第三章4 『在りし日のアリアを』
少し遅くなりました。ではでは。
依茉をはじめ、涼晴と打騎が意識を取り戻した時には、見覚えのない部屋にいた。皆丸いガラステーブルを囲むようにして失神していたようで、同時に目を覚ました。
「お目覚めかな、ニンゲン諸君」
意識を失う前に聞いた覚えのある、幼げな声。声質とは相反するように、口調は高圧的だ。まるで人間を下に見ているようで、なおかつ自分が人間ではないと言っているかのようだ。
「あ、あなたは……?」
「なんだ、私ちゃんを知らないのか。ふふん、ならば教えてやろう。そして二度と忘れるんじゃないぞ。私ちゃんの名は『毘沙門天』!! 偉大なる『七福神』が一席、『毘沙門天』だ!!」
「え……ええええぇぇぇぇぇぇ!?!?」
以前から、時折会話に引き出されていた『七福神』。特に『毘沙門天』の名は、涼晴の師匠ということでよく耳にしていたので、依茉の記憶にも色濃くすり込まれている。
毘沙門天、といえば、『七福神』においてかなりの実力者であり、仏教世界を守護する『四天王』のうちの一神にも数えられている神様だ。その際は『多聞天』と名前が変わるらしいが、『四天王』のなかでは最強ともいわれている。
にらむような怒り顔をしていて右手に『三叉槍』、左手に『宝塔』を持ち、邪鬼を足で踏みつけているようなイメージが最も一般的だろう。
……持ち物はともかく、表情や体つきはどこも似つかない。先人はこの幼女の姿をどう見間違えれば、あのような勇ましい神像を作り上げたのだろう?
毘沙門天と名乗った少女は腕を組み、ふんぞり返って偉そうにしている。彼女が本当に神様なのであれば、偉そうにしても何も言えない。言ったら間違いなく消し炭にされる。
特徴的な、長いピンクのツインテール。ファンシーと和をおり交ぜたような、神々しい服装。でもって小学生くらいの、神様には到底似合わない幼児体型。
神、というよりは、『幼女』といったほうがしっくりくる気がしないでもない。
「いや~、久しぶりッスね。元気そうでなによりッス」
「ウツキもな。活躍はよく耳にするぞ。むかつくが、『ダイ』の奴も喜んでいた」
どうやらすでに知り合いにまで仲が発展しているらしい打騎は、神様相手にはさすがに口調も改まっていた。それでも拭いきれないフランクさは、毘沙門天も特に取り上げて注意することはなく、彼の個性として認めているようだった。
「で、スズ。お前は何だ。いつまでしょげてるつもりだ」
頬杖を突き、つまらなさそうな視線の先には先程から一言もしゃべらずにおとなしくしている小説家が座っていた。口を閉じ、どこか落ち込んでいるように肩を落としている。
毘沙門天から「スズ」とあだ名呼びされていることから、やはり師弟関係として特別な人として見られているのだろう。
「すいません……。筆を、折られてしまって……」
おずおずと、テーブルに見るも無残にへし折れた万年筆を置く。真ん中から見事に分断されており、『才能』特有のオーラを感じさせない。
「心火を燃やせ、バカ者!! そんな弱々しく育てた覚えはないぞ、まったく!!」
テーブルに手をついて前のめりになる。涼晴はなおもぺこぺこ頭を下げて、反省の意思を見せているようだった。いつもひょうひょうとしていてつかめない性格をしている彼が、こうもしなびた姿を見るのはこれが初めてだった。なんだか新鮮だ。流石の天才小説家も、神様相手には頭が上がらないのだろう。
「ほれ、貸してみろ」
差し伸べられた可愛らしい小さな手に、機能を失った万年筆だったものを乗せる。すると毘沙門天は様々な角度から筆を眺め、一つうなずくと作業を開始した。
まず、真っ二つになった本体をそれぞれ両手に持ち。
「よっ」
かみ合わない切れ目同士を、接着剤の一つもなしにくっつける。
「ほっ」
力を込め、ぐっと押し込みながらひねる。
「ほれ、終わったぞ。まったく、万年筆だったからよかったものの、メモ帳がやられていたら修理が大変なんだ。二度目はないぞ、いいな?」
無言でうなずき、さも彼女のしたことが当たり前かのように万年筆を受け取る。彼の編集者は、目の前で行われたことに驚きを隠せないでいた。
それもそのはず、毘沙門天が万年筆を拝借してから十秒と経たずに修理が完了したのだ。一切の欠損も見られない、なんなら元の状態よりもさらにきれいに仕上がっていた。
どうやったのか聞いたところで、満場一致の「神だから」という意見しか返ってこないだろう。
「なにか嫌な気が駆け巡っている気がして来てみれば、よもやあんなことになっているとはな。それにしてもこっぴどく負けたな」
あの時周りに気配はなかった。『七福神』の居住地である『宝船』からも、決戦場はかなり遠い。毘沙門天はおそらく、『ワープ能力』が使えるのだろう。それを利用して依茉たちを、この場所に転送したのだ。
師匠から戦績を指摘され、再度がっくりと肩を落とす涼晴だったが、今回は表情に余裕があった。
「お恥ずかしい限りです……。でも、あれは明らかに『才能』の力だけではない気がしました。あの超加速の直前、『Levon』をとりまくように『黒いモヤ』が見えたんです」
「ふむ。ふむふむ……。あやつらがついに動き出したというわけか……」
『Levon』が発した、あの未知のエネルギー。涼晴も打騎も、もちろん依茉も、見たことのない力だった。だが直感的にあの『モヤ』は、『才能』由来の力ではないことが分かった。
首をかしげる彼らとは違い、毘沙門天にはどうやら心当たりがあるらしかった。
「何か知ってるんスか?」
「確証はない。だが、既視のものではある。スズの言う『黒いモヤ』はおそらく、『闇企業』のものだろうな」
反応から推測するに、そのおかしな団体名は男性二人も聞き覚えのない単語のようだった。
『闇企業』──。
突飛なネーミングセンスに、依茉は笑いそうになってしまったが、『Levon』の圧倒的な強さと毘沙門天の放つ異様な緊張感が、上がりかけていた口角を氷漬けにした。
現実世界でも、時々見聞きする『ブラック企業』。労働基準法に反するような、闇の深い活動方針をかかげている会社のことで、依茉や涼晴が務めている『メイロー編集部』は、それに該当しない。いわゆる『ホワイト企業』。
労働時間の超過やそれに見合わない低すぎる給与、人使いの荒さなど。現実においてはそんなところだが、『裏社会』で『闇企業』と聞くと嫌な予感しかしない。
「ブラック……企業? 聞いたことないですね」
「スズのようになるのも無理はない。なぜならばあやつらは、ここ最近まで息をひそめるようにして活動してきたからだ。ちなみに漢字表記だと、ブラックは『闇』と書くぞ」
「……つまりはあの『Levon』って野郎は、『闇企業』の手先ってことになるのか。前回の四家 白秋といい、厄介な奴らに目ぇつけられるよな、お前」
「わ、私に言われてもどうすることもできませんよ。今回も何も思い当たる節がありませんし、そもそも決闘を申し込んできたのは彼女の方ですよ」
小説家の抗弁を受けて考え込む野球選手はさておくとして。
『七福神』が一神、毘沙門天は、怪訝な表所で愛弟子を見つめていた。その表情はまるで、何か見てはいけないものを見てしまったかのようだ。
「な、なんです? 私ヘンなこと言いましたか?」
「スズ、お前……覚えて、いないのか? お前にとって忘れられないものだと思っていたが……まさかな」
毘沙門天はなおも「よくわからない」と眉をひそめる小説家に、心底驚いている様子だった。言葉を交わさずに行われている会話は、一般人である依茉には全貌が見えてこなかった。いてもたってもいられず、思い切って毘沙門天にたずねてみる。
「あの、毘沙門天様。『Levon』さんって、いったい誰なんでしょう? もしや先生の知り合い……だったりするんですか?」
「……知り合いなんてものじゃない。あやつは、スズと肩を並べるほどの実力者だ。私ちゃんの弟子でもあり……………………かつての、スズの担当編集者だ」
長い、果てしなく長い静寂が、『宝船』の談笑室を包み込む──かと思われていた。毘沙門天がありもしないようなことを口にした途端、涼晴は吠え、師である彼女の肩をわしづかみにしたのだ。
「ふざけるなッッ!!!! どうして…………どうしてなんですか!? どうして『愛絵』が『才能人』に!? それに弟子って……もしや貴女が『才能』を与えたのですか!? ふざけないでください!! 常識外れです!! 今すぐ彼女から……!!」
今までに見たこともないような剣幕で、小説家は怒声を上げる。『七福神』ともあろう彼女を揺さぶり、どうにもならない怒りの感情を放出しているようだった。
しかし、毘沙門天は冷静に、彼女の弟子の手をたやすく引きはがし、
「私ちゃんがあやつに『才能』を与えたのは、純粋に規則に従ったまでだ。あやつにそれだけの能力があって、それを私ちゃんが認めた、それだけのことだ。お前がそれにとやかく言う資格などないぞ」
「……私と愛絵になにがあったのか、貴女は知っているはずでしょう。それなのに彼女を戦場に送り込んで、あげく『闇企業』に引き込ませるなんて、あんまりじゃないですかっ!?」
「『才能』というのは時に皮肉を生む、受け止めろ。だが勘違いするなよ、私ちゃんは『闇企業』についてはなんの関与もしていない。あやつらを相手にするのは面倒だからな」
力なく彼女の手から腕を下すと、足早に扉へと向かう。
「先生、どこへ行くんですか」
「……この問題に、貴方達は関係ありません。私が……私が一人で、終わらせます」
髪のせいで、振り返っても彼の表情は見えなかった。だが声のトーンが今までにないくらい低かったため、相当けわしいものだっただろう。
白髪が見えなくなって、途端に寂しさが雨のように降り始めた。傘をさすわけもなく、取り残された三人はひたすらに、小説家が背負う悲しさを味わっていた。
「……毘沙門天様、教えてください。先生に、何があったんですか?」
涼晴は、今まで自分の過去を依茉に教えてくれたことがなかった。彼の謎が、今解き明かされる。
「お前は確か、金鞠 依茉だったな。エマ、お前はスズのそば付きだから、知る権利がある。教えてやろう」
依茉と打騎は彼女の言葉を聞くと、黙って椅子に座りなおした。
「……今となっては天才と呼ばれるあやつも、もちろん未熟な時期があった。芥川賞受賞後のあやつには、一人の相棒がいた。名前を『美王 愛絵』といった。なかなか綺麗な顔立ちの女だったよ」
美王 愛絵──。聞き覚えはない。だがあの時、小説家を吹き飛ばして、しまいには息の根を止めようとした彼女が、件の美王 愛絵だと思うと少しゾッとした。
「アイエはスズの編集者についたが、なにせあやつはバイトだった。エマ、メイロー編集部にバイト制度があることを知っているか」
「はい、一応。でも来年からはやめるって、編集長が……」
「そうか。編集長の名は知らんが、良い判断だと伝えておけ。……スズとアイエは、当時非常に仲が良かった。『裏社会』に来ては私ちゃんに、アイエのことを話してくれたよ。私ちゃんも、そのまま仲違いなく続くものだと思っていたんだがな……」
「涼晴と愛絵は、意見の食い違いや方針やらなんやらで、揉めに揉めたらしい。そのいさかいは、両者が縁を切ることで終焉を迎えたんだよ。そのころにオレはあいつと初めて会ったんだが……目も当てられなかったよ。笑いながらもボロボロ涙こぼして泣いて、何日も『負』を殺して回っていたんだ。精神と肉体の疲労で、まともに歩けなくなっていたくらいに……。もう少し遅かったら、きっと死んでいただろうな」
涼晴が、全く人と関わろうとしない理由。それが彼の過去なのだと気づいたとき、依茉は全身に鳥肌が立ったのを感じた。
全てが、つながった。いや、つながって…………しまったのだ。
依茉が住まう事務所に、なぜか寝具などの家具がそろった部屋が、二つあったこと。
料理をした際、盛り付けるための食器やはしが二人分あったこと。
ワークデスクの隣に、もう一人分の席があったこと。
打騎用だとしても、多すぎる紅茶の茶葉のストック。
打騎が『また』女を連れ込んだと言っていたこと。
間違いない。依茉が日々を過ごすあの場所にはかつて、美王 愛絵がいたのだ。今まで感じていた違和感の正体は、これだったのだ。彼があそこまで過去を嫌うのには、理由がある。そして、それを忘れることもなかった。
本当に嫌ならば、ベッドもデスクもなにもかも、捨ててしまうはず。だが彼はそうしなかった。
──彼女がいつ、帰ってきてもいいように…………。
哀の結論が、涙腺を切り刻み──。
面白かったらブックマーク、評価や感想などよろしくお願いします!!マジで!!!!
Twitterアカウントもよろしく!! @kareha_henshin




