第三章2 『闇の拍動』
パーティーはエンジョイしなきゃもったいないって誰かが言ってた。ではでは。
……驚いた。もっと捜索に時間がかかるものだと思っていた。
なにせ、『Levon』から届いた手紙には、必須事項ともいえる「開催場所」の記載が一切なかったのだ。パーティーに誘うにあたってそれは不親切すぎやしないかと、三人そろって顔を見合わせたものだ。
正直半日……いや、下手したら一日くらいかかっても見つけてやると気合を入れていた矢先、およそ十分くらいでパーティー会場らしき場所へとたどり着いたのだった。
なにが目印になったかといえば、圧倒的な密度の人だかりが、最寄りの『扉』付近にできていたのだ。何をしているのか気になった打騎が単独行動した結果、「それっぽいものを見つけた」といった次第だ。
正円状に広がった人々は、声援を上げて何かを見守っているらしい。それは──『戦闘』のようだった。
二人の『才能人』が、熾烈な争いを繰り広げている真っ最中に、彼らは出くわした。
「まぁ、なんというか……ある意味パーティーですね、これ」
「戦闘狂にとってのな」
そうは言いつつも、二人は『裏社会』においてなかなかの実力者であるがゆえか、目の前で行われている先頭にくぎ付けになっていた。
歓声がわっ!! とひときわ盛り上がったと思えば、バスケ選手の『才能人』が吹き飛ばされたようだ。ちなみに補足すると、その『才能人』は打騎の友人である。なんと人脈の広いことか。
打騎と同じく百八十以上ある長身、鍛え上げたしなやかな筋肉で構成された肉体を相手に、いったいどんな肉体派『才能人』が勝利したのかと気になり、人と人の隙間から姿を確認した。
依茉よりも長めの、セミロングの艶やかな黒い髪。毛先には赤メッシュがほどこされており、目を引く。頭にかぶっているのは大きなウィッチハットで、服装の重厚さや上品さからわかるとおり、『魔法使い』のような出で立ちだ。
対戦相手を吹き飛ばしたのはどうやら、両手に持った巨大な『絵筆』。竹ぼうきの1.5倍はあろうかという、非常に大きな得物だ。
魔法使いらしい厚手のコートの二の腕部分には、拘束具のように取り付けられたベルトが見える。スリットが設けられているようで、色とりどりの『絵の具』が収納されている。
推測できる『才能』は──『画家』、のようだった。
「あの人が、先生を招待した人ってことでしょうか?」
「おそらく、そうでしょうね。しかし……この状況から察するに、パーティーは『戦闘』のことらしいです」
肩をすくめて、どこか呆れたような表情を浮かべる涼晴。彼の性格上、こういった人が群れる場所は好まないため、巻き起こった拍手もうるさそうにしていた。
賞賛の声や口笛、はじけるような拍手を受け、魔法使いはぺこりと会釈した。そして、何を思ったかゆっくり観衆を見渡しはじめるのだった。首が右に回ってやはり涼晴がいる場所で動きが止まる。
ボディーラインが見えづらい服装ゆえわかりづらいが、仕草などから魔法使いは『女性』だと考察する。目元を覆う奇妙な仮面のせいで表情が分かりづらいが、少しだけ笑ったように見えた。
「待っていたぞ、文月 涼晴。ここに来い」
平坦で不愛想な言葉遣い。あまり印象がいいとは言えないが、とりあえず彼女の言うとおりに、オーディエンスの前に姿を現す。
涼晴の名はそこそこ知れ渡っているためか、まばらな歓声と拍手が上がるのだった。
「招待状、一応感謝しておきますね。貴女が『Levon』さん……でいいんでしょうか?」
対峙する小説家と魔法使いは、戦闘前に会話を交わす。
「その通りだ。私はお前と戦いたくて、招待状を送った。さぁ、ショータイムだ」
見た目からわかる通り、なかなかの重量があると思われる絵筆を、片手でぶんぶん振り回す。『才能』による身体強化以外にも、彼女の素の力が働いているような軽い手さばきだった。
両手でしっかりと握りこむと、自然な動作で中段に構える。彼女を中心に冷酷な緊張感が拡大していき、涼晴もそのフィールドに取り込まれていく。だが、こうなってからの彼は強い。幾多の戦場を共にしてきた打騎や、一度その身を救われた依茉だからこそわかる。
今回も小説家は、パーティーとは名ばかりの決闘を勝ち抜くのだろう。
「さぁ、楽しい執筆の時間です。私も全力で挑ませていただきますよ」
得意げにメモ帳を展開し、静寂を追い払うように光の文字を放出する。一気に観客のテンションが高まっていくのが分かった。
しかし、少し不安があることは否めない。前回の『四家』との殴り合いもあり、彼が無理をしないかひやひやする。
ほんの少しだけ表情が曇るが、そんな心配は杞憂だと言わんばかりに、小説家は勢いよく文字を書き留めるのだった。
「『誇張表現』──。貴女が長物を使うのなら、私も使わせていただきます。それがフェアというものでしょう?」
途端、彼の右手に握られていた万年筆が棒状の光に姿を変える。チーズのように光は引き伸ばされていき、次第に元のラピスラズリカラーを取り戻した。
小説家の右手には、新たな得物が収まっていた。といっても、万年筆であることには変わりない。異なるのはその長さ。細さはそのままに、大きく引き伸ばされた万年筆は、竹刀ほどの大きさにスケールアップしていたのだ。
「ペンが武器って……。小説家らしくはありますね」
いつもと変わらない小説家の調子に安心感を覚えた依茉は、落ち着いて観客になることにした。
「「…………ハァッ!!」」
正円の中央、二人の『才能』の力がぶつかり合う。発生した衝撃波は観客を後退させる。衝突した『力』が、どれだけ大きなものなのかを物語っているようだ。
依茉が知る限りでは、涼晴が『才能人』を相手にして本気で戦闘をしているのを見るのは、これが初めてだった。今までは過剰成長した上級の『負』や、『才能』の力を消し飛ばす『裏社会』の亡霊、「四家 白秋」など、両者強敵ではあったが『才能人』ではなかった。
打騎とは特訓という名の殴り合いで対戦していたが、『才能』は一切使用されていない。
なのでこうして『才能』と『才能』がぶつかり合う戦闘を見るのは、完全な初見。
せめぎ合う両者の姿はまさしく戦士の勇ましさを感じさせるが、ある種『美しさ』も感じる。
異なる『才能』を持つ『才能人』のぶつかり合い。大きく分類すれば『芸術』となる才能。しかし両者の目指す頂は違う。使う道具や日常で行うこと、あらゆることが違うというのに、なんだろう。
この、『美しさ』は。
筆と筆が火花を散らし、戦闘は激化していく。
「なかなかやるじゃないですか!! そんな大きなもの、よく振れますね!!」
「お前を倒すためだからな。さて、そろそろ次の演目に移ろうか……」
パチン、と指を鳴らすと、彼女の体が宙に浮かび始めた。屋内ではないため天井から糸で釣り上げるようなことはできないはず。
どうやらあの巨大な絵筆が、魔法のホウキの要領で浮遊しているようだ。画家なのか魔法使いなのか、めっきり区別がつかなくなった気がする。
『Levon』は筆にまたがると、上空から涼晴めがけて空中攻撃を開始する。何度も宙を舞い、普段受けなれていない角度からの攻撃は、小説家を苦悩させている。
「これは……厳しいですねっ」
万年筆で受け止めようとするが、全体重および重力加速が追加された突進の勢いを抑制することができていない。なおかつ魔法使いはホバリングが可能なので、涼晴が攻撃できるタイミングはほぼゼロに等しいと言える。
「終幕だ!!」
上空で叫び、左肩あたりのスリットから絵の具のチューブを取り外す。流れるように、絵筆に備え付けられている管上の部品に突き刺す。
すると筆先が真っ赤に染まりだし、絵の具のしずくがしたたり落ちる。息を切らせて立ちすくむ小説家に、筆先を向ける。
「『火炎乱舞』!!」
灼熱の炎が渦を巻き、まるで竜のような姿で小説に襲い掛かる。彼女が使用した絵の具は『赤』。燃え盛る『炎』のエレメントを宿す絵の具だ。
「せ、先生!!」
もろに炎を受けた涼晴は、次第にシルエットとなり、姿を消してしまった。
皆固唾を飲んで炎の鎮静化を眺めている。しかし、彼の姿はそこになかった。一斉にオーディエンスがどよめく。
「活用形其の五、『仮定形』。もしもそこに私がいたら、などの『If』を作り出すことができる力ですね。貴女の『火炎乱舞』は、私が作り出した幻に見事クリーンヒットしたというわけです」
「何……!!」
毒づくが、その後の攻撃は出なかった。いや、出せなかった。主要攻撃武器の絵筆に、小説家の『長音記号』が突き刺さっていたからだ。ドリルのように回転しているそれを覗くと、彼女がいるところまで跳躍してくる男の姿が見える。
「『長音突蹴』!!」
赤い閃光に吸い込まれるように蹴りを放つ。絵筆はぎし、としなり、防壁の意味をなしていない。抑え込むようにして、彼女に力を打ち込む。
「ぐ……ああああぁぁ!!」
絶叫とともに、彼女の体は大きく宙を飛んでいく。正円状のフィールドからも大きく外れ、数十メートル先の大岩に埋もれてしまった。
トタッ、と軽い音を立てて着地すると、ゆったりと息を吐いた。万年筆をメモ帳にひっかけ、ぱたりと閉じる。光が集約され、オーラが消えていく。
「原稿、お疲れさまでした」
にこやかに笑顔を浮かべてそう言うと、オーディエンスは沸きに沸くのだった。はじけるような拍手と、両者の健闘を称える歓声が巻き起こる。
依茉と打騎は思わず、ハイタッチして喜びを分かち合うのだった。
──涼晴は知らない。これがすべての始まりであり、彼の苦い過去を思い起こさせることになるとは。
吹き飛ばされた画家の仮面の下で、邪悪に光る眼が小説家をとらえて離さない。
底知れぬ『悪意』が動き始めて………………
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