのようですし」
「は、はい? オフにしたところで何をするつもりですか?」
「こういう時は、パーっと飲みにでも行きましょうよ!! ちょっとは肩の荷も下りるかもしれませんよ!!」
~~~
「せぇんせえ~♡ なにのんでるんれすかぁ~♡」
様々なことに対して言いたいことは山ほどあるが、これだけは声を大にして言わせてほしい。「どうしてこうなった」、と。
子猫のようにすり寄ってくる可愛らしさとは裏腹に、生ビール(大ジョッキ)を恍惚な表情で飲み干す豪快さ。「ふへぇ~」と満足げに意味不明な声をもらし、彼女の悪酔いは加速していくのだった。
「もぉ~、きいてるんれすかぁ~? こたえてくれないとぉ~、せんせのことぉ、きらいになっひゃうもーん!! ひっく……うへへ……♡」
「はぁ……。日本酒ですよ、日本酒」
「はーい、きこえましぇーん♡ せんせ、らめれすよぉ~。オンナのコにはやさ~しくしないとぉ」
……もはやどこから突っ込んでいいのかわからない。
「聞かせてくれ」と依茉のほうから言ってきたくせに、彼女は涼晴の両手を耳に持ってきて、イヤーマフのようにするのだった。それでも多少は聞こえていると思うのだが、これが酔っぱらいだ。いくら面倒でも、真摯にむきあってあげなければならない。
真っ赤になった肌は色の通り、熱を帯びていた。ちなみに大ジョッキ五杯目。そりゃ嫌でもこうなる。涼晴は酒に弱い方ではなくむしろ一般よりも強めなのだが、依茉はだいぶ弱めらしい。
彼らのやり取りを見て店員のおばちゃんがニコニコしていることから、どうやらここは依茉の行きつけの居酒屋のようだ。
「あのぅ、すいません。新人くん……依茉さんって、いつもこんな感じなんですか?」
「はっはっは、こんな感じだよ。最近来てなかったから心配してたけど、あんた依茉ちゃんの彼氏さんかい?」
「ち、違いますよ。上司……みたいなものです」
「おや、そうだったかい。すまないねぇ、あんまりにもお似合いだったからさ。せっかくだから何か頼まないかい?」
「じゃあ、梅水晶と枝豆を」
『梅水晶』ときいて、頭にどんな料理が浮かぶだろうか。
もしかすると和菓子のようにもきこえる梅水晶は、『サメの軟骨と梅肉を和えたもの』である。取り扱っていない店の方が多かったり、そもそもの認知度の低さはあるものの、知る人ぞ知る珍味といったところだ。
「日本酒の最強の肴」ともいわれるそれは、涼晴の好物である。ただ買おうとすると『目玉が飛び出るくらい高額』なので、そこは「さすが涼晴先生」としか言いようがない。彼はなかなかに裕福な家庭で育った身なので、よく父親に梅水晶を食べさせてもらっていたという。
んで、
「あつくなってきひゃいまひたぁ……♡ せんせ、必殺凍結してくらひゃあい♡」
「丁度よく何言ってるかわかんないんですけど……!! ちょ、ちょっと!! 胸元開けすぎですってば!! それで近寄らないでください!!」
「しりましぇーん、わかりましぇーん、せんせーのえっち~」
スーツの上着を脱いだところまではいいが、何を思ったかカッターシャツのボタンを二つもはずし始める。故意にはだけさせ、さらに詰めよってくる。谷間どころか桃色の下着まで見えそうなので、抑えようにも彼女を直視できない。彼女の泥酔は止まらない……。
「キャラクター見失ってるんじゃないですよ!! ひゃっ!? ど、どこ触ってるんですか!?」
「わらしにしちゅもんしゅりゅにゃ!! せんせ、ぎゅ~ってしましょ、ぎゅ~♡」
ただでさえ騒々しい居酒屋は、彼女のやり取りがプラスされてより騒がしくなるのだった。酒癖が悪すぎて、『痴女』にまで格が下がってしまった相方の介抱に手を焼いたのは、言うまでもない。
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……服ごしとはいえ、彼女の肉体が触れているのにはもう慣れてしまった。
おぶられた依茉は、先程までのテンションとは大違いで、可愛らしい寝息を立てて眠っている。街灯が彼らを照らすたび、彼女の笑顔が明るく映る。
下で支えている人の苦労も考えてほしい。
「私が言えたことじゃないですが、まったく世話の焼ける相棒ですね……っと」
むに、むにん。
あぁ、またやってしまった。彼女の体を持ち上げて調子を整えた時、彼女の胸が背中に押し付けられる。そのたびに依茉は笑みを浮かべるので、こちらがどんなリアクションをとればいいのか非常に困る。ひとつわかるのは、単純に『恥ずかしい』ということ。
「……むぅ…………せんせ……」
「ね、寝言……?」
「…………頑張り……すぎないで……くら…………さ…………」
再び彼女は、寝息を立て始める。その言葉を聞いた時、涼晴はほんの数秒の間足を止めたのだった。
知らぬうちに相方に心配をかけてしまっていたらしい。愛絵のことといい、自分でもわかる通りに荷物が多い。だが、それが『文月 涼晴』だ。届くのなら、手をのばす。必ず救ってみせる。
「私は大丈夫です。絶対に……絶対に、終わらせますから」
『小説家』は、闇に溶けていく──
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