第二章6 『虚無との決着』
少し遅くなりました、すいません。ではでは。
──『ラ・カルデラ』。その名の通り、「カルデラ」のような地形をした盆地のことである。
現実世界でのカルデラ盆地は、中華鍋のようになっているくぼみの中央部に、村があることも珍しくないという。
日本にもカルデラ盆地は存在しており、阿蘇山のカルデラは世界有数の巨大なカルデラとして有名で、教科書にも掲載されるほど。それだけ人間の好奇心を突き動かす、珍妙な姿ということなのだろうか。
……吹きすさぶ風を全身に受け止めながら、涼晴はくぼみの中心を目指す。阿蘇山のそれのような、人が住んでいるような形跡はなく、更地のままのようだ。
白髪がたなびき、時折視界の端のほうにまで出しゃばってくる。鬱陶しいのは確かにそうだが、これは彼のトレードマークでもあるので、断髪する気は『さらさら』ない。髪だけに。
彼の視線の先には、ゆらゆらと不気味に体を揺らす、一人の青年の姿がある。今日はフードを被っていないらしく、爽やかなミルキーブルーの頭髪が見える。濁った血色の目は、百メートル以上離れているのにもかかわらず、狂いなく目でとらえられるほど凶悪。
──四家 白秋。
第128代目『自由主義者』であり、打騎の友人の『才能人』を、三人もこの『裏社会』の地から永久追放にした張本人だ。
ニタニタ笑みを浮かべ、蛇のように長い舌で飴を舐めまわしていることから、全く持って罪悪感はないらしい。狂っている。間違いなく、普通の人間が持てるような神経ではない。三人もの有力者の輝かしい未来を奪ったというのに、呑気に笑っていられるのだ。
やはり、悪魔。『才能人』の楽園である『裏社会』の亡霊。いてはいけない存在。
「……心配、ですね」
『ラ・カルデラ』のふちの辺り。大地がまだ水平であるところから、女性は小説家と亡霊が距離を詰めていく様子を見下ろしている。
両者たたずまいは違えど、肌がぴりつくほどの圧倒的な『殺意』が、百メートルの間にプラズマを発生させている。ただならぬ猛者の覇気を感じ取り、鳥肌が立った。
「確かに心配ではあるな。でもオレは信じてる。涼晴は……必ずやってくれる」
「……そうですね」
依茉と打騎は再度決戦場へと視線を向け、無音のゴングが鳴るのをただひたすらに待った。
──両者にらみ合いが続く中、ついに四家が言の葉を生んだ。
「よォ、天才小説家ァ。三日ぶり、だなぁ。来てくれてうれ、しいぜ。それにしてもぉ? 我ながらいい作戦だったよなぁ。お前、を引きずり出してこれた、んだからよ」
「御託は結構です。早く……始めましょう」
へらへらとしておちゃらけたような口調の亡霊とは相対的に、小説家の声音は非常に落ち着いていた。いつもより幾分か低くはあったものの、決して元気を感じられないわけではない。むしろ、濃厚で明らかなる『敵意』がにじみ出ていた。
浮遊するかのごとく態度がフワフワとしている四家も、涼晴の言葉に秘められた殺意を感じ取っていた。が、あくまで平常心をあおるかのような、奇妙な笑い声と嫌な言葉遣いはやめようとしない。
「クシシ……。相変わらず威勢、がいいことだ。んじゃ、お望み通り……」
記憶がよみがえる。脳裏の亡霊の姿が重なっていく。ゆ、ら、と右手を持ち上げ、小説家に重ねる。掌に白い波動が集まっていく。
「『虚無に消えろ』」
口から言葉が漏れ出したと同時に、涼晴は体を左にひねった。数秒の沈黙が『ラ・カルデラ』を包み込んだが、途端轟音とともに斜面に大きな穴がうがたれたのだった。
烈風が巻き起こり、衝撃は地響きとなって駆け巡る。小説家は、自分が不意の奇襲を避けることに成功したのだと察し、猛然と亡霊に向かってダッシュする。
「クシッ……クシャシャシャシャシャッッ!! いいねぇ!! そうこなくっちゃ、面白くねぇよなぁアヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」
バシュン!! と聞きなれない音とともに、四家の体は加速する。どうやら『虚空』の抹消能力を応用し、体に受ける摩擦や抵抗を極限まで「消した」のだろう。涼晴の走行速度をはるかに上回るスピードで、距離を詰めていく。
「ハ……アアァァッッ!!」
「シャハハハッッ!!」
拳に気合を乗せ、手加減なしで前方に突き出す。ぶつかり合う二つの力は未知の現象を引き起こし──なんてことはなかったが、小説家と亡霊は引き離された。
彼らにとってはこれぐらいのことは容易に予想できたこと。臆することなく、即座に意識を切り替えて次の攻撃に移行する。
予測不能な、しかし隙のない連撃と、流れるように優美な体術。四家の身体能力もさることながら、注目すべきは涼晴の体裁き。
いつも引きこもって原稿用紙に文章を書き連ねている彼が、あれほどに動けるとは。以前言っていた「鍛えている」というのは、どうやら本当のことだったようだ。特訓に付き合った打騎も、これには少々驚かされた。
「クシャシャシャッ!! やっぱそうでなくちゃなァ!! 消しがいがねぇってもんだよォォ!!」
触れる。触れる。触れる。
やはり、小説家の予想は的を射ていたようだ。反撃、回避はすべて、彼の素の力。『才能人』に自動的に付与される身体強化を考えなければ、四家に触れられる条件のまま、戦闘を続けている。
しかし、触れることはできても、それ以上がいかない。手応えがない。
攻撃が、当たらない。
「はっ……!!」
杭を打ち込むように正拳突きを撃とうが、薙刀のように足をふるおうが、四家の体をすり抜けてしまうのだ。まさに『亡霊』といったところか、攻撃が当たる直前、身体の一部が霧のようにかすんで実体をなくす。よって、別段行動を起こさなくても容易に攻撃の回避ができる。
無論、これも『虚空』の力によるものである。
「カウンターがカウンターされるなんてな……。オレが知る限りの能力じゃ、『虚空』にしかできない芸当だろう」
「か、感心してる場合じゃないですよ。防戦一方で、このままじゃ先生は……」
「終わりと決めつけるのはまだ早いってもんだ。言ったろ? アイツはやってくれる。オレはそう信じてる。涼晴はオレの……『親友』だから、な」
口ではそういいつつも、あぐらをかいて座る打騎は、そばに転がっていた石を砕かんばかりに握りしめていることから、彼も依茉と同じく心配なのだろう。苦戦を強いられている涼晴から、目を離すことができていない。
──すかされては殴られ、いなされては蹴られ。
そんな攻防が五分続き、ついに涼晴は片膝を地につけてしまうのだった。
……あばら骨、三本ほどの骨折。左腕の異常なしびれ。右脚の打撲。擦り傷、切り傷は数知れず。呼吸をするたび、肺が痛む。少しでも無理な動きをすれば、今すぐにでも骨々が爆ぜてしまいそうだ。
べっとりとこびりついた血液のせいで、左の視界が赤くかすむ。亡霊の真紅の瞳は、なおさえざえとして映るようだった。
「はー……!! はー……!! ……んくっ…………まだ、まだです……よ」
立ち上がるも、蓄積された疲労と鈍痛が足をふらつかせる。バランスをとる無駄な動きのせいで、さらに身体の傷は重くなり、静かに口から血が流れだす。
「オイオイオイオイ……。もう終わ、り? もう、死ぬのか? 消えるのか? 無欲、怠惰、退屈、呆然。小説家ァ、お前のこと嫌いになる、け、ど、いいのかァ?」
「……き、らわれるほど、……私たち、仲良しでしたっけ……。……無欲、ですか。四家、貴方は何を欲して、私を殺そうとしているのですか」
「殺す」という単語に反応したのか、気分を昂らせたように口角が吊り上がる。飴をかみ砕き、また新しい飴を咥える。
「俺が欲しいのは、お前が持ってる『禁忌の鍵』だ。どうせ、今日も持ってないとか、言う、んだろうけど、よ。だがぁ? クソ親父が言うにはぁ? お前の能力を無に帰せば、『鍵』が手に入るとのことらしいぜぇ? 何の因果関係があるのか、は、知らねぇけど。……俺はこの『虚空』を身に着けるために、二十年間無欲に、努力をせずに生きてきた!! これが最初の『強欲』、だ!! ……ってなわけで消すけどさ、死ぬ準備、で、き、た、か?」
満身創痍の小説家を嘲るように、ゆらゆら揺れながら詰め寄る。両手両足に『虚空』をまとわせ、返事の後すぐに殺せるようにしている。亡霊に、容赦はない。
一つ、息を吐いてから。不敵な笑みを浮かべて、亡霊をにらむのだった。
「消せるものなら、消してみてくださいよ」
展開は、非常に早かった。
風の抵抗、地面との摩擦など、あらゆる障害物を「消して」加速する。鼻と鼻が触れるくらいまで接近し。
「消えろオオオオオオオオオオ!!!!」
大地はえぐれ、分解され、煙幕となり傍観者の視線を遮る。あらゆるものを消し飛ばす威力を持った正拳突きは、いくら涼晴と言えど防ぐことはできない。まともにくらえば、『死』あるのみ。
「文月先生ッ!!!!」
今にも泣きだしそうな声で、小説家の名を呼ぶ。返答は、ない。
ただその代わりに、不思議なことが起こった。
砂ぼこりがはけ、狂人と戦士のシルエットがくっきりと目に映る。
一体だれがこの状況になると予想できただろう。小説家は細い腕を突き出し、亡霊の水月に拳をねじ込ませていたのだ。
──当た……った?
防戦も防戦、能力を使用され精神的にも肉体的にも奥手であった涼晴。今までまともに攻撃が当たったことはなかった。
見間違いではない。確実に腰の入った正拳突きが、四家の腹部をとらえていたのだ。
一歩、二歩と後退し、『ありえない』と血を吐き出す亡霊をよそに、涼晴は勝利へと駒を進めようとしていた。引き絞った右拳には、見覚えのある青い光が宿っている。
「『速読拳』!!」
「チィッ!!」
大きく舌打ちをして、露骨に憤りを見せる四家。『速読拳』が「才能」によるものだと察知し、防御のための『虚空』を展開していく。
『速読拳』の勢いを殺し、確実なカウンターで、白髪の男を葬ろうと──
「ガッ……!?」
驚きが混合された悲鳴が、食いしばった歯の間から漏れ出した。
まただ。涼晴の拳は、突き刺さるように四家の体に打ち込まれる。ただし『速読拳』の右手ではなく、通常の左手で。
今度は涼晴が大きく踏み込んだことにより、攻撃にも一層力が入った。四家の体は圧に耐えかね、軽く後ろへと吹きとばされる。
「なに、を。なにをし、た」
「貴方の『虚空』は、『才能』による攻撃を打ち消すという、一見すると隙のないような完璧な能力のように思えます。ですが、裏を返せば『才能』以外の攻撃には、その効果を発揮できない。『速読拳』のダメージを受けたくないがために『虚空』を展開する。しかしその隙に、もう一方の手で攻撃すればいい。何の力もない、私の力で!!」
これが狙い。これが勝ち筋。しかし、粗い。
策と呼ぶには賭けの要素が大半を占めている。『速読拳』が防がれることは折り込み済みで、次のカウンターが来るまで一秒もないと思われるところに、もう一度攻撃を叩き込む。
骨もいくつか折れ、数えきれない傷、あざをかかえながら、こんな芸当ができるものだろうか? 否、彼だからこそできたのだ。「友」に託された願いがガソリンとなり、覚悟という炎が灯り、心というエンジンが動き出す。彼こそが、この亡霊に相対するにふさわしい存在だと言えよう。
「ク……クヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャーッッ!! 愉快痛快爽快破壊!! なおさらテメェを消したくなってきたァァァァァァァァッッ!!!!」
バキン!! と力任せに飴をかみ砕き、すさまじいスピードで小説家に襲い来る。両目を見開き、確実なる『狩人』となり、眼前の獲物を食らおうとする。
易々と捕食されるわけにはいかない。だが、動こうとしない。まるで「待っている」かのように。
ゴ……キ…………
耳を塞ぎたくなるほどの重苦しい音が、両者の鼓膜を震わせた。四家を震わせたのは、音だけではなかった。
──『痛み』。『虚空』の力を使っている今、本来感じるはずのない感覚。発生源に目をやると……
小説家を殴り殺すために突き出した右手に、荒削りの石が衝突していたのだ。これが軌道を狂わせた。突き刺さった角度を計算し、『ラ・カルデラ』のふちを見上げる。そこには、座り込んでいたはずの、投野 打騎の姿があった。
彼が投石したのだ。友のピンチをいち早く感じ取り、手に持っていた石のつぶてを、野球の要領で打ち出したのだ。
加速のついた四家の一撃が、涼晴を殺めるまで一秒もかからなかっただろう。『,』レベルの世界での、針の穴に糸を通すような精密射撃。静止しているものならばともかく、ほぼ光の速さで動いていたものに、狙って当てた。
これが爪や牙、圧倒的な筋力と引き換えに手に入れた、人間最大の武器『投擲』の底力。
──あぁ、そうだ。もう一つ、お願いしてもいいですか?
──いいぜ、どんと来い!!
──……もし、私が危なくなったら、その時は貴方の肩を揮ってください。ご友人もきっと、それを望んでいるでしょうから。
「ありがとうな、涼晴……。お前が親友で、本当に良かった。……決めろ!! 涼晴!!」
「は……ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
揺らがぬ友情が生み出した、『五秒の隙』。重ねるように、十二分に引き絞ってから、アッパーカットを放つ。
骨まで響いたいい音とともに、四家の体は宙を舞う。受け身も取らずに着地すると、気絶したのだろう、ピクリとも動かなくなってしまった。
「……労働者たちを、舐めないでくださいよ」
──亡霊にはきっとわかるまい。彼の敗因が、とてつもなくちっぽけで、とてつもなく偉大なものであるということを。彼には今まで縁のないことだった。だからこそ、『固い絆』に敗れたのだ……。
最後の一言は、聞かれているかなんてどうでもよかった。ただ一言、それを伝えたくなった。そして彼もひざを折り、雄大な大地を床にして眠るのだった。無理のし過ぎにより、涼晴の身体の完全回復は一週間以上かかったという。
面白かったらブックマーク、評価や感想などよろしくお願いします!!マジで!!!!
Twitterアカウントもよろしく!! @kareha_henshin




